おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2020.06.15infomation

7月1日から、映画『祇園祭』資料展を開催します‼

昨年7月は、祇園祭に関する昔の絵葉書や古い写真などの資料展を開催しました。24日後祭の日には、現存最古の「祇園祭山鉾巡行」(大正初期)の記録映像や、保存と活用を訴えている「京都ニュース」に記録されていた祇園祭映像集(1956ー75年)を上映し、続いて、ミュージアムすぐ傍で営まれる還幸祭を見学する催しをしました。祇園祭1150年記念の特別な神輿渡御見物は、見応え充分で参加者から好評でした。

気をよくして、「今年も頑張ってやろう‼」と準備を進めていたのですが、ご存じの通りのコロナ禍で、神輿渡御と山鉾巡行が取り止めになってしまいました。祇園祭山鉾連合会が中止を発表した4月20日の翌日、京都新聞1面と27面に大きく報道されていて、それによれば、神輿渡御中止は74年ぶり、山鉾巡行中止は58年ぶりのことだそうです。「断腸の思いだが、何よりも伝統を繋ぐことを大事に」と、今年は神輿渡御の代わりに、御旅所に祀った榊に祭神を移す儀式を行うことに。

「八坂神社によると、応仁の乱で神輿渡御が中断された際、神輿の代わりに榊をもって神幸するよう室町幕府から命じられたとの文書が残るが、最終的には神輿の修造が間に合って渡御されたという。榊による神幸は初めて」と1面記事にあります。

27面記事には、これまでの歴史が紹介されていて、巡幸中止は阪急電鉄地下工事以来58年ぶりですが、過去にも応仁の乱や第二次世界大戦などで中断を余儀なくされたことがあったことを紹介しています。参考として、戦時中の1943年6月24日付け朝刊「山鉾、今年はご遠慮 決戦型で行く祇園会」の見出し記事が載っていました。

室町時代、神事の中止に際し、下京の都市民たちが祇園社に「神事これなくとも、山鉾渡したき(神輿渡御が停止になっても山鉾巡行は行いたい)」(祇園執行日記)と強く訴えました。政治的な背景はありますが、この記録を基に、山鉾巡行について、歴史家・林屋辰三郎氏らは中世からまちの人が担った「町衆の祭り」であり、その心意気を表したものと評価してきました(27面記事より引用)。

更に記事を引用すれば、山鉾はこれに先立つ南北朝時代に出現し、巡幸は戦乱時に中止されました。応仁の乱(1467~77年)による中断は30年余りに及び、第二次世界大戦に伴って1943年から4年間、中断を余儀なくされたということです。今更ながら驚きましたが、応仁の乱による中断って、30年余りも続いていたんですね。

さて、2018年10月28日京都大学人文研アカデミーで公開シンポジウム「映画『祇園祭』と京都」が開催され、この映画フィルムを復元することに携わった連れ合いもお声がけ頂き、その復元と保存について話をしました。この催しのお知らせも含めて、一斉メールでご案内したところ、知り合いの方から「映画と行政がタイアップをし始めた初期の作品で、京都府の新人職員だった私は、仕事の余暇に製作事務所に入り浸り、いろいろとお手伝いをした、懐かしい作品です」と返事が届きました。製作当時のことをご存じの方がおられるとわかり、早速昨年2度に亘って、製作上映協力会メンバーとして、中心になって活動された方にお集まり頂き、研究者の先生方と一緒にお話をうかがう機会を設けました。

せっかくなら、より多くの人にもお話を聞いて貰えたら良いのではないかと考え、24日(金/祝日)13時半から、トークイベントをすることにしました。京大人文研公開シンポジウムでも発表された京樂真帆子・滋賀県立大学教授に、この映画が作られることになった背景を、田中聡・立命館大学教授から上掲新聞記事にも登場した林屋辰三郎さんの紙芝居『祇園祭』など作品の時代背景について、紙芝居の実演動画を少しご覧頂きながらお話をして頂きます。連れ合いは、復元前と後の映像を比較してご覧頂きながら、映画の復元と保存について話します。

続いて、昨年お話を聞かせて下さった3人の方にも加わっていただき、映画『祇園祭』製作の背景についてトークイベントを行います。

3密を防ぐために、定員をいつもの半分の先着15名(予約優先)にしました。これまで一番大切にしていた懇親会は設けませんので、悪しからずご了承下さいませ。なお、蒸し暑い中恐縮ですが、マスク着用でお願いします。入り口に消毒駅を置いていますので、手指の消毒にもご協力くださいませ。体調がすぐれない方のご参加はお控え下さい。皆様のご協力を、よろしくお願いいたします。

 

 

 

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