おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2025.07.02column

6月の振り返り①映画『国宝』に描かれた肌絵

6月13日、話題の映画『国宝』を仕事から帰ってから、急いで東宝シネマズ二条に出かけて20時から観ました。この作品のすばらしさについては多くの方が書いておられるので、それぞれ頷きながら読んでおります。

昨日嵐寛寿郎さんのことを調べていたら、wikiに興味深いことが書いてありました。寛寿郎さんは、丁稚奉公から歌舞伎の世界に入りますが、「阿呆でも名門のセガレは出世がでける、才能があっても家系がなければ一生冷や飯食わされる、こんな世界に何の未練もないと思った」と言います。「丁稚奉公と同じや、ウソで塗り固められた徒弟制度の枠の中で主人の顔色をうかがって、犬のように餌をもらう生活は御免や」と、当時歌舞伎の世界からは「泥の上でやる芝居」という意味で、「泥芝居」と蔑まれていた映画の世界に入ります。

 

任侠の家に生まれて抗争で父を亡くした映画『国宝』の主人公喜久雄(吉沢亮)は、上方歌舞伎の名門の当主花井半二郎(渡辺謙)に引き取られ、彼によって美貌と才能があると見込まれて、歌舞伎の世界に入ります。半二郎には実子俊介(横浜流星)がいて、二人は共に芸の道に身を捧げつつ。。。才能があっても血筋の問題が大きな壁になっていることは嵐寛寿郎さんの指摘の通りだなぁと思います。ともあれ、吉沢さん、横浜さんの役者根性をしっかり見せていただいた約3時間でした。

もう一度観に行きたいと思っていますが、そう思わせるのは映画のすばらしさもさることながら、吉沢亮さんの体に施された刺青のシーンです。何の予備知識もなく見に行ったのですが、「ひょっとしたら」と思って、エンドロールに目を凝らしましたら、「肌絵師:田中光司」とありました。念のため、家に帰って連れ合いが持っていたチラシ(上掲)で確認したら、小さな文字で「肌絵師:田中光司」と書いてありました。「やっぱり、田中さんの仕事だったんだ‼」と思って、日付が変わるころ、ダメもとでメールを差し上げましたら、翌日田中さんから返事がきました。

……僕も試写で鑑賞しましたが、やはりこれまでかかわってきた作品の中でも鑑賞後の余韻が凄く自分にとっても代表作の一つになる、と感じました。そして実は、ちょうど毛利清二さんの展覧会でミュージアムに伺った時、『国宝』の撮影で京都に滞在中でした。会期中に出番のない日がありラッキーでした。渡辺謙さんが出演されているので、毛利さんが謙さんに会いに撮影現場に陣中見舞いに来られていたみたいです。……

と書いてありました。毛利さんはマキノ監督から“刺青絵師”の肩書をもらわれましたが、私が田中さんとお会いしたことを毛利さんに話したところ、実は毛利さんご自身は“肌絵師”が良いなぁと思っていたことを教えてもらいました。田中光司さん来館の折りのことは、こちらで書いています。

毛利さん繋がりで、なかなか振り返りが書けずにいた5月18日のことについて少しばかり。この日、当館は開館10回目の誕生日を迎えることができました。それを記念して、毛利清二さん(95歳)をお迎えし、都留文科大学教授山本芳美先生と東映太秦映画村・映画図書室学芸員原田麻衣さんとのトークイベントをしました。お二人が今年3月『刺青絵師 毛利清二~刺青部屋から覗いた日本映画秘史~』(青土社)を刊行された記念の意味合いも込めました。

新拠点で実施した最初の催しで、18時からの開始でしたが、東京を含め、各方面から大勢の方が集まってくださいました。

講演の中で毛利さんご自身が初めて公にされましたが、実は入院手術されていたのだそうです。いつもお洒落な毛利さんファッションで固めた装いだろうと思っていましたが、実は頭の手術跡を気遣っての帽子姿でした。まだ、当日撮影した映像を見直していないのですが、この日のトークイベントに間に合うように描かれた刺青下絵の披露もありました。どんな状況になろうと、衰え知らずの探求心は、流石です‼

当日参加いただいた坂井靖夫さんから感想文を頂戴しましたので、遅ればせながらご紹介させていただきます。

………

5月18日、おもちゃ映画ミュージアム10周年記念イベント、『刺青絵師 毛利清二』刊行トークに参加しました。当初の案内では、登壇者は書籍著者の山本芳美氏、原田麻衣氏およびスペシャルゲスト?と、毛利清二さんが来られる可能性を匂わす(!)内容になっていました。毛利さんは齢95歳、お元気とはいえ当日の健康状態が優先されるためだと案じておりました。 果たして毛利さんは来場されました。20人限定の参加者を前にかくしゃくとして座られ、両脇に山本氏と原田氏がまるで家族のように支えるという微笑ましい状況でした。毛利さんは開始前から本のサインに応じられ、一人一人名前を確認して、「刺青絵師 毛利清二」と日付(お二方に何度も確認しながら)を丁寧に記入されていました。私も持参した本にサインをいただきました。

トークは、山本氏が本の内容に沿った解説を行い、毛利さんにエピソードを振られるという形で和やかに進んでいきました。開始早々、毛利さんが少し前にご病気で入院され開頭手術まで受けられたことが告げられ、大変驚きました。何事もなかったように座っておられる毛利さん、「今日は(頭の傷を隠すため)帽子をかぶります」と笑いをとっておられた。鶴田浩二、高倉健、松方弘樹と往年の大スターのエピソードになると更に饒舌になられ、山本氏が仕切らなければいつまでも続くのかという勢いでした。 今回のトークに参加するにあたり刊行本を拝読しました。映画好きを自負しておりますが、刺青絵師の凄まじい仕事内容に初めて触れ、驚嘆するばかりでした。撮影所には真っ先に入り、2-4時間ほどかけて主役の刺青を描きます。描かれた刺青は映画の中で本物に見えると同時に、映像映えする異質のものとしての二面性を持っています。刺青が強烈なアップで登場し、その後の立ち回りに続きます。役者の激しい動きによって刺青は摩擦され、更に汗で色素が流されます。これほどまでに時間と手間をかけて描かれた芸術画がその日のうちに姿を消すのです。しかし事物は刹那的でありますが、刺青はフィルムに刻まれた瞬間永遠の命を授かるのです。映画の黄金時代、刺青絵師として、役者として時代を駆け抜けた生き証人が目の前に座っておられ、映画好きの20名と一つの空間を共有しています。なんと至福なひと時でしょう!このような機会を企画いただいた関係者のご尽力に対し、感謝の念に堪えません。

そうそう、トーク終了後に参加者からの質問がありました。「男性と女性、どちらが描きやすいですか?」との問いに、「それは女性ですな」と艶っぽくニヤリとした笑みで答えられたのが印象的でした。

………

昨年3か月にわたって開催した展覧会「毛利清二の世界~映画とテレビドラマを彩る刺青展~」では、全国各地から大勢のお客様にお越しいただきました。その中にフランス国立極東学院京都支部代表クリストフ・マルケ教授(下掲写真中央)がおられ、そのご縁で、日本の横浜写真コレクターで古写真研究家クロード・エステーブ先生(同右、フランス)とも知り合いました。写真は昨年6月30日撮影。エステーブ先生から寄贈いただいた横浜写真は拡大して掲示しています。

お二人の尽力もあって、毛利さんの下絵が素晴らしいということになり、今年6月21日から9月28日まで、フランス南部のカルカッソンヌ美術館で開催中の「L’art du tatouage au Japon」に毛利さんの下絵などが展示され、毛利さんの仕事が紹介されています。https://www.instagram.com/reel/DLUlvT6ICI_/

江戸時代から現在までの“体が芸術作品”となった日本の刺青文化が160点以上紹介されます。一昨年の2023年フランス西部のニースから始まり、昨年は10月までフランス東部のニースで開催、それに続く展示です。フランスの人々の日本の刺青文化への関心の高さがうかがえましょう。

 

フランス南東部で開催された第78回カンヌ国際映画祭監督週間で『国宝』は上映され、大きな拍手が送られました。彼の地のお客様の目にも、田中光司さんが描かれた肌絵は印象に残ったことでしょう。時間を見つけて、もう一度映画館の大きなスクリーンに没入して観てこようと思います。

 

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