「京都ニュース」No.41 昭和34(1959)年
この「京都ニュース」No.41は、立命館大学アートリサーチセンターに所蔵されている16ミリ・フィルムから、当館(おもちゃ映画ミュージアム)でテレシネ(デジタル化)したものです。

| 目次 | 総時間 |
| 市民憲章生まれて5年・こども音楽会 | 01:07 |
| 賀茂の競馬(上賀茂神社) | 01:05 |
| 東山ドライブウェイ開通 | 00:54 |
| 清水焼 | 03:28 |


今年の市民憲章推進会議が、5月2日岡崎の公会堂で開かれました。

市長の挨拶に続き、松嶋助役を座長として会議が進められましたが、名誉市民新村出博士をはじめ意見の発表があり、今年は街を明るくする運動と道を広く使う運動を推し進めることに決まりました。続いて、市民憲章推進者の表彰式を行い、市民のお手本として47人と14団体の表彰が行われました。

夜は、新緑薫る円山音楽堂で、京都市少年合唱団はじめ子どもたちが出演して、市民憲章推進子ども音楽会が開かれ、楽しいひとときを繰り広げました。



賀茂の競べ馬は、遠く平安時代から平和と豊作を祈って行われてきた、我が国で最も古い競馬です。5月5日、上賀茂神社の境内に作られたおよそ500mの馬場の外には、仮の宮が作られます。

勢揃いした騎士は、お祓いの儀式を済ませると、もくりこくりと呼ぶ武者姿の可愛らしい子どもたちが警護にあたります。競べ馬は2頭ずつ行われ、左側の騎士は赤、右側は黒の衣装をつけています。いよいよスタート、今年は(?)雨の中を泥んこの熱戦が繰り広げられました。

そして、左が勝てば太鼓、右が勝てば鐘を鳴らして勝負を告げます。勝った騎手には白絹が贈られ、騎手は馬場から、鞭に掛けて受け取ります。この絹を左肩に置いてお参りするのが慣わしとなっています。こうして、賀茂の競べ馬は、今年も昔ながらに行われました。


比叡山ドライブウェーに次いで、東山ドライブウェーが去る5月1日開通しました。この、東山ドライブウェーは、総工費1億9000万円、全長3.4キロ、道幅6メートルで、東側には山科盆地が箱庭のように広がり、西側には碁盤の目のように京の街々が見え隠れする夢の道路です。

ドライブを楽しむ家族連れやアベックで賑わっています。頂上の将軍塚展望台からの眺めは、四季とりどりの変化に富み、特に夏の夜は、百万ドルの夜景として好評を博しています。


清水焼と粟田焼を総称して京焼と呼ばれています。緑に映える東山、加えて京を象徴する五重塔。清水寺から山並みに沿って今熊野・泉涌寺一帯が清水焼の本場です。有名な陶芸家や窯場は、ここ五条通一帯にほとんど集まっています。先代清水六兵衛氏(師?)の手になる花壺。典型的な清水焼です。現代、美術工芸品としての清水焼。当主六兵衛氏(師?)の制作に勤しむ姿です。

ここで、生活必需品の大量生産に拍車をかける窯場を訪ねてみましょう。原料の粘土は土揉みにかかるまで、原料加工はいろいろの工程を終えています。次が成形、といえば一番興味あるろくろ作業です。回転するろくろの上に乗った土の塊は、老練な陶工の手にかかると、たちまちにして壺に早変わり。一方、ろくろも機械に変わり大量生産され、見る間に皿が出来上がっていきます。成形されたのち、乾燥、仕上げ、素焼き、次に絵付け、釉薬作業です。なんでもないような作業でありながら、各陶工の個性が活かされる作業。芸術的産業と言われるのも、もっともなことです。

絵付け、釉薬かけが終わると、いよいよ本焼きにかかります。窯には、薪を使用する登り窯、石炭を燃料とするていき(?)窯の2つがあります。丸一日、およそ摂氏1300度を保ち、本焼きがあがります。いよいよ窯開き。このようにして清水焼は作られていきます。伝統に生きてきた清水焼も、最近は新しい流れに沿って、実用的で斬新なデザインの製品に力を注いでいます。繁栄への道は険しいながら、ここに働く人々の努力によって開けていくようです。



