おもちゃ映画ミュージアム
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2018.05.23infomation

「新野敏也のレーザーポインター映画教室第3弾」のレポート(7)

【第二部:キートンのアクロバットと特殊撮影を探究!】その2

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(B)

(C)

(D)

「即席百人芸」(別題:一人百役)The Playhouse   後篇《ギャグについて》
1921年 コミック・フィルム・コーポレーション=メトロ・ピクチャーズ作品(アメリカ) 
製作:ジョゼフ・M・スケンク、監督:バスター・キートン、エディ・クライン 
撮影:エルジン・レスリー、美術:フレッド・ガブリー 
出演:バスター・キートン、ジョー・ロバーツ、ヴァージニア・フォックス   
伴奏:谷川賢作(キーボード)、太田惠資(ヴァイオリン) 
 ※2016年4月16日(土)エスパス・ビブリオ
「喜劇映画のビタミンPART3 メロディが語る映画」の公演より
日本語字幕:石野たき子

前篇では《多重露光でのトリックによるキートンだらけの独演会》の特撮について説明しましたが、今度は本作を支えるギャグについての私論(?)を説明致します。この作品の特異な点は、先述の特殊効果に加えて、何やら理解不能なギャグが随所にちりばめられていることです。1921年当時のネタなのかギャグを検証したところ、どうもキートンの舞台芸人時代と第一次世界大戦に従軍した際の想い出が典拠になっているようです(飽くまで僕の仮説ですけど)。

まず、ひとつギャグを挙げると、作中にミンストレス・ショーが出てくるのですが、そこで「1ドルが台風で飛んで4つに分かれて25セントになった」というジョークを中間字幕(スポークン・タイトル)で披露します。これは単純に1ドル札が4つに破れて25セントになったと翻訳した人もいましたが、言語では「1ドル銀貨が4つに割れた」となっております。実はここがミソになんです。この映画が作られた1921年に、第一次世界大戦終結記念の1ドル銀貨(俗称ピース・ダラー)が発行されておりますので、これを元ネタにしたジョークと、僕は推測しました(写真A)。

時代背景がわからないと正確にその面白さが伝わりませんが、1921年は、アメリカがドイツ、オーストリア、ハンガリーと個別に講和条約を結んで、第一次世界大戦を正式に終結させた年となります。一般的に第一次大戦は1918年に終結と思われているのですが、1919年まで地区紛争は続き、その年に枢軸国の代表ドイツが降伏文書に署名しても、連合国側ではアメリカだけが終戦を認めず、1921年にアメリカが独自の講和条約を結んだうえで初めて終戦と定めたそうです。

そんな経緯で1921年に発行された終戦記念1ドル銀貨を「台風で割れて25セント四枚になった」割り算ジョークにあてはめてみました。他のギャグからも、なぜ本作のギャグが第一次大戦と関係あるのでは?と推測した理由を検証してみましょう。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんけど、1917年にキートンは第一次世界大戦に従軍し、フランス戦線に送られていたのです。その時に多分、キートンも吸っていたのではないかと考えられるタバコが、キートンと第一次大戦を結ぶギャグのヒントとなりました。劇中で《舞台監督が「役者(ズアーヴ兵)を連れて来い!」と叫ぶと、一瞬考えたキートンがおもむろにタバコを差し出す》という勘違いギャグを披露します。このタバコは画面では判別できないですが、おそらくフランスのZIG-ZAGというブランドと考えられます。ZIG-ZAGのパッケージは、ズアーヴ兵のイラストなのです(写真B)。それより何より、そもそもズアーヴ兵とは何ぞや? 客席には南北戦争での北軍の傷痍軍人らしき老人コンビなんかも登場しますが、なぜアメリカ軍とか連合国軍ではなく、どうしてズアーヴ兵なる意味不明の単語やら、ズアーヴ兵というマイナーな設定を唐突に出したのか? 僕はすごく不思議に思って調べてみると、ズアーヴ兵というのは、第一次世界大戦中にフランスが雇った、チュニジア人とかモロッコ人の傭兵のことでした。このことでもキートンと第一次大戦フランス従軍の記憶が結びつきますね。

さらに色々とアンテナを張って調べると、ちょうど1921年当時のニューヨークの舞台では、マナ=ズッカという女性のピアニスト兼パフォーマーが『ズアーヴ兵の訓練(The Zouaves’ Drill )』という曲を作りまして、大ヒットを飛ばしていたことがわかりました。同年にキートンのプロダクションがニューヨークにあったことからも、おそらくキートンはその舞台を見ているか、はたまたその曲をイメージして、本作のシーン(ギャグ)を作ったのではないかと仮定しました。このシーン(ギャグ)は、ズアーヴ兵たちが訓練する設定で、わざわざ「ZOUAVE GUARDS(ズアーヴ兵)」と書かれた演目のアップを見せてから、ズアーヴ兵に扮した集団に組体操をやらせたり、コマ撮りアニメ風に隊列を動かしたりと、前半の《独り芝居》で披露した驚愕の特殊効果とは正反対の、かなり異質で奇怪な演出を見せます。 

僕は検証のためにマナ=ズッカの『ズアーヴ兵の訓練(The Zouaves’ Drill )』の楽譜を入手して、拙会の裏番長・谷川賢作さん(市川崑監督作品の作曲家)に頼み、このシーンにマナ=ズッカの楽曲をピアノで合せてもらいました(写真C)。すると、予想以上にドンピシャ!マナ=ズッカの特徴的でエキゾチックな変則メロディは、キートンの奇怪なギャグとの相関ピッタリで、僕の仮説に間違いはなかろうと結論を得ました(但し、僕個人の推測ですので、これが事実かどうかは、キートンご本人か当時のスタッフに尋ねてみないとダメですけど)。

実際のズアーヴ兵の特徴は、黒鬚を伸ばしているということですが、このシーンで登場するズアーヴ兵の役はみんな鬚がありません。ZIG-ZAGというタバコのパッケージに描かれているズアーヴ兵は特徴的に黒鬚フサフサなので、この映画の構成がかなり雑で散漫、ストーリー展開に《つじつまの合わない部分》と感じた点なのです。それで《マスク合成の特殊効果がやりたくてストーリーをあとから強引にくっつけたのではないか》という疑問が沸きました。まさに、この《鬚》がストーリーの矛盾点を示す証拠かもしれません。

ズアーヴ兵に扮した集団パフォーマンスのあと、唐突にズアーヴ兵の役者が鬚を着ける楽屋のシーンとなって、鬚が火事になるギャグへと発展します。ここで僕はシークエンスの順番が逆ではないかと、疑問を感じたのです。先に鬚火事シークエンスがあれば、ズアーヴ兵の特徴である鬚を舞台上の役者たちが着けていない理由も成り立つうえ、《ズアーヴ兵》というマイナーなキャラクター設定を強引にストーリーに組み入れること(マナ=ズッカ楽曲のパロディ?)も不自然な展開にはなりません。鬚火事からは不条理ギャグの連鎖が始まり、ラストのオチまで無理矢理に突き進みます。これもキートン流といえばそうかもしれませんが、本作より前に発表された数々のキートン短編にある、あの無駄なくコンパクトにまとまった完成度を考えると、なおのこと、この散漫な構成が強引に組み立てたものとしか思えません。

と、こんなカンジで『即席百人芸』の特異な作風、その根拠(仮説)を長々とご説明しましたけど、とにかくストーリーこそ支離滅裂ながらも、ギャグのひとつひとつは改めて再見しても戦慄を覚えくらい輝いております。本当にシビレます。未見の方、一度はご覧になった方も是非、拙文をご参考に、本作におけるギャグを堪能して下さい!

最後にもうひとつ、この度の『レーザー・ポインター映画教室』に世界屈指のパーカッショニスト・渡辺亮氏がご来場されまして、本作上映後にキートンのギャグについての大変に貴重なアドバイスを賜りました。前半部分《キートンだらけの独演会》にて、黒人に扮した沢山のキートンがミンストレル・ショーを演じるシーンで、左端のキートンはタンバリンを叩いております(写真D)。何の予備知識もなく見ていても器用で面白い叩き方なのですが、この動作につきまして、渡辺氏より「あれはタンバリンの叩き方ではなく、パンデイロの叩き方だ」とお教え頂きました!キートン・ファンや映画マニアだけでワイワイ騒いでいるのでは、このような情報は得られませんね。古典映画を解釈するためのヒントは、色んな方面の人とのお付き合いも大切です!きっとキートンは、舞台芸人時代に一緒だったパンデイロ奏者の珍しい叩き方を、ギャグとして採用したのかもしれません。

かなり長くなってしまいましたけど、キートン特殊効果の偉業、想い出が典拠と考えられるギャグにつきまして、僕個人の考察でした。

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