2025.12.04column
この秋の印象的な出会いから(4)
11月14日は、アニメーション作家の伊藤徳彦さんが来館。主な作品に「ふるさと再生 日本の昔ばなし」▼ベネッセ「こどもちゃれんじ」シリーズ「しまじろうのわお!」のミニコーナー「しまころ」▼コマ撮りアニメ「フルーツ べじたぶるん」。ということで、「しまじろう」を見せてくださったところを撮らせてもらいました。


師にあたる堀口忠彦さんの遺作展「The last autumn」が祇園のCAFE GALLERY「フク和ウチ」で開催され、それを見に行かれての帰りでした。堀口さんはクロネコヤマトの「クロネコ・シロネコ」初代キャラクターをデザインされた方で、「おかあさんといっしょ」や「みんなのうた」でも数多くのアニメーションを手掛けられていて、私も好きだった「コンピュータおばあちゃん」はそのひとつ。残念なことに、堀口さんはスペインで2月28日まで開催された個展会期中の2月17日に黄泉の国へ旅立たれたのだそうです。合掌。
なお、堀口さんの遺作展を最後に、CAFE GALLERY「フク和ウチ」は現在地での活動を終え、新拠点での再出発に備えるそうです。12月19日から展覧会をしていただく古川タク先生の個展で何度か訪れた素敵な場所だったので残念ですが、新たなギャラリー誕生を楽しみにしています。
11月16日は橋本典久さんに初期映像装置“キノーラ”を再生してもらい、その発表イベントをしましたが、これについては別に書きます。
11月17日は同志社大学社会学部3回生の女子学生さん3人が私どもの活動を取材に来館。

順調に推移すれば、フリーマガジン「ハンケイ500m」に似た体裁の冊子で、彼女たちの取材記事が残ることに。どのようなことが彼女たちの興味をそそったのか、拝見するのが今から楽しみです💗
この日11月17日は他にもとても素敵な出会いがありました。ハワイ島のヒロからお越しのHelen K.Nakamuraさん。

明治の終わりに、おじいさまとおばあさまが山口県から移民し、サトウキビ畑で一生懸命働いたそうです。
真珠湾攻撃から始まった太平洋戦争。その時ハワイには日系人が大勢いたので強制収容所には送られずに済みましたが、その代わりにヨーロッパ戦線に送られたそうです。こうした話を直接聞いたのが初めてでしたので、メールで少しやり取りをしました。2年前の7月16日、日本大学の志村三代子教授に「日本映画に現れたハワイ」と題して講演をしていただいた折、松山善三監督が夫人の高峰秀子さんを主役に撮った『山河あり』(1962年)を教えて貰いました。ブログでも書きましたが、日系一世と後の世の世代の考え方の違いを扱ったこの作品はとても印象に残りました。もう一作品『盆歌』(2018年、中江裕司監督)もハワイとつながる印象深い作品だとYouTubeの映画紹介動画のリンクを添えて紹介しました。福島県双葉町で東日本大震災の後、途切れていた盆歌を復活させようと立ち上がった若者たちでしたが、歴史を辿ると、福島からハワイへ移民した人々によって盆歌がハワイで継承されていたことが分かりました。もっと遡ると、そのルーツは私の故郷、富山県砺波市にありました。江戸時代飢饉に見舞われた際、富山から福島へ大勢の人々が移民したことを東日本大震災時の報道を機に知りました。そのことについてはこちらやこのブログでも書きました。
こうしたことをメールで書きましたら、ヘレンさんは、以下のメールを返信してくださいました。
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Good afternoon
Your email had interesting things that I will look up when I go home.
Bon Odori are held on different weekends at different temples during the summer. I went to many in my kimono when I was younger. We would dance around the yagura. Nowadays there are many modern songs that people dance to. The most favorite one that the intermediate and high school students like to dance to is (I think this is the correct song) is the Fukushima ondo. It has a fast pace to it with taiko drums and bells. I'm not certain but they yell out "betcho, betcho, betcho"
It might be a Hawaii thing. Not sure if that is the same song mentioned in the YouTube video.
BTW I had Sensei At Nihongo gakko, who was a Reverend originally from Toyama. Takahashi Sensei returned to Toyama when he retired.
It was really enjoyable talking to you.
Thank you again,
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いつもならお嬢さんと一緒に旅をするのだそうですが、教師の仕事で休みが取れなかったこともあり、初めて日本へ一人旅。そして素敵な出会いを得ることができました。ようこそ。お会いできて本当に嬉しかったです💗

11月17日映画の勉強をしているという韓国のLEE SANG HYEONさんが、美木麻穂さんの本『まちの個性派映画館』を見て来てくださいました。この本では当館のことも紹介して頂き、そこで用いられた美木さんの優しい色合いで描かれたスケッチ絵葉書も用意しています。美木さんが繋いで下さったご縁、どうもありがとうございます。
同じ11月17日京都大学大学文書館西山 伸教授から連絡がありました。当館正会員でいつも優しく応援して下さっていた故・古川博さんが大切に保存されていた資料をご遺族から寄贈いただいていたのですが、より有効に資料活用をしていただきたいと思い、ご遺族ご了承のもと祖父古川為雄さんに関する貴重な資料を同文書館に寄贈させていただきました。その整理を終えて京都大学大学文書館で公開が開始されたとのことです。「三高・京大在学中および軍隊時代の貴重な記録ですので、研究者を始め、様々な方にご利用いただけるのではないかと期待している」と西山先生。どなたでも閲覧できますが、常時展示されているのではなく、予約が必要だそうです。納まるべきところに所蔵され、ホッとしています。
11月20日は奈良県庁東隣の奈良公園バスターミナルレクチャーホールで開催された『雄呂血』の活弁上映&トークイベントに、ご招待を受けて参加しました。

撮影された奈良の地で、公開された日からちょうど100年後の11月20日に、剣劇王と呼ばれた阪東妻三郎主演『雄呂血』をご覧頂こうという趣向です。阪妻は、それまでの歌舞伎調の芝居から、腰を低くして獣のように俊敏に動き回る芝居へと一変させ、絶大な人気を誇りました。チャンバラ映画の金字塔と称されている『雄呂血』を観ながら、阪妻の記憶を未来へ繋いでもらえたらと願います。

主催はシネマde奈良と百年の会で、この催しに合わせて上掲の「雄呂血新聞」がつくられ、当日参加の皆さんに配布されていました。

私どもが阪妻プロ結成100年を記念して今年作った上掲小冊も会場で販売させて頂きました。お買い上げいただいた皆さま、誠にありがとうございました。その中のお一人、奈良にお住いの喜多さん宅敷地内にあった倉庫をスタジオにして『雄呂血』の室内が撮影されたとお聞きしてびっくりしました。上映会場のすぐ近くらしいです。今回の催しは阪妻の四男俳優田村亮さんのご子息で俳優の幸士さんが呼び掛けて実現しました。特別に亮さんもゲスト出演され、ミーハーの私はご挨拶方々訪ねた控室で亮さんにサインを頂戴しました。この冊子作成にあたっては、奥様にもお世話になりました。改めて御礼を申し上げます。

幸士さんのご提案で、この小冊子でも紹介している当館所蔵の阪妻が出演しているおもちゃ映画をいくつか披露させて頂きました。これらは阪妻ファンだった故・古林義雄さんから提供いただいたもので、この機会に大勢の方にご覧いただけたことも嬉しく思います。
『雄呂血』上映前に活動写真弁士坂本頼光さんのお話。お客様の中には活弁付きで無声映画をご覧になるのが初めてという方もおられたでしょう。欧米では今も昔も無声映画は音楽付きで上映していますが、話芸が発達していた日本では、当初から活弁と演奏付きで上映していました。活弁は日本独特の文化です。その面白さを知っていただける場にもなりました。
向かって左から司会進行のお二人に続き田村幸士さん、連れ合い、見事な熱演で『雄呂血』を説明してくださった坂本頼光さん、田村亮さん、上映前後にお話しされた相愛学園長釈 徹宗さん、そして4Kデジタル版に修復された時代劇専門チャンネル(日本映画放送㈱)荒瀬佳孝さん。好天にも恵まれ満員のお客様に『雄呂血』をお楽しみいただけて何よりでした。早い目に奈良入りされた幸士さんは、100年前に撮影された場所を歩きながら、今も同じ景色が残っていることに驚き、もっと時代劇を奈良で作って欲しいと話しておられました。

奈良公園バスターミナル屋上は開放されていて、遠くに若草山が、左手には東大寺大仏殿が見えています。1月10日と11日に “尾花deキネマの正月上映会in東大寺”で、清水宏監督がつくられた『大仏さまと子供たち』(1952年)が上映されます。戦争孤児を引き取って共同生活を送っていた清水監督が、その孤児を役者にして自主製作した「蜂の巣映画」三部作の三作目です。問い合わせはこちらへどうぞ。


