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2018.02.24column

合同通信(第20800号)1面に「市川右太衛門生誕111年」

合同通信2018.2.22

昨日届いた「合同通信」の1面。〈映画・芸能速報版〉ということで、紙面は、映画や舞台の話題が9枚にわたって綴られています。「合同通信」と聞いて連想するのは、随分お世話になった映画評論家の滝沢一先生。ネットで検索すると、1933(昭和8)年にマキノ・プロの元宣伝部長、都村健さんらと一緒に、京都に合同通信社を興し、のちに同社は通信合同社となっています。お送りいただいた封筒には合同通信社が東京都中央区築地、通信合同社は大阪府四条畷市と所在地が書いてあります。同社HPはこちら。記者の人が関心をもって、そして応援してやろうと書いてくださったお気持ちが嬉しいです。早速、昨日一日お見えだった展示品所有者の八木明夫さんにもご覧いただきました。

滝沢先生は1935(昭和10)年、前年に市川右太衛門プロダクションに入社した中川信夫監督と共同で脚本を執筆され、中川さんが『恥を知る者』『御用唄鼠小僧』を監督されました。昨年6月当館で開催した中川信夫展での「酒豆忌」イベント上映会でお聞きした右太衛門プロダクションの話を思い出しました。25日の上映会には、この時の展覧会で尽力された中川信夫研究の長谷川康志さんも東京から駆けつけてくださいます。

上掲記事では3月4日までとなっていますが、それは前期で、内容を新たに3月7~25日に後期展を開催します。月、火曜休館です。一昨日は春らしいお天気に誘われて梅の花見物に出掛けた人が多かったのか、お客様の数こそ少なかったのですが、内容はとても充実して、八木さんもおしゃべりを随分楽しまれた様子で何よりでした。

その内のお一人は、大阪浪速区の「新世界東映」を運営しておられる男性(71歳)。開館は1979年で、今もフィルム上映を続けておられます。年配の人が楽しみに足を運んでくださるそうで、多い時は100人位集まるとのこと。「頑張ってください」と声をかけながら見送り、余韻が残るうちにとFacebookで書きましたら、知り合いの男性が早速書き込みをしてくれました。彼は時々「新世界東映」に行っているようで、『トラック野郎』がかかった時は、休憩中の場内に流れる音楽が、村田英雄の『無法松の一生』と『皆の衆』の2曲らしく、「もはや昭和・大阪のレガシーです」と書いてくれました。これらの書き込みをご覧になった別の方が、「今も35㎜上映をしているのなら見に行かねば‼」と書き込みをしてくれました。こうした繋がりがフィルム上映館として頑張っておられる方の応援になれば嬉しいです。

もうお一人の方は、お母様が市川右太衛門が好きだったという名古屋からお見えのサポーターMさん。いつも粋に着物を着こなしておられて憧れの女性。1年前の今頃私に着物の着付けを教えてくださった先生が、「山村流」舞踊の山村静衿さんだという話をしましたら、八木さんが「市川右太衛門は山村流に弟子入りしていた」とおっしゃったので、偶然話が繋がってびっくりしました。

八木さん蔵書の『市川右太衛門写真集 天下御免の向こう傷 主水之助行状記ー役者人生まっしぐらー』によれば、数え年5歳の頃、お母さんが自宅筋向いの踊りの師匠さんの家に手を引いて行ったのだそうです。それが山村流の山村トメさん。踊りが好きだったこともあり、あちこちの会に引っ張り出されているうちに、山村トメさんの師匠である山村若さんが小屋主の繁栄座経由で旅役者一座の『菅原伝授手習鑑』の子役として出演。これが評判になり、大正2年、数えで7歳の時に歌舞伎の市川右団次師匠の門下に入り、市川右一の名前で大阪の浪花座で『鯉つかみ』で正式デビューされました。記事に「芸事好きの両親のもと踊りを始めた」とあるのはこのくだりですね。舞踊をされていたことは、右太衛門の所作の美しさに繋がるのでしょう。

25日の上映会は、青春時代夢中だった市川右太衛門の作品を見られる貴重な機会だというので、年配の方からのお申込みが相次いでいます。こうした場が思い出を共有できる素敵なきっかけになれれば尚更嬉しいです。お天気も上々。楽しい会になりそうです‼

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