おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2022.03.23column

ロシアのウクライナ侵攻を、日中戦争に重ねて顧みる『おもちゃ映画で見た日中戦争』

2月24日に始まったロシアによるウクライナ軍事侵攻は、多数の市民を巻き込み凄惨な状況が続いています。もう28日経ちますが、解決策は見出されないまま。南東部の都市マリウポリでは死者が3000人以上とも言われ、街の9割以上が破壊されたそうです。首都キエフも攻撃に備えて緊張が高まっています。美しかったウクライナの街並みが無残に破壊され、出産を控えた妊婦が血だらけになって運び出される様子、子どもがおびえて泣いている姿にいたたまれない思いです。ロシア大統領個人の誤った歴史観で振り上げられた拳の落としどころがわからなくて、世界中が彼の振る舞いに翻弄されています。もっとも恐ろしいのは、彼が核使用をほのめかしたこと。何としてもこの事態に陥らないよう、彼を押しとどめる必要があります。さて、いったい誰が彼の首に鈴をつけることができるでしょうか?追い詰められ、冷静さを失ったときに「死なばもろとも」と核のボタンを押されることは、想像するだけでも恐ろしい。

さて、3月15日(火)第17回大阪アジアン映画祭で、世界初上映となった当館の『おもちゃ映画で見た日中戦争』は、平日の15時40分という動員が難しい時間帯で、どれほどの方にご覧いただけるのか大変心配しました。土曜昼前の朝日放送ニュース番組で報道してくださったことも功を奏して、ABCホールの広い会場を埋めてくださり安堵しました。大阪アジアン映画祭はこれまでの関係各位の努力の賜物で固定ファンがたくさんおられることも大きかったと思います。比較的若い世代の観客が多いことも特徴の一つのように思われます。若い人々にこそ、この映画をご覧いただきたかったのでそれも良かったです。コロナ禍で例年はたくさんの海外からのお客様が見に来てくださるのですが、今回はそうもいかず。いずれ海外バージョンに再編集して、海外でもご覧いただけるように、もう一工夫しなければと思っています。上映に際し、多くの方のご尽力を賜りましたこと、ここに深く御礼を申し上げます。とりわけアメリカのロチェスター大学教授ジョアン・ベルナルディさんには、ご多忙な中難しい翻訳に尽力していただきましたこと、心から感謝申し上げます。

作品は、当時を記録したニュースや記録映画36本、アニメーション3本、劇映画『誉も高し 爆弾三勇士』1作品、ホームムービー10本の合計50作品を編集し、歴史的・軍事的考察を専門家の知恵を拝借しながら94分の作品にまとめました。当日はこの映画祭初めてのピアノ生演奏付きで上映しました。演奏は柳下美恵さんです。

柳下さんはFacebook書き込みで「上映後にさまざまな方が映画について戦争について話されていることで映画の成功が感じられました。戦争反対!ですが、過去の映像を見て、戦争に向かっていく機運に飲み込まれず生きていくのは本当に難しいと思いました。ささやかな当たり前の日常が一番と思う人が一人でも増えますように。」とありました。

Facebookでフォロワーさんに鑑賞を勧めてくれた知人は「おもちゃ映画ミュージアムが所蔵する昭和初期の玩具映画や小型映画、さらに新聞社が撮影した記録映画のフィルムの中から、日本の軍国主義化を裏づける映像を、同ミュージアムの代表、太田米男さん(大阪芸術大学元教授)が編集・演出されました。ニュース映像のみならず、アニメ、ドラマも入っており、てんこ盛りの内容。昨年6月、試作品を観せてもらい、目を見張りました~❗😲❗これは間違いなく、日本の『負の現代史』を記録した労作です~‼️」と綴って下さいました。

それを受けて会場でご覧いただいた方は「確かに貴重な負の現代史ですね。食い入るように見て気が付いたら終わっていました。姑がわが夫2歳と0歳の二人を育てていた新京の街並みや暮らしの風景が出て、その後の引き上げの苦労話を思い出し涙が出ました。勧めてくださって本当にありがとうございました」と感想を書いておられました。

幾人もの人が、満洲で暮らす日本人の穏やかな日常、例えば大連の夏家河子(かかかし)での海水浴、満洲牧場での様子などの映像に「ホッ」としたと仰います。いずれもパテ・ベビー(9.5ミリ)と呼ばれるフィルムで撮影されたホームムービーです。それらのフィルムをネットオークションで落札して当館に寄贈してくださった高槻真樹さんの奥様は「撮影者は土木技師をしていたようで、開拓団の農民とは違い、お金持ちだったのでしょう。そういう贅沢が、侵略された現地の人々の苦労の上に成り立っていたことを、この家庭は分かっていなかった、と読み取れます。ただのホームムービーも今となれば、歴史の証言としての価値があるのです」と書いてくださいました。

2020年初めに始まったコロナ禍で来客が少ない日々が続きました。ならばと、手元にあった古いフィルムの整理をしているうちに山中貞雄監督そっくりな人物が戦地で万歳をしている映像を見つけ「なぜ28歳の若さで、中国大陸で戦病死しなければならなかったのか」その背景を知りたいと始め、時系列に並べてみた作品です。それが、まさか2年経って世界中がコロナに振り回され続け、先行き不透明な中にも関わらず、“突如“ロシアによって戦争が始まるとは思いもせず。まるで20世紀に戻ったかのような悪夢が続いています。テレビやネットから次々報じられる映像を見ていると、どうしても『おもちゃ映画で見た日中戦争』と被さります。

ロシアが今とっているやり方は、昭和初期に日本が中国大陸に軍事侵攻した様子と同じです。私たちはテレビから流れる映像に「何てロシアは酷いことをするのだろう」と思っていますが、それはかつての日本の姿であり、かわいそうなウクライナの人々は当時の中国の人々の姿です。日本は加害者であったのですが、学校の社会科の授業では、こうした現代史はデリケートな問題として端折られて学ぶことができていません。一方の被害者であった中国や韓国では「当時の日本が何をしたのか」を学校で教育しています。ここに相互理解を難しくしている原因があると思います。

今朝の京都新聞に掲載された元京都大学人文科学研究所教授の山室信一さんの文章を、大きく頷きながら読みました。「つまりこの世界は、互いの喉元に刃を突き付けた状態で生きているのです。(略)人類は極めて少数の指導者に運命を委ねているのです」。元首相だった人物が懲りずに核のことを持ち出して発言し、うんざりしています。唯一の被爆国として日本は「核の保有が不当であることを徹底して訴える」ことこそが重要だと私も思います。核兵器禁止条約に日本も批准することが平和を維持する道だと信じます。

 

上映後のスナップ写真。向かって右から高槻真樹夫妻、上倉庸敬(つねゆき)大阪映像文化振興事業実行委員会委員長、当日の記録撮影してくださった布施利洋さん、左端がパテ・ベビー寄贈者でNHKJ-FLICKS でお世話になったエテルナ・ピクチャーズ代表取締役の平澤 匠さん。撮影者は3月27日の研究発表者北波英幸さん。皆様貴重な期間を割いて下さり、誠にありがとうございました。ありがたいことに早速、配給会社から声をかけてもらいました。希望としては海外での上映後に、映像に音を付けたバージョンを完成し、教育の場などで広くご覧いただけるようになれば良いなぁと思っています。

 

 

 

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