おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2016.12.31infomation

雑賀広海氏から研究発表会「玩具映画としてのチャンバラ映画の受容~阪東妻三郎を中心に」のレポートが届きました

12月18日13時半から開催した若手研究者、雑賀広海氏からレポートが届きましたので、早速UPします。同氏は1990年生まれ。現在は京都大学大学院人間・環境研究科博士課程在籍です。

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 この度、おもちゃ映画ミュージアムで発表した内容は、11月26日におこなわれた日本映画学会の全国大会(於:大阪大学)での発表をもとにしている。学会での諸先生方からのコメントや大学のゼミで受けた指摘を参考にして若干の修正を試みた。以下に本発表の動機と意図、そして反省点を簡単に記しておきたい。

 

 私が玩具映画の存在をはじめて知ったのは、2年前の京都ヒストリカ国際映画祭でのことだった。伊藤大輔を特集したプログラムのなかで玩具映画として残されたチャンバラ映画が何本か上映されたが、そこで目にした戦前のチャンバラ映画に漲るアクションのダイナミックさに夢中になったのを覚えている。その玩具映画の映像が物語をほとんどもたず、殺陣シーンのみが数珠つなぎにされているという形式も私の興味を引いた。というのも、物語よりもアクション・シーンだけを取り出してきて楽しむという観賞の形態は、youtubeにいくつもアップロードされている様々な映画作品のアクション・シーンを独自に編集してつないだ動画の観賞と連続するものであるように思われたからである。それゆえ、アクション映画における身体表象を研究テーマに掲げる私にとって、玩具映画としてのチャンバラ映画は無視することのできない存在となった。

 以上のような動機からはじめた研究であったことから、玩具映画全般というよりも、玩具映画として見られたチャンバラ映画という部分的な側面に焦点を絞った。阪東妻三郎を中心としたのは、去年おこなわれた日本映画学会の全国大会で『決闘高田の馬場(血煙高田馬場)』(マキノ正博、1937)における阪妻の身体アクションに注目した発表をした関係からである。当初の予定では、劇場公開版と玩具映画版の比較や、阪妻のスター・イメージに玩具映画が与えた影響に踏み込もうと企んでいた。だが、玩具映画についての当時の資料を探すことに多くの時間を割くことになったため、今回の発表でははじめに想定していたゴールには至らなかった。玩具映画の主なターゲットであった子供のまなざしに光をあてるところで止まってしまったことが、まず一つ目の反省点である。

しかし、発表後の質疑応答では思いもしなかった視点からのご質問を多くいただいた。それに対して満足のいく回答を示すことができなかったのは、ひとえに己の調査不足と考察の浅さであり、深く反省する点である。その一方で、鋭い質問の数々は、玩具映画を資料的な価値だけにとどめず、日本の社会や文化のなかに位置づけるという発表の意図が成功した結果だと捉えている。

最後に、映像資料を提供してくださり、発表の場まで設けていただいた太田夫妻に厚く御礼を申し上げる。皆様からのコメントやご質問を糧に、今回の発表では手の届かなかった課題に取り組んでいきたい。

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初めて来館されたのは6月29日(水)雨の日でした。どちらかといえば無口な彼とおしゃべりをしているうちに、「良ければ所蔵する阪妻の玩具映画を中心にした発表をしてみませんか」と持ちかけました。いつもながら身勝手な提案なのですが、その場で了承いただきました。それから半年、忙しい中を時間を割いていただいて、たくさんの資料をリサーチされ、立派な発表をしていただきました。当日はA4サイズ4枚の資料が配布されました。

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若者の発表に華を添えようと、阪妻さんのお孫さんで俳優の田村幸士さんにお願いして、大切にしまわれていた印半纏2枚をお借りして、皆さまにご覧いただきました。

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参加者の中には、中京区壬生松原町の山元染工場の代表者もおられ、半纏の文字から「うちで染めたものかもしれない」という興味深い話も聞けました。同じく竹田猪八郎氏が手描きした戦前のポスターの中から阪妻に絞って展示。大判の写真は阪妻プロ第1作『雄呂血』(1925)。

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発表後の質問はどれも鋭く、代わりに参加者が答えたりする場面もあったりして、彼にとっても大いに刺激になったのではないかしら。今後の研究の深まりを大いに期待したいと思います。

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若手研究者の発表やクリエーターの作品発表の場になれば嬉しいといつも思っています。今後も雑賀さんの後に続いて発表してくれる人を待っています。残ってくださった人々で撮ったこの集合写真の顔触れの中にも、その約束をしてくれた人が幾人か。どのような発表が聞けるのか、今後の展開をどうぞ楽しみにしていて下さい。

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発表翌日の京都新聞に記事が掲載されました。京都市内で多くの催しがある中から当館での発表を選んでいただき、本当にありがたかったです。冨田記者さん、そしてデスクさんに心から御礼申し上げます。

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実は雑賀さんは、右隣に微笑む新納真美さんと来たる1月15日に入籍予定。ご両家の皆さんが、この新聞報道をとても喜んで下さいました。若い彼らの門出に、良い贈りものができたと、関わりをもった私共も喜んでいます。  おめでとうございます! 末永くお幸せに‼

なお、当日上映した作品は以下の通りです。

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それから、今日受け取った12月24日付け神戸新聞夕刊連載「キネマコウベ~日本映画史余話15」に興味深い一文が載っていました。1926年に神戸で創刊された『キネマ・ニュース』記事に「阪東妻三郎の時代劇が神戸在住画家ヒンリヒセン夫人の紹介により欧州輸出」されたことが書いてあるそうです(創刊号か27年発行分か連載記事に記載なし)。前掲『雄呂血』はそれまでの歌舞伎調から一転し、ダイナミックで躍動感に溢れた大立ち回りで人気を集め、剣戟ブームを起こす記念碑的な作品となりました。欧米では1930年頃から小型映画が人気を集め「おもちゃ映画」は急速に廃れるので、直接おもちゃ映画には関わりないと思いますが、今回の発表テーマの阪妻繋がりで考えれば、まだまだ知られていない阪妻に関する映画史があるのだと面白く思いました。

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