2026.01.11column
紙製透過フィルム

1月7日京都新聞夕刊に載っていた山根青鬼さん(90歳)の記事。それで思い出したのが、2018年5月7日付けブログで書いた紙製透過フィルムのこと。東寺ガラクタ市で買ったものです。

「山ね……」がどなたのことか、ブログを書いたときにはわかっておらず、それは今も変わらないのですけど、上掲新聞記事を読みながら山根青鬼さんと赤鬼さんの御兄弟ではないかと思うのです。戦後80年だった昨年の6月、読売新聞で報じられた幻の「のらくろ」が載っている「戦時版よみうり」が見つかったという報道で、田河水泡さんの仕事への関心が高まったことでしょう。なるほどそこに掲載された4コマ漫画には、「田河水泡」ではなく「田河水包」の文字になっていますね。漢字一つとっても、切迫した時代の空気を感じます。
私の故郷富山県の呉東に位置する朝日町に疎開されていた山根さんご兄弟ですが、戦後、中学卒業後に田河さんのところに弟子入り。3年を過ぎて「プロで通用する」と認められたそうです。1953年ぐらいの頃のことでしょうか。その後、50代半ばで、一歳年上の永田竹丸さんと山根兄弟の3人が田河さんより「のらくろ」の継承が認められます。当館には、「のらくろ」のおもちゃ映画が幾本もあり、中には「ノラクラ歓迎会」というヘンテコなものもありますが、さて、これ等の描き手は誰なのでしょう?
所蔵品の中にグリコのブリキ製幻灯機(2017年4月9日付けブログで紹介)があります。1955(昭和30)年に、特別プレゼント用に作られたもののようです。山根さん兄弟がプロとして仕事を始められた時期とも合うと思い、試しに紙製透過フィルムを装填してみました。


フィルムがぴったり装填できました。子どもたちが、このフィルムを幻灯機に掛けて、ワクワクしながら投影される絵を目を凝らして見ている様子が目に浮かぶようです。さぞかし楽しかったことでしょうね。
今頃検索していて気が付いたのですが、12月14日まで東京の森下文化センターで、「卒寿記念山根青鬼『名たんていカゲマン』誕生50周年記念展」が開催されていたのですね。

手元にある紙製透過フィルムを持参して、「描かれましたか?」と直接尋ねてみたかったです。上掲の京都新聞記事によれば、卒寿を迎えた今も森下文化センター「田河水泡・のらくろ館」のホームページで「のらくろ」を描き続けておられますし、人気があった朝ドラ「あんぱん」でも、ドラマの中で登場する4コマ漫画などの制作や指導も担当されたのだそうです。お元気で活動されているのは素晴らしい💗

これは、明日1月12日まで開催している「 古川タク 映像おもちゃ ふたたび展」で楽しい作品の数々を展示してくださっている古川タクさん(イラストレーター、アニメーション作家、絵本作家、マンガ家と多忙面ご活躍)が、昨年5月17日に新装開店した当館を見に来てくださった折の記念写真(撮影は奥様)です。古川さんが手にしておられる「のらくろ」は、以前森下文化センターさんが来館された時にプレゼントしていただいたぬいぐるみで、普段は背後の棚に座ってお客様を出迎えてくれています。
先ほど、同センターに電話をして、可能なら山根青鬼さんに、手元の紙製透過フィルムに見覚えがないか尋ねてもらいたい旨依頼しました。もし、山根さんが描かれたのでしたら、その当時の状況が分かるかもしれないと思うのです。
さて、今回の古川さんの作品には、トレーシングペーパーに描いた8~12コマのフィルムだけで出来上がったアニメーション作品「paper films」(2005年)も数多く展示しています。それぞれの作品を動画でもご覧になれるようにしています。どれもみな先生のお人柄そのままに、優しくて、ほのぼのとしたユーモアにあふれた作品ばかり。ぜひ貴重な原画を観にいらしてくださいね。ご来館を心よりお待ちしております。



