2025.08.27column
人と人の出会いと繋がりの面白さ

8月24日、面白い出会いがありました。その人のお名前は、大月ヒロ子さん。来館いただいたのは、アルゼンチンの映像作家ホアキン・アラスさんから「京都に行くなら、おもちゃ映画ミュージアムへ行ってみて」と勧められたからなのだそうです。

ブエノスアイレス在住のアラスさんとは、今年2月12日に彼から受け取ったメールから始まります。トーキョーアーツアンドスペース(TOKAS)に参加している仲間と一緒にミュージアムを見学したいとの希望でした。メールには「実は12日ミュージアムに行ったけれど閉まっていた」と書いてあり、本当に見学したい気持ちでいっぱいだったことが伝わりました。まだ新拠点の改修工事中で、展示物のほとんどが旧町家に置いたままでしたが、幻燈機に興味があるということでしたので、不十分な状態ではありましたが、2月14日11時にお待ちすることにしました。地球の真裏のアルゼンチンと違って寒い京の町に二人して来て下さり、その様子をブログでも書いています。16日には、京都市内で開催された京の活動写真「下鴨映画祭」を見学されました。当館へは、当日も出演された片岡一郎弁士が紹介してくださったのだろうと思います。
その後、3月14日午後と15~16日に東京都墨田区立川TOKASのレジデンシーで作品を公開すると案内を受け取りました。丁度、3月15日に山路ふみ子文化財団さんから、ホテルニューオオタニで「財団解散に伴う感謝の集い」をすると案内をいただいていたこともあり、午前中に作品を見に行って来ました。その折のことは、こちらで書いています。東京都歴史文化財団さんが気を使ってくださって、通訳付きでアラスさんとお会いできました。
アルゼンチンへの帰国前に私宛てにアラスさん手描きの幻燈種板を送ってくださいました。大月さんが手にしておられる葉書は、彼が滞在中に製作した『最後のケンタウロス』。オリジナルの映画は1924年にエンリケ・ケイロロ監督によってつくられたサイレント映画ですが、最近、ブエノスアイレス映画博物館によって発掘された貴重なフィルムなのだそうです。82分もあった作品ですが、片岡一郎さんの活弁を付けて、12分の短編に編集してTOKASで初公開されました。

写真が不鮮明で恐縮ですが、右端の黒四角の中に楕円形の絵が、アラスさん手描きの幻燈種板です。大月さんがこれらの写真をアラスさんに送信されたところ、「私の作品が展示されていて、 “ベストフレンズ”のステッカーが貼ってあって感動しました」とメッセージが届いたそうです。
ところで大月さんは、どんな方なのだろうとネットで検索すると、ミュージアム作り、遊びと学びの空間デザイン、ワークショップを活かしたデザイン開発などを手掛け、2013年8月岡山県倉敷市玉島に廃材で人や地域が繋がるクリエイティブリユースの実験室・情報ハブ・レジデンスのIDEA R LABを開設されました。幅広くご活躍なのは話を聞いているだけで分かります。そもそもアラスさんと出会われたのも、その延長線上で、今年4~6月ブエノスアイレスにアーティスト・イン・レジデンスでクリエイティブリユースに特化した制作をしようと行動された時、アルゼンチン大使館の方から紹介された一人がアラスさんだったのだそうです。
「へぇ~、世の中は狭いですね」と話しているところに、1組のお客様が来館。いつものようにあれこれ説明しながらミュートスコープのところで「手元にあったこのセクレタリーミュートスコープのリールに何が映っているのか見たくて、何とか見ることができるようにして欲しいと橋本典久さんという方に依頼。そして昨年、3Dプリンターで作ってもらったものです。巨大なパラパラ漫画を見る装置です」などと話しているのが大月さんの耳にも届き、「えっ、ひょっとしたら武蔵美の?」と尋ねられて、またびっくり。実は橋本さんのこともご存じでしたが、彼の奥様とのほうが付き合いが長いのだそうです。

橋本式ミュートスコープを体験する大月さん。以前のミュージアムをご存じではないので、この装置を手回しして、どんなところだったか見てもらいました。
私どもが願っている映画博物館の話をして、これまでどういった組織・団体・個人にお話をさせて頂いたかということを話していると、前に進めるのにぴったりの人物を紹介して下さり、その方とはその場でネットを介して繋がることができました。早稲田大学名誉教授の草原真知子先生とも知り合いだったりと、その幅広い交友関係に驚くばかりでした。京都にもたびたび来ておられるというので、これからもお知恵を拝借して何とか夢実現に向けて前に進めていけたらと願っています。とても良い出会いでしたし、機会があれば、IDEA R LABにも行ってみたいです。


