おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2025.07.03column

6月の振り返り③「紙フィルムの世界」国内ツアー

6月13日早稲田大学小野記念講堂で「知られざる日本アニメの源流」全国ツアーのオープニング講演会と上映会が行われました。その様子は6月24日付け日本経済新聞電子版で報じられました。紙面掲載がなかったのが残念でしたが、読むことができたので、プリントして展示しました。会場では、COVID-19の前に当館で紙フィルムの存在を知って、メディア考古学の視点から大いに関心を持たれたバックネル大学エリック・ファーデン教授が、活弁士片岡一郎さん、箏とチェロの演奏でフィルムに命を吹き込んだデュオ夢乃さんと一緒に登壇。若手研究者柴田康太郎さんの司会で紙フィルムの面白さ、価値を参加された皆様にお話されました。早稲田大学での講演に続き、東京の新文芸坐、新潟の高田世界館、京都の府立文化芸術会館、大阪のシアターセブン、愛媛の常設活動写真館 旭館と続き、上掲の7月6日広島市映像文化ライブラリーで上映ツアー最終となります。今回の一連のイベントの主催はUCLAと早稲田大学の共同事業「柳井イニシアティブ」です。後にも触れますが、「柳井イニシアティブ」様には、本当に良くしていただき、感謝でいっぱいです。

日経新聞よりも早く、朝日新聞は6月21日付け夕刊7面で、「紙フィルムアニメ 再び光」「1930年代のおもちゃ 進むデジタル化」の見出しで大きく報じました。紙フィルムは1932年、グラビア印刷技師辻本秀五郎が開発し、家庭映写機㈱が子ども向け玩具「レフシー」として特許を申請して取得します(下掲写真上段)。これを受けて、大阪の家庭トーキー製作所も製作に乗り出し、同期して音付きでも楽しめるようレコードも発売しました(同下段)。

当時のフィルムはモノクロの時代でしたので、上段に掛けている紙フィルムはそれを反映した印刷になっていますが、既にカラー印刷が可能でしたので、両社とも動くカラーの漫画が楽しめました。アニメーションだけでなく、ニュース映像や時代劇もありました。ふんだんに電気が使える時代ではありませんから、薄暗くなるのを待って上映し、暗闇で目を凝らしながら映し出されるボヤッーとした映像に見入ったことでしょう。しかも家庭トーキーの場合はそれ専用のレコードも発売していましたから、より一層楽しかったことでしょう。当館にはそうしたレコードと紙フィルムがセットになったものがありますので、25日の京都会場での上映会では、活弁士さん+生演奏付きバージョンと、オリジナルレコードと同期させたバージョンの両方を見聞き比べていただきました。昔の弁士さんの語りと音楽も、なかなかに味わい深いものがあります。

その京都会場での上映会で、私はようやく3つ目の会社「月と星」がトレードマークの紙フィルム作品(山端健志さん所蔵)を見ることができました。東京の水中商店が作っていた紙フィルムです。

レフシーと同じ、パーフォレーション(送り孔)は1つだったことが分かりました。ちなみに家庭トーキーはパーフォレーション2つです。水中商店の映写機も見つかっているのかしら?

先日館内で展示しているパネルをよくよく見たら、この紙フィルムを作っていた水中商店の自社工場だった「水中化學工業所」についての記事でした。

1939(昭和14)年4月20日発行『映画朝日』第16巻 第5号の記事「映画フィルムの最後はどうなる?」で、2022年に北海道の松山さんからデータで送ってもらったものです。この工業所は福島可奈子さんの著書『混淆する戦前の映像文化: 幻燈・玩具映画・小型映画 』287~288頁によれば、「1934(昭和9)年~1935(昭和10)年頃には江戸川区小岩町の自社工場で『映画用フィルム』の製造を大々的におこなっており、当時は小西六本店や旭写真工業などど肩を並べる国産フィルム製造の大手であった」ということですが、その後も再生フィルムの製造を精力的に行っていたことが分かります。

福島さんの本によれば、「水中商店」は目黒区下目黒4丁目968にあり、「月と星を合わせたマークをつけて『紙フヰルム』と『反射式家庭活動映写機』を販売していたことが実物史料等から判明した」そうです。福島さんの本が出て以降、水中商店が販売した紙フィルムが見つかり、今回の紙フィルムツアーで、実際の映像をみることができたわけです。

上掲雑誌で紹介されている「水中化學工業所」は記事から書き出せば、東京の江戸川区小岩町にあり、「これが幾つかある問題のフィルム再生工場の一つだ」。「問題」の意味が今の私にはわかりませんが、全国の映画館を駆け回って酷使された映画フィルムのうち、まだ使用できると判断されたフィルムには乳剤面を洗い落とし、新しい乳剤を塗布して、生フィルムとして発売されました。戦後映画界に入って『大魔神』シリーズなどの作品を撮った森田富士郎キャメラマンは「コダックやフジのフィルムはあったけれど高かったから、再生フィルムばかりだった。カールして酷い状態のフィルムが出回っていた」と話して下さいましたが、それらはこういう工場で作られていたのですね。

記事によれば「水中工場」だけでも一日約25貫目のフィルムが洗われ、うち6~7割が再生して、残りの3~4割がセルロイドの玩具になったり、駄菓子屋の一齣売りされたりしたのだそうです。1貫は3.75㎏なので1日93.75㎏もの使い廻されたフィルムを洗っていたのですね。昔私がアルバイトしていた新聞社総局には自動現像機があり、その廃液から銀がとれると聞いたことがありましたが、水中工場でも銀の分離をしていたようです。生前の宮川一夫キャメラマンから連れ合いが聞いた話では、この銀がボーナスになったところもあったそうです。

「水中商店」がいつごろから紙フィルムを作り始めたのかも気になります。1938年に紙フィルムは製造禁止令が出ますので、この雑誌が発行された時点ではもう作られていませんが、レフシーや、家庭トーキーの成功が耳に入って「水中商店」も後発で参入していたのかも。今後の研究成果が楽しみです。なお、当日上映された作品については、柳井イニシアティブのサイトをご覧ください。https://www.waseda.jp/culture/news/2025/05/30/31128/

7月6日の広島での上映を前に、エリック先生は今頃、教え子二人と一緒に東京で新たに発掘された紙フィルムのデジタル化に取り組んでおられることでしょう。今回の来日期間中にも、開発されたデジタル化するための機械「きょうりんりん」を持参されました。その様子はNHKBS国際報道が取材され、その延長で23日にスタッフが当館にも来館され、エリック先生からデジタル化された紙フィルムを幾本か見せていただいている様子を撮影されました。「紙フィルムをデジタル化しているエリック・ファーデン教授」を取り上げた番組の放送予定が決まりましたら、改めてご案内しますね。

取材を終えた後、バックネル大学大学院生二人は、活動記録と共に、連れ合いへのインタビューも。右がフェーデン先生。左端が通訳を担当してくださったエリザべス・アームストロング先生。お二人と出会ったのは2015年開館して間もない頃でした。検索すると6月4日のことですから開館1か月以内。その時のことは、こちらで書いています。

これ以降、アメリカ全土からの日本文化に関心がある大学生さんたちを引率して、お二人には幾度も来館いただきました。そして紙フィルムとの出会いが大きく花開くことに💗

日経新聞の記事によると、フェーデン教授は「上映会は結論ではなく始まり。ようやく私たち研究者や評論家は自分の目で紙フィルムの内容を見て、研究することができる」と話されたそうですが、実際私どもも、90年ほど前の紙なので破損が怖くて展示するのみでした。デジタル化してくださったことにより、ようやく紙フィルムの内容を見ることができ、しかも画像が明るいので色使いも含めて往時のことがよくわかります。朝日新聞の記事で福島さんが、日本の紙フィルムアニメ作品からは「ディズニーのなめらかな動きを研究していることが読み取れる」と分析しているとあったので、そのことを尋ねると、「ディズニーだけでなくフライシャーの影響も受けている」とフェーデン先生。当時のアニメーションの作り手は、概ねそのようなものでしょう。

6月28日に東京からお越しの方は、早稲田大学での講演会や新文芸坐での紙フィルム上映のことをご存じでしたが、ご都合が悪くて参加できなかったそうです。この方とおしゃべりをしていたら「紙フィルムを沢山売った」と仰ってびっくり。「誰に?」は聞いても教えてもらえないのが鉄則なのですが、「その方にぜひ伝えて欲しい。知り合いの紙フィルムコレクターは鼠に齧られた経験をしているし、糊付けされた部分が湿気で貼り付いてしまったものも数本あると言っていた。自然災害が多い日本では、いつ災害に見舞われるかもわからない。スキャナーするときに少しの間だけお借りして、現物とデータはお返しするやり方をしています。今のうちにデジタル化して保存しておくことにぜひ協力してほしい」とお願いしました。コレクター心理というものは、誰も持っていないものを持っているという満足感なのでしょうが、今度の紙フィルムツアーの反響から、オークションサイトで値が跳ね上がることを危惧しています。実際、「ヤフーオークションに出てますよ」と知らせてくださった方がおられます。うちは余裕がないのでオークションで買うことはありませんが、紙フィルムの貴重さを知って、「協力するよ」と申し出てくださる人が現れるのを辛抱強く待っています。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

 

記事検索

最新記事

年別一覧

カテゴリー