おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2020.10.23column

黒沢清監督『スパイの妻』に登場するパテ・ベビーカメラと映写機

ようやく『スパイの妻』を観てきました。

一足先に観てきた連れ合いが買ってきたパンフレットの、最初の頁をめくったところに載っていたのが、これ。うちでお貸しした9.5ミリの映写機。公開日初日に観てきた知り合いが、この映写機について「ヴェネツィア国際映画祭小道具賞を差し上げたいです!」と書いておられましたが、果たして、どのように映っているのだろうと息を凝らしてスクリーンを凝視しました。彼女が言うように、映画の中で映写機は実に良い位置を占めていました。「褒めてあげたい!!!」と、そんな気持ちになりました。もう一つお貸しした9.5ミリのカメラはどうか?とこれも注目して見ましたが、主人公の夫、貿易商福原優作(高橋一生さん)がカメラを覗きながら、妻聡子(蒼井優さん)と甥の文雄(坂東龍汰さん)相手にスパイ映画を撮影するシーンで登場しました。映写機とカメラのおかげで、エンドロールの協力のところに「おもちゃ映画ミュージアム」がありました‼

これが撮影にお貸ししたパテ・ベビーカメラ。手のひらに乗る小さなカメラだからこそ、優作と文雄は、国家秘密を記録することができたのです。何が映っていたのかが、この作品のキモ。

このケースに入ったカメラとフィルムのマガジンを寄贈してくださったのは、神奈川県にお住まいの塩澤一さんでした。9.5ミリのアニメーションフィルムなども貰いました。

21日その塩澤さんの奥様から電話がかかり、9月24日に一さんが病気でお亡くなりになったことを知りました。88歳米寿のお祝いの2週間前のことでした。7月24日に刷り上がった小冊子『明日へのことば ラジオ深夜便放送とその反響』とつい先頃出来上がったばかりの今年の特典DVD『映像で見る新国劇の世界』をお送りしたことを受けて、「驚かしちゃいけないと思いましたが・・・」と教えて下さったのです。またお会いできる機会があろうと思っていたので、「えぇっ‼」と絶句。

塩澤さんが、小冊子のために書いて下さった原稿を紹介します。7月2日に校正をお願いした時点での文章です。

この時は電話でもお話をして、お元気な声で安心していたのですが。2008年に心臓の手術をされ、腎臓も悪かったようで、お医者様とは随分長いお付き合いをされていたことを、今頃になって知りました。最後は4週間大きな病院に入院され、 医療関係者の方々にとても親切にして貰いながら、安らかに旅立たれたそうです。

奥様は「心臓も腎臓も使い果たした。頭と気持ちはしっかりしていて、好きなことをして最後まで生ききった。子ども達は『お父さん幸せだったはず』と言ってくれた。おもちゃ映画ミュージアムを介して、飯田定信さんや森末典子さん(二人とも小型映画研究者)と出会ったことも含めて、晩年の幸せのひとつだった」と仰って下さって、胸の中がじんわり温かい気持ちでいっぱいになりました。

「病気でクヨクヨして暮らす人ではなく、ワクワクして暮らす人だった」とも。確かに2016年7月2日、9月24日にお越し頂いたときも、とても楽しそうに9.5ミリについてお話しして下さいました。今年頂いた電話でも、「パテ・ベビーの映写機を使えるようにしたからね」と修理作業を施して動くようにしたことを弾んだ声で教えて下さいました。機械ものがお好きで、そういった一つ一つの手仕事を楽しんでおられる様子が電話の向こうから伝わってきました。

初めて知りましたが、塩澤さんも「満州」からの引き揚げ者でした。10代だった塩澤さんは大変な苦労をされたそうで、お母様が作られた布鞄と手帳を肌身離さず持っておられたとお聞きしました。中国大陸を離れたのが9月24日(不思議な巡り合わせで、この塩澤さんについての文章に9月24日が3回も出てきました)。この布鞄と手帳は棺の中に収められたとのことです。手帳に満州での様子や、引揚げ時の過酷な様子が記されていたかも知れず気になるところですが、肌身離さず大切にされていたこともあり、奥様は「一緒に」と判断されたのでしょう。

ご結婚されてもうすぐ60年だそうです。「まだ片付けられずに、思い出に浸っている」と奥様。お送りした小冊子『明日へのことば ラジオ深夜便放送とその反響』を遺影の前にお供えして下さったそうです。冊子では、塩澤さんと奥様のことにも触れていますので、「晩年の幸せな思い出のひとつ」を記録しておいて良かったと思います。改めて、ご冥福を心よりお祈りいたします。

さて、黒沢監督のこの映画、今から考えれば無理なことですが、塩澤さんが存命の時に見て貰いたかったです。寄贈して下さったパテ・ベビーが出てきて、きっと喜ばれたでしょうし、戦争の愚かさを身を以て経験されていますから。私は私で、神戸の素敵な洋館グッゲンハイム邸での撮影現場を見せて貰った時のことを思い出し、「戸を閉め切った部屋で蒼井優さんが上映していたのは、この映像だったんだ」、「あの場所でこの演技をされていたのか」とパズルを解くような感覚で見入りました。

グッゲンハイム邸も良かったですが、もう一つ今日の東京新聞の記事によれば、憲兵分隊長役の東出昌大さんが、蒼井さんや高橋さんを取り調べするシーンが撮影されたのは、群馬県前橋市大手町にある「県庁昭和庁舎」なのだそうです。1928(昭和3)年に完成した鉄筋コンクリート三階建てのタイル張り洋風建築で、国の登録有形文化財。設計は佐藤功一さんで、この方は他に早稲田大学大隈記念講堂、日比谷公会堂、前橋市の群馬会館を設計しておられます。

他にも日本最古の木造湯宿建築と伝えられている旅館「積善館」(本館は1694〈元禄7〉年開業、群馬県重要文化財指定)もロケで使われているそうです。見事な撮影場所探しの成果です。Go To Travelが話題ですが、映画を見て、ロケ地訪問も良いですね。

世間では劇場版『鬼滅の刃 無限列車編』が大ヒットしていると喧しいですが、『スパイの妻』は極上のミステリー・エンターテイメント。ぜひ、劇場でご覧下さい。

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