2026.10.01information
10月25日に川本喜八郎初の長編アニメーション『蓮如とその母』(1981)を上映します‼

2年越しの上映企画『蓮如とその母』(1981年度芸術祭参加作品、滋賀県児童福祉審議会推薦)が10月25日(日)に実現します。以前16㎜フィルムでの出会いがあった公益財団法人滋賀県人権センター様のご協力を得ました。昨年はもっと大きな会場での上映を夢見たのですが、力及ばず断念。そして念願叶っての上映会は、当館での開催になりますが、少しでも大勢の方にご覧いただこうと二部構成で上映します。
第一部は10時、開場、10時半開始。映画上映のみです。参加費1000円(入館料として、当日現金でお支払いいただきます)。
第二部は13時半、開場、14時開始。最初に東京工芸大学准教授細川 晋先生に「川本喜八郎が打ち込んだ人形アニメーションの創作について」の題でお話をしていただき、その後上映します。終了後に少しばかり質疑応答の時間を設けます。参加費1500円(入館料と受講料として、当日現金でお支払いいただきます)。
古い町家の階段を上って2階で上映します。定員24名(予約優先)。申し込みは電子メールinfo@toyfilm-museum.jp /☎075-496-8008(金曜~月曜10時半~17時)でお願いします。
昨年は川本さん(1925‐2010)生誕100年で、東京で上映会があり、滋賀県米原市でも上映会がありました。この作品は京都国際映画祭2019で京都ゆかりのアニメーションを企画した時にも提案したのですが、その時も実現しませんでした。三度目の正直での実現です。それならばと、川本先生『死者の書』でアニメーターを務め、傍でみておられた経験がある細川先生に、是非にと講演をお願いしました。
細川先生とは、2017年11月22~26日「持永只仁展~人形アニメーションを通した日中友好の足跡を追う」をした折に、持永只仁さんのご息女、伯子さんの紹介で知り合いました。「人形を最も良い表現で展示して下さる先生」と信頼が厚く、持永さんの『少年と子だぬき』(1992年)、岡本忠成さん『おこんじょうるり』(1982年)、そして川本喜八郎さん『死者の書』(2005年)の作品が一堂に揃い、それを素敵に展示して下さいました。開館して間もないことから「人形に万一のことがあっては大変」と心配して、ごく短期間の展覧会にしましたが、大勢の方が全国各地から見に来てくださいました。細川先生が飾り付けておられる様子をYouTubeで公開しています。今回の講演依頼も快く引き受けて下さり、心から感謝しています。
今回の発表について、細川先生からのメッセージは、次の通りです。
……昨年生誕100周年を迎えた川本喜八郎は持永只仁、イジィ・トルンカに学び、日本の人形アニメーションを最晩年まで牽引しました。川本の生涯を振り返りながら、『蓮如とその母』を含む川本作品の技術的な解説および、現在に至る人形アニメーションの系譜を解説します。……

9月24日京都新聞1面コラム「凡語」で、「本願寺と中興の祖・蓮如」の文字が目に留まりました。文章から、蓮如の教えの影響の大きさがうかがわれます。川本監督が手掛けた『蓮如とその母』はこの新聞コラムが取り上げている越前に蓮如が布教に入る前を描いています。この人形アニメーションの原作は平井清隆さんの小説『蓮如とその母』 (1983年)ですが、私は平井さんがその後に書かれた『蓮如上人の母とその身内』(1996年、永田文昌堂)を持っており、そこに書かれている著者紹介を読むと、滋賀県生まれの平井さんは、長く小中学校教員を務められた一方、滋賀県同和問題研究所理事長を経験されています。この作品の上映がなかなか叶わなかった理由の一つが「差別と人権」に触れていることにあるのかもしれません。
本願寺の第八世・蓮如(1415-1499)は、父・存如(ぞんにょ)の長男で、43歳の時に父を亡くします。存如から譲り状が与えられていたにも関わらず、継母にあたる如円尼は実子応玄に法王の座を継がせようとし、周辺の者も蓮如を本願寺から葬り去ろうとします。その背景には、蓮如6歳の応永27年12月28日に本願寺を失踪した生母、蓮祐の出自が賤民だったことがありました。祖師親鸞の教え「人間平等」に背馳する考え方が、寺の内外に瀰漫していたのです。
昨年6月3日~8月3日、大谷大学博物館で開催された「念仏もうさるべしー戦国時代と真宗」が開催されました。

この展示の最初の辺りに年表が掲示されていたのですが、父・存如の名前はありましたが、母の名前はありませんでした。「生国不詳」と長きにわたって今も扱われていました。最近稲畑勝太郎ゆかりの地を探訪していて東山の粟田口を何度か歩いたのですが、蓮如がいた大谷本願寺は東山の青蓮院の一末寺だったことを初めて知りました。妻を亡くした蓮如が7人の子どものおむつを洗っている様子などを見ているうちに、妻の妹の祐子は蓮如を慕うようになり、蓮如もまた祐子に幼い時に生き別れた母の面影を重ねていました。
蓮如は説きます「誰によらず念仏を唱える者は救われます」と。蓮如と敵対する比叡山の山法師どもによって本願寺が焼き討ちされ、蓮如たちは祖師像を背負って小関越えをして京から大津へ向かいます。隠家近くの村に母がいると聞いた蓮如は母に会いたいと希望しますが、「母上は身分の卑しさゆえ身を隠されたのです」と言われ、「卑しいとはなんだ。それは誰が決めた。人間に上下があるものか」と蓮如は言い放ちます。
余り長々書いてもいけませんので、このあたりにしておきます。続きはぜひ映画を御覧になっていろいろ感じて、考えて頂ければ嬉しいです。
少しばかり話が逸れますが、映画『祇園祭』では、応仁の乱で途絶えていた祇園さんのお祭りを京の町衆が復興したいと願った時、邪魔をしたのは将軍家の設定になっていましたが、史実は比叡山の山法師(僧兵)たちでした。そういった背景もこの映画でよくわかりました。滋賀県の同和問題にかかわる4つの団体が「蓮如とその母」映画製作推進委員会を結成し、川本喜八郎さんに制作を依頼されました。川本監督にとって初の長編アニメーションで、100体を超える人形を使って見事に表現されました。脚本は新藤兼人監督、武満徹さんの音楽もとても素晴らしいです。セリフ劇になっていて、それを担当されたのが錚々たる顔ぶれの俳優さんたち。何とも贅沢な作品です。
10月27日「ユネスコ視聴覚遺産の日」、10月28日「国際アニメーションの日」を記念して、滅多に観ることができない『蓮如とその母』上映を企画しました。この機会にぜひ観にいらして下さい。第一部、第二部とも先着24名です。皆様からのご予約を心よりお待ちしております‼
※恐縮ですが10月2~9日はイタリアのポルデノーネ無声映画祭で、『おもちゃ映画で見た日中戦争』を上映して頂けることになり、現地へ行きます。この期間は電話に出ることができません。悪しからずご了承下さいませ。


