2016.12.21column
酒豆忌(しゅとうき)の打ち合わせ
今日は、東京から正会員の長谷川さんが来館。8月のワークショップの時にお話をした「酒豆忌・中川信夫監督を偲ぶ集い」についての打ち合わせのためでした。
つい先日パリへ新婚旅行に出掛けられ、お洒落なチョコレートのお土産をいただきました。そして、見学されたシネマテーク・フランセーズの2016~17年のプログラム(写真右上)とIMAX180°3Dドームシアター(中央上写真)、ミュージアムの資料にもなるリュミエールから始まる120年間のシネマの歴史の展示資料(写真下)もいただき、見学されたときの感想などを聞かせていただきました。
私事ですが26~29日に、開館後に知り合った多くの台北の友人たちに会いに台湾へ初めて飛びます。その道中安全祈願に、昨朝は京都府八幡市の「飛行神社」(1903年12月17日アメリカのライト兄弟が飛行に成功しますが、それに先駆け1891年4月29日、愛媛県八幡浜市出身の二宮忠八がゴム動力を使った「カラス型飛行機」を作成し飛行に成功。飛行神社は二宮忠八が1915年八幡市内の自邸内に私財を投じて航空安全と航空事業の安全を祈願して創建しました)へお参りに行きましたが、高所恐怖症でいつまでも「飛行機が怖い」と言っていたら、見せてもらったようなこうした素晴らしい博物館を実見できないまま。台北旅行で慣らしたら、いずれは自分の目で見歩きたいものです。
とってもシャイな長谷川さん。彼の前に並んでいる本『映画監督 中川信夫』(1987年、リプロポート刊)、復刻版『中川信夫詩集 業(ごう)』(2009年、酒豆忌実行委員会発行)は、来館の皆さんにも読んでもらいたいと寄贈いただきました。
「酒豆忌」は、酒と豆腐が好きだった中川監督の命日と言う事で、命名されました。
「酒豆忌・中川信夫監督を偲ぶ集い」には、たくさんの実行委員がおられ、彼もその一人として活躍されています。毎年9月に東京で酒豆忌をされていて、昨年は9月13日~10月24日にラピュタ阿佐ヶ谷で特集「挑む 生誕110年 中川信夫 青春のビッグバン」が組まれました。
実は中川監督は京都の出身でした。そうした縁もあって、「だったら監督の命日である6月17日に、京都で酒豆忌をしよう」ということになりました。たくさんの写真等の資料が集まっていることから、どこに何を展示しようか、内容はどうしようかと考えるのも楽しいひと時で、あっという間に時間が過ぎました。
追々にこれから相談しながら内容を詰めていきますが、とりあえず決まったことは開催日程。6月1日(木)~18日(日)。3日(土)と10日(土)は関連講演会も。そして17日の命日は酒豆忌です。京都の美味しいお酒と湯豆腐で、監督を偲びたいと、話しているうちにいろんなアイデアも湧いてきました。
長谷川さんは「『東海道四谷怪談』のイメージから、晩年『怪談の巨匠』というイメージがついているが、決してそれだけではない。夏目漱石の『虞美人草』『三四郎』など文芸映画も多く、エノケン映画も撮っていた。山上伊太郎さんの影響を受けて、マキノ時代劇の系統にも連なっている。現代劇、コメディ、時代劇と様々なジャンルを手掛けていた。『ホラーの監督』というイメージを変えていきたい」と目に力を込めて熱く語っておられました。
こうしたことから、中川監督について、多くの人が関心を持ってくださったら嬉しいです。まだ半年先のことではありますが、手帳に書き込んでくださればもっと嬉しいです。