おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2025.09.04column

『落花剣光録』(1929年)での記念写真から

上掲は8月30日のお客様から見せていただいた写真のうちの1枚です。『落花剣光録』のタイトルには見覚えが。7月15日付ブログで、寄贈いただいたおもちゃ映画のタイトルが『落花剣光録』だと判明したことを書きました。30日に来館いただいた方は、このブログを読まれ、右端に写っている男性がおじいさまに当たり、何をされていたのか知りたいということでした。おじいさまのお名前は福井猪三郎さんといいます。左端の時代劇の扮装をしているのが、主演の沢田清さんです。7 月14日のブログで下の写真を載せて、作品名とお侍役と女優さんのお名前を教えて欲しいと呼びかけ、

7月15日のブログでタイトルが判明したことを書き、そこで【21日付け追記】として、この女優さんのお名前が櫻井京子さんだと判明したことまでを書きました。それを教えてくださった湯浅篤志さんに、依頼者のおじいさまが写っている写真をお送りして、「何かわかれば教えて欲しい」と依頼しました。

湯浅さんからはすぐに返事がきて

「調べてみると、戦後間もない1947(昭和22)年の京都に福井猪三郎さんという方がいました。当時、福井自動車工業(株)を経営していた方です。代表取締役です。戦前は昭和12年ころに発足した「寺井商会自動車部」の支配人をしていたようで、戦後は独立して会社を興したようです。」とありました。

依頼人さんからは、「祖父が祖母と結婚したあとは自動車整備工場をしていた」とお聞きしていましたので、「この人のことだろうと思います」と返事を差し上げました。

そして9月1日に以下のメールが届きました。

…………

映画方面を少し調べてみました。
『日活画報』の昭和4(1929)年6月号に、送っていただいた写真と同じ構図の「落花剣光録」の写真が載っていました。このメールに添付します。送っていただいた「落花剣光録」の写真の人物ですが、俳優を除き、真ん中にいるのが清瀬英次郎監督だと思います。そこの右側に福井さんが映っているので、そのシーンでの重要なお手伝いをしていた可能性があります。

一方、添付した『日活画報』の写真ですが、これは「落花剣光録」終編のラストのシーンのようです。同号に載った終編のあらすじを読んでみたのですが、写真の三人が大海原に出ていく終わりの場面のようです。背景は海だったと思われますが、ロケを伊勢鳥羽方面でやったことも記されていましたので、たぶん鳥羽の海かもしれません。鳥羽には現在、江戸川乱歩館があるので、私も何度か足を運んだことがありますが、海の波も穏やかで風光明媚なところなので、ロケに適切だったのでしょう。

送っていただいた写真がそのロケのときだったとするならば、操船をしていたのが福井さんだったかもしれません。船の大きさもそれなりにあるようなので、もしかしたら、モーターボートのようなエンジンをつけていた可能性があります。時代劇なので昔の帆掛け船を使う必要がありましたが、乗船して、しかも多人数の撮影なので、エンジンをつけての船が必要だったのかもしれません。そのエンジンを操っていたのが、福井さんの可能性があるという推測です。

日活の社史も見てみましたが、福井さんの名前は出てきませんでした。ですので、京都から鳥羽方面にロケに行ったときに、自動車の運転や船の操作などを臨時で雇われてしていたのかなと思っています。

勝手な推測ですいませんです。
今のところ、出てきたのは、『日活画報』の写真だけでした。『日活画報』は、国会図書館のデジタルコレクションで見ました。

…………

ということでした。調査のすばらしさに感服しました。湯浅さん、貴重な時間を割いて調べてくださったことに心より御礼を申し上げます。

国会図書館デジタルコレクションの『日活画報』(1929年6月号)の記事で、一番上の男の子が「小僧・三慶」役として出演した中村英雄さんだとわかりました。7月15日のブログにも書きましたが、11月6日同志社大学寒梅館で彼が主人公の房吉少年を演じる『僕らの弟』を上映します。子役として大変人気がありましたが、戦争に応召され、1943(昭和18)年、南方の陸軍病院で戦病死しています。彼も戦争の犠牲者でした。戦後80年の年に、彼の写真と再会できたのも何かのご縁だったのだろうと思います。

そして、私がネットで検索していてわからなかった清瀬英次郎監督と思われる方のお顔が分かったことも良かったです。当館で発見され、大きく報道して頂いた『実録忠臣蔵 天の巻・地の巻・人の巻』(1926年、日活大将軍撮影所)で清瀬英次郎さんは池田富保監督の助監督をしていました。

この依頼者様からは、別の京都でのロケーションで撮った集合写真もありました。後ろから2列目の中央が福井猪三郎さんですが、他に写っている方でお分かりの方がおられましたら、お教えください。

こちらは、写真裏メモから『大久保彦左衛門』撮影時のスナップ写真です。福井さんは右端に。

最後の一枚は、波多野安正監督の淀ロケーションでの集合写真のようです。作品名はわかりません。福井さんは、ここでも右端に立っておられます。随分身長が高い方だったのですね。このように集合写真にたびたび写っておられるのはスタッフとして重宝されていたからなのでしょう。

この3枚の写真についても、何かお気づきのことがございましたらお教えください。どうぞ宜しく御願い致します。

【9月18日追記】

いろいろお世話になっている三品さんから、昔の雑誌に載っていた清瀬英次郎監督の写真を送ってもらいました。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

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