2026.08.29column
8月1日「納涼映画会--『海軍爆撃隊』を野外上映する」の振り返り
8月1日暑い中ではありましたが、雨の心配はなく予定通り実施されるだろうと、ミュージアムを終えてから一路、「納涼映画会--海軍爆撃隊を野外上映する」会場のAIR大原(京都市左京区大原)へ向かいました。あれから1か月近く経ちましたが、主催者の方から当日の振り返りが届きましたので、このブログで紹介させていただきます。
最初に私の夏休み日記から。
目的地の大原には、有名な「京都 大原 三千院 恋に疲れた女が一人♪」で知られる三千院があります。「三千院へ行ったのは、半世紀ぐらい前のことだなぁ」と思いましたが、「ひょっとしたら」と思って、自分のブログ「歴史探訪京都から」を検索したら、2013年3月に牧野省三と尾上松之助ゆかりの出世稲荷神社を訪ねていました。かつては千本二条のところに「出世稲荷前」のバス停があったのに、2012年6月に左京区大原来迎院町に移転。探訪した時のことはこちらで書いています。地名にもなっている来迎院にも国宝や文化財が多くある歴史あるお寺のようなので、機会を見つけて訪ねてみたいです。
さて、どうにか会場近くのファミリーマートが見えて来てホッと一息。ここのバス停名は「野村別れ」で、これまた興味深い。近くに広がる野村町は、高瀬川の橋を渡った対岸にあり、野村への道の分岐点(わかれ道)を意味するそうです。ネットで検索すると、このような分岐点を「わかれ」と表示するのは京都の特色らしく、他に「柊野(ひらぎの)別れ」や「五条別れ」があるようです。
野外上映会前に腹ごしらえをしておこうと弁当を買って、表の椅子に腰を掛けたところで、何気にスニーカーを見たら、右足の底がはがれているのが目に入り、びっくり。しかも派手に💦この山道ではがれてしまっては一大事とばかりに焦っていたら、見知らぬ男性が「くっつくか否かわかりませんが、良ければどうぞ」と小さなボンドのチューブを下さって、まさに地獄に仏の気分でした。私の嘆きを御覧になっていたようで、ご親切に感謝、感謝です。
ファミリーマートから徒歩数分のところに目指すAIR大原がありました。

ブルーシートが敷いてある一角が上映会場。奥のテントでは飲み物などが販売され、車の誘導も含めボランティアの人々が手伝っておられたようです。そのいでたちに正直驚いたのですが、日本の戦争映画だからマニアのコスプレ?と思っていたのですが、どうやら近くにSURVIVAL GAME FIELDがあるようです。そこのサイトにこの夜の催し案内が載っていました。8月1日 納涼映画会ーー円谷英二初特撮監督「海軍爆撃隊」を野外上映する(要予約) | CAMP OHARA 現防衛大臣が喜びそうな施設ですね。
私が眺めている場所は、AIR大原の2階。1、2階の各部屋に今回のアーティスト中井 輪さんの作品が展示してありました。展示を見ている間に大月先生と偶然出会い、その折に昨年9月20日に人文書院から発行された著書『戦争映画の誕生—帝国日本の映像文化史』を頂戴しました。

大月先生との出会いは、立命館大学国際平和ミュージアムの第二期リニューアルに際し、「帝国主義・15年戦争」のコーナーで当館所蔵映像を活かして下さったことから。戦争映画について書いておられるにも関わらず、この夜上映した『海軍爆撃隊』の映像はご覧になっておられなかったようで、この作品上映は大月さんの希望だったようです。第五章「戦争映画の技術-円谷英二の戦時モダニズム」でこの映画について書いておられます。上映会場では、大月さんが用意されたパワーポイント「作品解説『海軍爆撃隊』」を両面プリントしたもの、円谷英二研究者鈴木聡司さん特別寄稿文の2枚が配布されました。下掲写真の向かって右が大月先生、左が上映会を企画した長谷川 新さん。

大月先生の作品解説を聞いているうちに、辺りはだんだん暗くなって、上映するには丁度の暗闇に。スクリーンに映像が投影されると、皆さん静かに集中してご覧になっていました。暑い暑いと言っていても、夜になれば虫たちの合唱も聞こえて来て、涼やかな風も吹いて良い感じです。映画は中国への航空部隊による爆撃が成功して戻ってきて、新たに出発する爆撃隊にみんなが手を振って見送る場面で終わります。滅多に見ることができない作品上映ではありましたが、なにぶんプロパガンダ映画ですし、78分のうちの残存していたのが53分と相当削られている映画でしたので、期待に比べて、物足りなさが勝ったのでしょうか、映像が終わると暗闇の中を、皆さん静かに帰っていかれました。漆黒の夜空に星々が煌めいていました。
主催者様サイトから借用した上映の様子
NHKが2025年に調査した世論調査で「先の戦争は、アジア近隣諸国に対する日本の侵略戦争だった」という意見について尋ねたところ、半数近くが「わからない」と答えたそうです。ミュージアムに来館いただくアジア諸国の人々に機会があれば尋ねると、学校でかつて日本が何をしたかを学ぶと言います。日本は近現代史を端折って教えないから、「反省なんかしない」という首相が現れたりするのでしょう。プロパガンダ映画が用いられたのも事実ですが、近隣諸国と仲良くやっていくためには、「何があったか」正しい歴史を伝えていくことも大切だと思います。

以下、作家の中井 輪さんから届いた文章です(上掲は、中井さんが今回の上映会用に描かれたイメージ画)。
先日は貴重な映像資料『海軍爆撃隊』をお貸しいただき、誠にありがとうございました。 おかげさまで「納涼映画会」は盛況のうちに終了し、早くも1ヶ月が経とうとしています。本来であればすぐにでもお礼とご報告を差し上げるべきところ、ご連絡が大幅に遅れてしまいましたことを深くお詫び申し上げます。
上映会後、映画会での体験やお借りした作品の意味を自分の中でゆっくりと反芻していました。遅ればせながら、今回の選定の背景や、映画会の振り返りをお送りさせていただきます。
戦争映画は、大月功雄さんの『戦争映画の誕生』を読んで、戦争映画が客観性と作為の間で試行錯誤を続けたジャンルなのだと知って興味を持ちました。自分の作品もまた、写真という記録媒体とモンタージュや描画の対立で成り立つものなので、何か近いものがあるのではないか、個展で両者を並べた時にどのような見え方になるのだろうかと興味を持ちました。『海軍爆撃隊』は、大月さんにご相談した際に教えていただいた作品です。上映機会の少ない貴重な作品であることから、人の目に触れることで何か変化が起きるのではないかという期待があり、太田さんにご協力をお願いいたしました。
映画会当日は100人ほどが来場し、老若男女、それぞれ異なる思想や考えを持った人が集まっているようでした。映画に対する興味の度合いも様々で、上映前のレクチャーに熱心に耳を傾ける人や、後ろの方に座って世間話をしている人もいました。しかし、上映中に観客の姿に目をやると、全員が同じ方向を向き、スクリーンの光に照らされて、均しく粒のように輝いていたのが印象に残っています。
『海軍爆撃隊』は、機械美にフォーカスされている映画だと思いました。機内や兵器のディテールが詳細で、劇伴よりも爆撃機の轟音やモールス信号の音が印象的に使用されていました。乗組員たちの動きは淡々としていて、機体が損傷して墜落しそうになった時は、機体を少しでも軽くするために、手紙を名残惜しそうに黙って捨てていました。全体のために個人の情を犠牲にする。歯車のようになって働く。負傷し、行動不能になった兵士のクローズアップは、自分を責めるような切ない顔をしていました。
映画が終わって静かになると、場内は屋外なので明るくならず、しばらく虫の声だけが聞こえていました。静けさに割って入るようにして遠慮がちな終了のアナウンスがあり、その場にいた全員が開始から沈黙し続けていたことに気づきました。その沈黙の種類は、同調圧力によるものではなく、他人を気遣っているわけでもなく、何かに耐えて押し黙っているようなものでもない、独特のものだったように思います。
6月末から8月初頭まで開催していた個展は、映画に夢中になっている人々の顔を描いて並べました。そこで描きたかったのは、リドリー・スコットのCMに登場するような、洗脳され全体主義に動員されている顔ではありません。沈黙を強いられているでもなく、自己犠牲や集団のために沈黙しているわけでもなく、自ら沈黙し、上映後に楽しげに自分の感想や見方を話し始めるような顔を描きたかったのだと思います。それがどのような顔か、まだ掴みきれていないところがありますが、作品が表現していることを頼りに考え続けていこうと思っています。
このように『海軍爆撃隊』を上映する機会をいただき、また太田様へのご報告を通して振り返りの時間をいただいたことで、自分の中にある制作への意識が、少しずつ明瞭に浮かび上がってきたように感じています。
大勢の人が集い屋外で映画を見るという、単なる上映会にとどまらない非常に濃厚で意義深い時間をつくることができたのは、太田様が貴重な資料をご提供くださったからこそです。改めて、心より深く感謝申し上げます。
末筆ではございますが、太田様の今後のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げます。おもちゃ映画ミュージアムに伺い、映画や作品について直接お話しできる機会を楽しみにしております。
そして、会場のAIR大原を運営されている松下みどり様からの文章です。
8月の納涼野外上映会は、当初想定していた来場者数をはるかに上回る人数が集まり、AIR大原で過去最大のイベントになった。
京都新聞の記事の影響も大きかったが、円谷英二の知名度と映画の希少性、なによりこの映画の上映を待ち望んでいた人が全国にいたということだろう。
アツいメールが寄せられたのを見て胸が熱くなったのを覚えている。
普段から私は映画をあまり見ない(そんなやつは上映会の運営メンバーで私だけである)ので、内々の上映会で初めて「海軍爆撃隊」を見た時は、フィルムが劣化したヒビの跡を見て、映画本編とは全く無関係な場所と時間によるレイヤーが生まれていることに対して面白く思ったりした。しかし上映会の大きな画面で見た飛行機の迫力に驚いた。臨場感に、環境も相まって吸い込まれてしまった。
AIR大原という場所で何が起こせるのかを、この2年ほど試行錯誤してきた。私は普段交わることのないであろう人々を、アートをきっかけに混ぜたいと思いながら活動している。
海軍爆撃隊の上映の前に戦争映画研究の大月氏による映画背景の解説を、レジュメを配布して行ったが、映画の捉え方も、この上映会自体の捉え方も人それぞれだと思う。
同時に、夜、自然豊かな環境での映画の野外上映、という近年では珍しい経験を、偶然居合わせた100人が共有できる場ができた。秋を予感するような風も虫の声も、少し視線を上げた先の山の稜線や星空も、戦中の野外上映を偲ばせるようだった。
きっと各々が稀有な思い出を持ち帰ってくれたに違いないと信じている。
そして改めて戦争反対と主張したい。
……………
この上映会の始まりは松下さんからですが、中井さん、長谷川さん、大月さん、そしてお仲間たちの連携で、自然豊かな環境の中で、東京や金沢など遠方からお越しの皆様も含め100名を超す人々と一緒に「野外上映会」を体験できました。この夏の忘れがたい思い出を作ってくださった皆様方に心から御礼を申し上げます。



