おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2016.11.17infomation

武部好伸さん講演会『映画の渡来、120年目の真相~日本の映画発祥の地は京都ではなく、大阪だった~!?』

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12月1日が「映画の日」ということで、普段お世話になっているIMAGICAウェストでは、古いフィルムを神棚にお供えして祈祷してもらう神事をされると人づてに聞いたような気がします。それ以来、ミュージアムでもこの日に何かできたら良いなぁと思っていたところ、知り合いの武部好伸さんから10月15日に刊行されたばかりの本『大阪「映画」事始め』(㈱彩流社)が届きました。

頁を繰ると、元新聞記者らしく読みやすい文章で、次々明らかにされる事実に喜々として筆が進む様子が感じられ、さながら自分もその場にいるかのように錯覚しながら読みました。丁寧に、丹念に、実に多くの時間と労力を費やして資料にあたられていることがわかります。

そうして導かれた説が、今回の演題です。1897(明治30)年2月15日、大阪・難波の南地演舞場で、フランス製シネマトグラフが一般公開されました。これが日本映画興業の始まりにあたり、大阪は映画興業発祥地といわれています。実は、アメリカのエジソン社が開発したヴァイタスコープという映画(映写機)も日本に渡来していて、その試写が1896(明治29)年12月、大阪・難波の福岡鉄工所で行われていたことを突き止められました(1927年発行日本映画事業総覧掲載、荒木和一<1872~1957>の手記による)。京都の実業家・稲畑勝太郎と映写・撮影技師コンスタン・ジレルがリュミエール兄弟発明の映写機「シネマトグラフ」を日本に持ち込んだのが1897(明治30)年1月9日のこと。これまで稲畑らが京都で1897年1~2月に行った試写が日本映画上映の最初との説が有力でしたが、それよりも、荒木の試写会の方が1か月以上も早かったことが明らかになりました。その日本最初に上映した映像も、1896年5月11日にエジソン社がニューヨークのヘラルド・スクエアで撮影した僅か15秒ほどの作品の可能性が極めて高いそうです。

京都に拠点を設けた身にしては、「ドキッ」とさせられる内容ですが、この本の反響は大きく、10月2日付け日経新聞文化面に大きく紹介されたのを始めとして、いくつものメディアで取り上げられています。昨日16日もMBSラジオ『ありがとう浜村淳です』に出演されていました。これほどまでに話題を集めているのだから、「一番最初は京都じゃないよ、大阪だよ」と「ケンカを売られた感じの京都で話してもらおうじゃないの」ということで企画しました。

千年の歴史を誇る京都の人は、時間感覚がゆったりしているのか「そんなささいなこと、どうでも宜しいやないか」という構えなのか、あまり反応がありません。すぐに反応したのは、やはり大阪の人たち。でも、武部さんが一生懸命資料にあたって突き止められた事実を京都の人にも知っていただき、反論があるなら、その声も聴かせていただけたらと思っています。当日はドキュメンタリー映画の撮影もありますし、荒木和一さん縁の方も来られます。大勢の人に集まってもらって、日本の映画黎明期のことを賑やかに論じられたら良いなぁと願っております。

チラシ下にも書きましたが、エジソンの「覘きからくり」のキネトスコープが1896(明治29)年11月25日~12月1日に神戸・花隈の神港倶楽部建物(神戸市中央区)で一般公開されたことに因み、12月1日が「映画の日」に制定されました。神戸が「映画発祥地」を謳い、京都も映画発祥地を謳い、そしてこの度大阪が「発祥地」と名乗りをあげました。いずれにしても、「写真が動いて見える」新しい文化に、当時の人々が驚嘆し、熱狂したことが、関西から始まったのは凄いことだと思います。まさしく「関西文化力」です‼

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