おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2018.10.24infomation

10 月20日映画「子どもに本を―石井桃子の挑戦」上映会に参加してーロシア児童文学研究・翻訳家、田中泰子さんからのお便り

10月20日、21日と二日間にわたってドキュメンタリー映画『子どもに本を—石井桃子の挑戦』を上映しました。天高く澄み切った秋空のもと、お集まりくださった子どもの読書について関心がある人々の中に、ロシア児童文学研究者で、翻訳家としてもご活躍の田中泰子さんもおられました。

初めてお会いしたのは10月13日。アニメーション史研究の第一人者渡辺泰先生の展覧会をご覧になりに来館されました。この時はお嬢さんの友子さんも一緒。渡辺先生とは、ロシアのアニメーションに関して交流がおありだったので、「初めてこういう場所があると知った」と渡辺先生繋がりでの出会い。話の流れから、石井桃子さんの上映会の話をしていると、信濃追分の石井さんの山荘の近くに田中さんの山荘もあり、良くご飯を作ったりしていたというびっくりするようなお話を聞かせて貰いました。丁度そのタイミングで、石井さんのドキュメンタリー映画を作った森監督がふらりとやって来られたので、何という導きかと吃驚仰天。

翌日、1998年10月1日発行「カスチョール」16号に掲載された田中さんの「石井桃子さんを訪ねて」という文章が届きました。上掲は、その冒頭部分。そんなこともあって、「是非20日に、石井桃子さんとの思い出をお話ください」とお願いしました。

これは、20日お話くださっている様子。

休憩時間には、参加者の皆さんがロシアの絵本や絵葉書、昔話を書いた塗り絵などを手にして興味津々。私もロシアの塗り絵を田中さんからプレゼントして貰いましたので、子どもたちのワークショップの時に活用しようと思います。

田中さんが始め、お嬢さんの友子さんが編集長をされているこの「カスチョール」という本の33・34合併号の中で、渡辺泰先生は、カスチョールの会と一緒に「日本で上映されたロシア・ソ連のアニメーション」の年表を載せておられます。ちなみに「カスチョール」は焚き火という意味。

これは最初の部分で、198~219頁に亘って、1912~1962年に日本で上映された134作品が網羅されています。随分多くの作品が上映されていたことに、正直驚きました。大変貴重な資料で、大大労作です。編集長の友子さんは、渡辺先生が集めておられたチラシを訳し、このアニメ全てを見て、内容の解説も書かれました。徹夜徹夜の毎日だそうです。

泰子さんは、ロシアの大学で日本語を教えておられたことがあり、友子さんはモスクワ映画大学卒業。ユーリ・ノルシュテインさんが非常勤で大学に来られていた時に、彼の授業も受けたことがあるそうです。古くから交流があるノルシュテインさんが、1987年8月に広島アニメフェスティバル審査員として来日された折り、泰子さんは、手塚治虫さん、川本喜八郎さんと一緒に京都を案内されたことも、いただいた冊子に綴っておられます。

1991年元旦に創刊号を100部で出されましたが、今は1200部刷って全国の購読者に届けておられます。次の35号に渡辺先生が協力されたソ連アニメリストの後半が掲載される予定で、これが「カスチョール」の最終号になるのだそうです。大変だから仕方がないのかもしれませんが、惜しいなぁと思います。これまでのバックナンバーもございますので、ぜひお手に取ってお読みいただければ幸いに存じます。35号は是非にお買い求めください!

   カスチョールの会事務局  電話075-253-6582、ファクス075-253-6583

                                                                   URL:   http//www.koctep.jp    MAIL:mail@koctep.jp

さて、田中泰子さんから10月20日上映会の感想が届きましたので、早速ご紹介します。

………

10月20日、土曜日の森監督の石井桃子についての映画は本当に勉強になりました。監督はよくあそこまでいろいろ調べられていいドキュメンタリー映画を作られたと思います。それは監督がご自分の研究テーマとしてあの映画を作ったからではなく、本が好きな少年時代があり、たくさんの作品をお読みになっていたから、ああいう暖かいヒューマンな映画になったのだと思います。最近の日本の大学にいますと、ペーパ-主義、いわゆる問題意識のない研究というものがメインになっているような気がすることが多く、心打たれる仕事に滅多に出会えません。森監督の映画はそこが違っていました、そして、ドキュメンタリー映画に続く、的確な解説が映画の魅力を何倍にもしていました。

実は私達の「カスチョール」の創刊号(1991年)は前の年1年かけて調査した結果、日本の本屋に並んでいる本の約25%が欧米の物、日本の周辺諸国アジアや隣国ソ連のものは0.6%、アラブ、アフリカなどのものは皆無、ということがわかって、これではだめ、日本の子ども達が周辺諸国、地球上のあらゆる国の友人達の喜び、そして苦しみや悲しみを知ることがとても大事なことではないか、という考えから活動を始め、湾岸戦争のことを描いたロバート・ウエストールの「弟の戦争」を論じ、日本で紹介されていなかったソ連期の優れた作品などを次々と紹介、掲載してきました。現在の世界情勢を見ると、私達の仕事、主張はとても大切だったと思っています。

 1991年12月のソ連邦、そして社会主義体制の2重の崩壊を経て隣国ソ連で子どもの教育、児童文学、文化に携わっている人々が、どのように子ども達を育てていくか、どんな本を出版していくか、と言った問題で今頭を抱えています。それで28年間「カスチョールの会」活動を続けてきた私達は最終号を準備している今、主にロシアの教師、司書、出版社との大インタビューでそのことを一緒に考えて行こうとしています。丁度戦後日本の児童文学を真剣に考え続けた石井桃子さん達と同じように。なぜなら市場経済とコンピューター、スマホ等IT導入で右往左往するロシアの問題は、売れるものを出版する今の日本の出版界にも共通する大問題だからです。

そういう毎日を暮らしている私達ですので、石井さん達の試み、お仕事は何もかも非常に役立ち、私達は彼女達がやってきた大きな仕事の後に続く仕事をしているんだという意識の下で、森監督の映画を見、解説を聞きました。たしかにこれは他人ごとではなく「カスチョール」自身の問題です。

戦前マクシム・ゴーリキ-全集を出したような改造社で働き、侵略戦争を恥じて、日本の作家と中国の作家の往復書簡を出した父、そのための赤紙? 約5年のシベリヤラーゲリ生活の後帰還した彼が娘達に最初に買った本が吉野源三郎の「君たちはどう生きるか」であったけれども、「吉野さんはすごい人だけれども、やはり桃子さん達のファンタジーを求める流れが戦後の日本には必要だと思うな」とよく言っていたこと、それまで児童文学に手を染めてなかった父がシベリヤのラーゲリで読んだというヴォロンコ-ヴァの「町からきた少女」や「ガンジ∸伝」を出したりしたこと、先輩としてあこがれていた桃子さんのノンちゃん牧場に疎開して働きたかった母がそれをあきらめ、父の実家があった中伊豆町下大見村で中学校の英語教師をしながら、職員会議の後もう真っ暗な大見川横の小さな畑で、大井上康氏の栄養周期説に従ってヒョロヒョロの麦や落花生を作っていたこと、そういう全ての思い出が今度のドキュメンタリー映画と結びついて蘇ってきました。

 いい映画を見せてくださった森監督、その会をオルガナイズしてくださった太田夫妻、本当にありがとうございました。田中泰子として、また「カスチョールの会」主宰として心からお礼申し上げます。

 2018年10月23日  田中泰子

………

背筋がすっと伸びるような文章です。文中にあるお父様のお名前は、作家で翻訳家の高杉一郎さん(本名:小川五郎)。泰子さんから「高杉一郎」と「改造社」の名称を聞いたときの森監督の驚いて目を輝かせた瞬間を私は忘れないでしょう。当日秋晴れとは言え、何だか肌寒ささえ感じた一日だったこともあり、田中さんは、その後体調を崩されました。そんな辛い中にあって、簡単に私が依頼してしまったお話と感想文を引き受けて下さったこと、申し訳なかったとお詫びするしかありません。でも、ここに綴られていることは大変貴重なご意見だと思います。お願いして良かったと思っています。とかく私たちは責任をとらされることを避け、楽な方へ、怪我をしない方へと動きがちです。でも、田中さんはしっかり足を踏ん張って、本当に必要なことを命がけで守り、行動されているのが凄いと思います。

ここでは、本について書かれていますが、映画を取り上げてみても、日本で上映される映画はほとんどがハリウッドで作られたもの。ハリウッドのDCPが今や世界標準になりつつあります(どこの国もDCPでないとハリウッドの映画が見られない)。1990年に田中さんたちが本について調べられたのと何ら変わらない状況にあります。「日本の子ども達が周辺諸国、地球上のあらゆる国の友人達の喜び、そして苦しみや悲しみを知ることがとても大事なことではないか」という文章は、子どもだけでなく、大人にとっても大切なこと

渡辺泰先生、石井桃子さんが、素敵な出会いをもたらしてくれました。この出会いは、私共にとって、森監督にとっても、かけがえのない宝物です‼

【追記】田中泰子さんから催しの紹介を受けました。12月22日13時半と17時半から、京都府長岡京記念文化会館で、オペラシアターこんにゃくざによる公演「森は生きている」があります。原作はロシアの児童文学作家サムイル・マルシャークで、ソビエト連邦時代の1943年の作品『十二月』。田中さんたちカスチョールの会は、当日昼の部と夜の部の間にロビーで25号「森は生きている特集」他を販売されます。

モノを知らない私は、どのようなお話か検索をしてびっくりしました。『森は生きている』は映画も作られていて、監督・脚本は木村莊十二さん‼俳優座の連続公演で好評を博したものを、近代映画協会企画で、木村莊十二さんの中共帰還第一作として製作(1956年)。11月1日から私は、日中人形アニメーションの基礎を築いた持永只仁さんのご息女に声を掛けてもらって北京電影学院学院祭を見学します。持永只仁さんも木村莊十二さんも戦中は満州映画協会で活躍し、終戦後も中国に留まって文化発展に協力した共通点があり、できることならその映画を観たいなぁと思います。

でも、先ずは「こんにゃく座」公演ですね。昼の部は残席わずかだそうですので、お急ぎください。

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