2026.04.07column
3月の出会いから(1)
新年度が始まって早や1週間。今頃?と思われるかもしれませんが、3月にお会いした幾組かの印象に残った方々との出会いを綴ります。
最初に1日にお越しいただいた東京大学史料編纂所の谷 昭佳先生。お帰りになる前のおしゃべりで、どのようなお仕事をされているのかが分かったのですが、関西でのお仕事があり、以前から気になっていた場所ということで足を伸ばして下さいました。情報がないままいつものように1階の展示物から説明を始めたのですが、下掲の初期の光学玩具“ポリオラマ・パノプティーク”に他の人以上に関心を示して下さったのが印象深く。

お見送りするときの会話に“写真”という言葉が出たので、「そうか、写真に関心がおありだったのか」と思って、「写真に興味がおありなら」とお見せしたのが“オートクローム”でした。

これはその中の1枚を幻灯機のスライドにセットして、裏からスマホのライトをあててみた時の1枚。この時のことは、こちらで書いています。 “オートクローム”は“シネマトグラフ”発明で知られるフランスのリュミエール兄弟が1903年に特許を取得しました。1907年に写真乾板の形式で一般販売され、日本にはその翌年1908年に渡来しました。それまでのモノクロ写真ではなく、上掲写真でお分かりの通りカラーの写真です。 “オートクローム”はコダックがコダクロームを販売する1930年代まで、主要なカラー写真の手法のひとつでした。
さて、この私の谷先生への声掛けは、ずばり的中。驚いたことに、谷先生は今まさに“オートクローム”研究に没頭されているところだったのです。どこかからオートクロームが見つかったのだそうです。これ幸いとばかり「じゃ、私どもが寄贈を受けた“オートクローム”も研究対象に加えて下さって、できたら展覧会をしたいと思っていますので、それに協力してくださいませんか」とお願いしましたところ、その場で快諾を得ました。先日先生から頂いたメールによれば今年前半に史料編纂所のお仲間も一緒に調査に来てくださるそうです。
先生にご覧に入れたのは、昨年9月に京都市内の人から寄贈いただいた大中小の3サイズあるたくさんの“オートクローム”です。専用の木箱にしっかり遮光して保存されていたので色彩も鮮やかに残っています。谷先生のお話を聞きながら、ひょっとしたらと思って、先生をお見送りしたあとで寄贈者様に「おじいさまの仙之助さんが綴られた日記などが残っていないか調べてもらえませんか」と依頼したところ、幸いにも蔵から出てきました。
そこには、東本願寺の枳殻邸でオートクロームの展覧会が開かれて優賞を得たこと、(第一次世界大戦のため)フランスから写真乾板が入手できないでいたことも書いてありました。三原色に染色する材料にジャガイモのデンプンを用いていたので、戦時中の貴重な食糧ゆえ写真材料に得ることができず、リュミエール兄弟は原版を作ることができなかったのです。谷先生から教えてもらった通りのことが書いてあったので、びっくり‼この仙之助さんは生まれつき右手が不自由だったのですが、大変な達筆で絵も見事です。この美的センスを活かしてパテ・ベビーフィルム(9.5㎜)にも挑戦し、多くのホームムービーを残されました。
このオートクロームもパテ・ベビーの映像も寄贈を受けたときから広くご紹介したいと思っていて、とりわけオートクロームについては、どなたに講演をお願いしたらいいかと思案していました。そんなところに谷先生との出会いがあって、何という偶然の良き巡り合いかと感謝感激でした。先生と相談しながら、お披露目の企画を練り上げます。その時をどうぞお楽しみに。
3月7日は海外からのお客様が続きました。最初にイギリスのマジックランタン協会(MSL)会員のDerek AdamsさんとDolly Whilemsさんご夫妻とご友人ご夫妻が来館。2015年10月に元会長のジョージ・オークランドさんとメアリアン夫人が来館されたことがありましたが、お二人も熱心な会員であり、オークランドご夫妻と旧知の間柄。デレクさんもとても熱心に一つ一つをご覧いただき、立派なカメラで熱心に撮影しておられました。いずれMSL協会の会報誌で紹介して頂けるかもしれないと、勝手に期待しております。


御覧になっているのは“錦影絵”の展示。下段に“風呂”と呼ばれる木製のプロジェクター、上段に“風呂”に装填しストーリーを展開していくためのスライドを展示しています。和紙で作ったスクリーンに投影される影絵に語りと音曲が添えられてお話を展開していきます。これらの展示品を手作りしてくださった“錦影絵池田組”を主宰する池田光惠さんは「江戸時代に考案された日本独自のメディア“錦影絵”は元祖日本のアニメーション」と言っておられます。以前池田さんたちはイギリスでこの“錦影絵”の上演をされたことがあり、オークランド夫妻もデレクさんご夫妻もその時ご覧になったそうです。

丁度池田さんが寄稿した“錦影絵”上演のレポートがMSLの会報誌に掲載されたのがあったので、それをお見せしました。写真は、中央のご友人夫妻にデレクさんが説明されている様子。

私が紙フィルムの説明をしているところでしょう。実物は右陳列台の奥に展示しています。昨年10月イタリアのポルデノーネ無声映画祭、11月のオーストラリア日本映画祭、1月のニューヨーク近代美術館に続き、5月8日17時からサンフランシスコ無声映画祭でも「日本の紙フィルム」が生演奏付きで上映されるそうです。きっとこれから先、世界各地で上映されることと思いますが、現物を見る機会は少ないので良い経験をしてもらえたと思います。

デレクさんは黒澤明監督の作品が好きだということで、その撮影もされた宮川一夫キャメラマンのタペストリーの前で記念写真。
いつものように出身地にマーキングしてもらいました。

この後、2月28日アメリカとイスラエルが始めたイラン軍事攻撃について皆で憂いました。これを書いている4月7日現在もまだ戦争終結には至っておりません。我が国総理大臣は平和憲法を変えたいと前のめりですが、先の日米首脳会談では、この憲法が今回の戦争の加害者になる危険性を防いでくれました。

左からEdwina Childさん、Patrick Walterさん、Dolly Whilemsさん、Derek Adamsさん。ようこそおいで下さいました。この後大阪へ向かわれる前に、一条戻橋の満開になった河津桜をご案内することができたので、それも良かったです。Derekさんご夫妻のサイトはこちらです。http://www.galanteeso.co.uk/ AIがマジックランタンに関する世界最大級のデータベースを教えてくれました。関心がある方は、どうぞクリックして見てください。https://lucerna.exeter.ac.uk/ デレクさんたちのコレクションや調査したデータも載っているかと思います。
4人を堀川通りでお見送りをした後、今度はタイのバンコクから。映画監督Alisa Pierさんとご主人のカメラマンPite Taifaさんのお二人は新婚旅行で日本旅行にそれぞれの妹さんと一緒に4人で来館いただきました。奥様の妹さん(右端)は日本語ができるので通訳もしてもらいました。

ふと思いついて、「私どもの短い紹介映像を作ってもらえませんか?HPで紹介したいです」と持ち掛けたら、早速監督とカメラマンになって撮影してくださいました。二人の瑞々しい感性で、町家の光や映写機の音がどう切り取られるのか楽しみ。ひょっとしたら忙しくて忘れておられるかもしれませんが、本当に届いたら嬉しい。タイと聞いて、毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭のことをお伝えし、そのパンフレットをお見せしたら、上映されたタイの作品にお二人の知り合いの名前が複数あったそうです。「映画の世界は狭いから」と仰っていましたが、「いつかこの映画祭でアリサさんとピートさんの映画が上映されることを期待しています」と伝えると、二人も「再会できるよう頑張ります」としっかり頷いておられました。

4人のこぼれる笑顔が良いですね。インスタで二人の結婚式の写真を見ました。とても美しかったです。どうぞ、末永くお幸せに💕そして今後益々のご活躍を期待しています。
この日海外からもうお一人、カナダのジャック・パーカーさんが来てくださいましたが、その振り返りは次回ご紹介します。


