おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2016.07.17infomation

6月25日に研究発表してくださった森末典子さんからレポートが届きました

    6月25日に開催された「パテ・ベビーに関する講演会と映画祭」において、太田米男先生のご厚意により研究発表の機会を頂きました。このイベントは、前半に私が「1920-30年代日本におけるパテ・ベビー機の普及―ー映画学の視点からみる小型映画文化」と題した報告を行い、それに続いて、非常に貴重なパテ・ベビーの映像を参加者全員で観覧するというものです。その発表の簡単な要約と当日の様子をここに報告させて頂きます。

   伴野商店によってフランスから輸入された9ミリ半パテ・ベビーは、1920年代より日本でも中上流家庭で普及しホームムービーの撮影や映写に利用され、戦間期の日本における映像と家庭との新たな関わり方を構築する上で大きな役割を担うこととなりました。そしてパテ・ベビーは、家庭用として普及するとともに、個人映画作家による映像作品や、一般企業や百貨店がアマチュア作家や映画倶楽部と提携した「広告映画」や「産業映画」 の製作にも用いられるようになります。このような、芸術性よりも「実用性」を追求した映画は近年、欧米の研究者の間でも注目されており、例えばVinzenz Hediger, Patrick Vonderau共編のFilms That Work(2009)やCharles R. Acland, Haidee Wasson共編のUseful Cinema(2011)等、この分野に着目した文献も出版されています。日本でパテ・ベビーによって製作された広告映画や産業映画が現存しているケースは残念ながら極めて稀であるため、今回の私の発表では『ベビーシネマ』や『パテーシネ』といった当時のアマチュア映画雑誌を基に、1920-30年代のパテ・ベビーによる広告映画について報告しました。

  パテ・ベビーが、16ミリ等と比較すると子どもの玩具のようであるとしてその小ささが時に否定的に考えられたこともあった一方で、その携帯性や、16ミリや35ミリと比べた場合の機材や製作費の安さが大きな利点として捉えられることもありました。その利点が顕著にあらわれている例が広告映画です。『パテーシネ』誌上では、例えば1931年の「パテー九ミリ半生きた広告映画」コンテストのように、広告に特化したコンテストも開催されるようになります。私の報告では、工藤文治郎の『31年ひな祭』と題された、アニメーションと実写を組み合わせたカルピスの広告映画を例に挙げ、この時期の広告映画はパテ・ベビーの実用性と芸術性の両面の追求を可能にする点において、パテ・ベビー愛好者やアマチュア映画作家にとっては非常に重要なジャンルだったのではないかと提起しました。 

  以上が発表の概略です。なお、おもちゃ映画ミュージアムの所在地である京都にちなみ、当時の京都におけるパテ・ベビー販売店舗一覧と京都ベビーキネマ協会の活動の様子も紹介しました。

  発表後は「パテ・ベビー映画祭」として、マキノ青司(牧野省三)監督の『国定忠治』(1925)や祇園祭のホームムービー等をフィルムで鑑賞し、また、「第十回ロサンゼルス・オリンピック大会」やステンシルカラーの「アゲハ蝶」等を、テレシネされたDVDで観覧しました。いずれも貴重な映像ばかりで、非常に充実した視聴体験でした。私自身の発表を振り返ると再検討すべき部分が多々思い当たりますが、様々な分野で活躍されている多くの参加者の方々からコメントを頂くことができ、大変有意義な経験となりました。今回のイベントに足を運んでくださった方々と、素晴らしい機会を提供してくださった太田先生ご夫妻に、改めて感謝申し上げます。 

パテ広告

パテ・ベビー広告

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研究発表するイェール大学大学院映画学・東アジア言語文学学部博士課程の森末典子さん。

 

 

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