おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2018.05.23infomation

「新野敏也のレーザーポインター映画教室第3弾」のレポート(3)

【第一部:発掘されたフィルム!埋もれた問題作!】その3

 
「リトル・ティッチとデカ靴」Little Tich et ses Big Boots 
1900年 ゴーモン作品(フランス) ※クロノフォン=トーキー映画 
製作:レオン・ゴーモン、撮影・監督:クレメン・モーリス
録音:P・フルリー、助監督:アリス・ギイ?
出演:ハリー・レルフ(=リトル・ティッチ)

本作は、アメリカの私設フィルム・ライブラリーであるEM GEE映画資料館より譲り受けました。この映画は19世紀のトーキーです!いま我々の知るトーキーとは、1927年にワーナー・ブラザース傘下のヴァイタグラフ社が商業映画で初めて成功したヴァイタフォン方式の踏襲であって、画と音が一緒に焼き込まれたフィルム形式のことです(でも、最近は4KやH264などの圧縮データによるデジタル上映ですけど)。

本作「リトル・ティッチとデカ靴」のトーキー方式は、19世紀末の、まだ映画が手廻し機械だった頃に考案された、蓄音機とカメラを同調させて撮影(そして映写も蓄音機の音と同じ回転速度でシンクロさせる)という、想像を絶するアナログ仕掛けのものです!? 実はアメリカの発明王エジソンの「キネトフォン」、ブライトン派ヘップワースの「ヴィヴァフォン」など、映画技術者の間では当初から試作が繰り返されていた方法なのです。

そもそも、iPodやスマホのダウンロードによるハイレゾ音源が主流の現代では、若い人の想像する大昔の音声装置とは、せいぜい大きなテープレコーダーだと思うでしょう。ところがどっこい、19世紀末ではそんな超ハイテク(?)も存在しません。CDが登場する以前にはカセットテープやポリ塩化ビニール製のレコード盤が全盛を極め、それよりずっと前は重くて割れやすいエボナイト製のレコード盤の時代、さらにもっと昔(つまり19世紀末)は蝋管(筒状)が音を出していたのです。この蝋管式の記録媒体に鉄針でガリガリと「音」の振幅を「溝」として彫り込み、記録・再生していた訳です!こんなスパルタンで手間のかかる音声の記録・再生と手廻しカメラで撮影した画像をシンクロさせていたとは一体・・・!?

開発当初は前もって録音しておいた音源に合わせて歌や踊りを演じ(いま風にいうとクチパク演技を)撮影して、疑似トーキーのように公開していたそうです。数年後に蝋管に代わるエボナイト製のレコード盤が発明されると、《ラッカー盤》と呼ばれる表面ツルツルの円盤を記録媒体として鉄針でガリガリ「音声」を刻み、フィルムによる「演技」と同時に記録できるようになりました。このラッカー盤を原盤として複製品(プレス)が作られ、フィルムの複製(プリント)とセットで配給された訳です。しかし、当時のテクノロジーや機材の構造からは、どんなに頑張っても撮影(そして映写の)設備はコンパクトにならず、一度でも定位置に機材を鎮座させたら最後、もう移動はできません。一方で、当時のフィルムはどうかといえば、発明から間もない頃は約1分しか撮影できず、もし画を編集すれば音が同調できなくなる(カット変りや長いシーンが作れない)という制約もありました。こうした理由から、ワンシーン・ワンカット・1話完結・1分で表現できるネタとして、有名な歌劇の名場面とか、歌唱とか、コミカルな寸劇など必然的に《舞台の記録》が最も適した被写体と考えられたのでした。そんなトーキー映画を積極的に作っていたのが、フランス映画界の立役者のひとり、実業家のレオン・ゴーモン(1864~1946)です。このゴーモンの興した会社が、今日まで続く映画界最古の超名門Gaumontとなります。

さて、今回上映の「リトル・ティッチとデカ靴」は、貴重なゴーモン社の最初期トーキー方式(クロノフォン)による《舞台の記録》です。本作は、映画の歴史を紹介する内容の海外版DVDやネット配信動画でも視聴可能となりましたが、いずれも解説には(IMDbも含めて)監督がアリス・ギイと記載されております。アリス・ギイは、ゴーモン社からデビューを果たした映画史上初の女性監督で、確かに19世紀末からゴーモンの奨励するクロノフォンを数多く手掛けております。しかし、彼女公認の全作品リストには本作の記載がありません。但し、クロノフォン実験の舞台記録を、ゴーモン社の後輩で助手だったルイ・フイヤード(1873~1925)やクレメン・モーリス(1853~1933)が行なう際にもアリスが補佐しており、晩年には彼女自身も「助手として参加した作品は百本くらいあって、とても覚えていられない」と語っております。なので、おそらく本作は、撮影者でありプロデューサーと監督も兼ねたクレメン・モーリスの作品であろうと考えられます。因みに、このモーリスの経歴については、ゴーモンのエンジニアであったこと以外、今日ほとんどわかっておりません。

作品の概要ですが、当時のヨーロッパで大人気だった身長137cmの小さな芸人リトル・ティッチの演目(ビッグ・ブーツ)を記録したものとなります。トーキーで演技を撮影・再生するための、いわゆる《舞台の記録》実験です。これは劇場内に撮影機材を設置したのではなく、ゴーモン社のスタジオ内に劇場風セットを建て、リトル・ティッチは観客ではなくカメラに向かって演技をしていたようです。

ここでちょっと話が飛びますが、上映後にお客様より「ステージぎりぎりで演技しているようですが、これはフレーミングの問題でしょうか?それともステージが狭いのでしょうか?」とのご質問を頂きました。僕はカメラの画郭(フレーム内)スレスレの演技か、このフィルム固有のトリミングなのかは不明とお答えしましたが、東京へ戻って調べたところ、拙会がEM GEE映画資料館より提供されたフィルムは狭くトリミングされていたことが判明しました。実際には広いステージで演じ、大きな画郭で撮影していたとわかりました。

主演のリトル・ティッチについても詳しくお伝えしましょう。本名はハロルド・レルフ、1867年にイングランド南東部のケント州で鍛冶屋を営む父が16歳の時に儲けた子供とのことです。 そのハロルド少年は10歳で発育が止まり、床屋の髭剃り係をしておりましたが、趣味の踊りや笛が評判となって舞台に出演、やがて本格的な芸人となったそうです。それで当初はミンストレル・ショー(白人が黒いドーランを塗って、黒人の習俗、歌、踊りをまねた演芸)に出演して、1884年に黒人タップダンサーを演じる際に芸名を「リトル・ティッチ」と決めたようです。1887年、アメリカ巡業にて人種差別の激しい町で公演を行なった際に、本作に登場するスキー板みたいな長い靴(ビッグ・ブーツ)を考案し、黒人役と訣別しました。以降、この靴は彼のトレード・マークとなります。当時の彼は、欧米で熱狂的に支持されていたようで、ファンだった画家ロートレックはポスターを描き、映画作家メリエスは自作「パリ・モンテカルロ2時間レース」Le Raid Paris-Monte Carlo en deux heuresという作品に招いて、冒頭のレース開幕シーンにリトル・ティッチを国賓役でゲスト出演させます。また、当時のヨーロッパ貴族の趣味のひとつとして、時計技師に特注のオートマトン(機械式自動人形)を作らせることがステイタスとなっていたのですが、「芸をするリトル・ティッチ」オートマトンの所有者は至高の優越感に浸ることができました。こんなにも人気のあった芸人ですが、新興の波に乗った映画界でスターに転向する意思はなく、生涯を舞台芸人として過ごします。しかし、1927年にロンドンのアルハンブラ劇場で上演中、投げ上げたモップで頭を強打し、3日後には言語障害に陥って、翌年には亡くなってしまいました・・・。

リトル・ティッチの動く姿を記録したフィルムは、今回上映の「デカ靴」、メリエスの「パリ・モンテカルロ」の他、ゴーモン社で撮影された「デカ靴」別ヴァージョン、 そして19世紀末から20世紀初頭に大活躍した創作ダンスの女神ロイ・フラー(1862~1928)のパロディを演じた舞台記録(これもゴーモン社のクロノフォン)があるのみです。尚、同国人としてのオマージュ?パロディ?というノリで、モンティ・パイソンの「バカ歩き省」の中では、マイケル・ペイリンがリトル・ティッチの扮装を模しての激ヘタな「デカ靴」再演が見られます。この「デカ靴」の演目は、道化師の間では、「リーン・シューズ」と呼ばれる確立された芸として受け継がれております。

参考までに、今回の上映作品は蓄音機と手廻しカメラのシンクロにより作られた正真正銘の19世紀末トーキー=クロノフォンですが、フィルムは1960年代に現像所で光学式トーキー(フィルムの端に音声を焼き込む)へ復元・再加工されたプリントを使用しました。天下のおもちゃ映画ミュージアムといえど、さすがに手廻しカメラと蓄音機を同調させての実演となると、そう簡単にはできません。でも、ゴーモンのクロノフォン・トーキーには、この他に1906年作の「The Mikado」なる日本を描いた珍妙なイギリス製オペレッタもあるようなので、おもちゃ映画ミュージアムにピッタリ!いつの日か本格的実演を夢見ております!

クロノフォンは、このように面倒なトーキー方式のため、1907年頃にはもう《音付きで見せる舞台の記録》である《一場面》や《寸劇》の興行は廃り、撮影や編集など視覚効果が昇華して、映画ならではの《無声》ドラマが成熟する1910年代には、劇場の座付き楽士による伴奏上映がポピュラーな興行形式となりました。

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