2026.10.23column
稲畑産業㈱広報誌「いなほ」に「創業の地・記念碑建立」の記事掲載!

日頃からお世話になっている稲畑産業㈱広報ご担当者様から、刷り上がったばかりの広報誌『いなほ』№255号が届きました。その28~29ページに、創業者稲畑勝太郎と幼馴染だった日本画家神坂雪佳との交流、そしてシネマトグラフを日本にもたらした稲畑の功績について載っています。その中で、当館のことにも触れて貰いました。ありがとうございます‼
『いなほ』の表紙には、チェンナイ、バンガロール、アーメダバード、グルグラム(グルガオン)、ブネと、それぞれの拠点メンバーが紹介されていて、「世界企業なのだなぁ」と今更ながら思いました。ネットで検索すると約70の拠点が世界各地にあるそうです。創業者稲畑勝太郎が最初に構えた染料店は、調べてみると、おもちゃ映画ミュージアムのすぐ近くでした。「何というご縁か!」と驚いて、広報さんにそのことをお伝えしてから、幾度もの話し合いの場を持ち、かつて染料店があった場所に、土地所有者の㈱藤井作さまの協力を得て、澄み切った五月晴れの日に記念碑が建ちました。
シネマトグラフを発明したリュミエール兄弟の兄と稲畑勝太郎がリヨン留学時代の同級生であった縁から、再び商用で渡仏した折にシネマトグラフを見せられ、稲畑は先進文化を日本の人達にも見せようと思ったのでしょう。兄弟と交渉し、リュミエール社の東洋代理人になって、カメラマン兼映写技師コンスタン・ジレルを伴って、1897年1月に帰国します。京都滞在中のジレルは稲畑染料店で住まいしていたと思われ、彼が撮った映画『家族の食事』は、ここ京都府京都市上京区智恵光院通中筋西入ル横大宮町187番で撮影されました。
女性たちが簪を挿し、きちんとした着物姿で膳に向かい、長男ではなくまだ小さい長女を膳に向わせていることから、1月15日の小正月ではないかと思います。「女正月」とも呼び、1月1日の元旦を「男正月」と呼ぶのに対置します。正月の支度で疲れた女性たちを労い、御馳走を食べ、茶をたてたりして楽しむお祭りです。でもせっかくの写真なのに奥方が写っていないのが気になりますし、稲畑勝太郎が紋付き姿で黒一点参加しているのも気になります。いつ撮影された写真か特定できたら面白いのですが…。
というわけで、京都に来られる機会があれば、ぜひ足を延ばしてこの碑文をご覧ください。場所は西陣地域の真ん中。稲畑勝太郎はこの地で、フランスのサンドニ―社をはじめとする欧州の染料会社と取引を始め、日本代理店として直輸入し、染色業の発展に貢献します。さらに欧州の先進情報を業界紙で発表するなどして染織業界全体の発展に寄与しました。
映画だけでなく、日本の染織業に大きく貢献した稲畑勝太郎について広く知ってもらえたら嬉しいです。そして、来る2027年は日本に映画が渡来して130年の節目。当館で、何ができるかしら?


