2024.09.23column
10月14日まで兵庫県立芸術文化センターで「薄井憲二生誕100周年記念 薄井憲二の仕事~バレエの世界に架橋する~」開催
つい先日、大阪公立大学ロシア語特任講師の斎藤慶子先生より、展覧会の二つ折りリーフレットが届きました。他にA4判用紙3枚に、びっしりと書かれた企画展「薄井憲二生誕100周年記念:薄井憲二の仕事~バレエの世界に架橋する~」の出展リストが同封されていました。ありがたいことに3枚目映像のコーナーに、当館の名前が書き込まれていました。
この映像には、薄井憲二さん(1924-2017)が出演されている『白鳥の湖』(抜粋、無声映画)が約5分記録されていました。1950~60年代のものと考えられています。この他、バレエ史をレクチャーされている映像約8分もあって、こちらは当館の仕事ではありませんが、あわせて約13分の映像が、展覧会会場で、随時ご覧頂けるようになっているようです。
ゲスト・キュレーターを務められた斎藤先生のお便りでは、「この映像は展示の目玉のひとつとなっていて、歴史的価値が大変高い」とのことで、少しでもお役に立てたのでしたら嬉しいことです。もとは「レギュラー8」のフィルム。16㎜フィルムで撮影して、半分に裁断したものです。当初は映写機で見たいというご希望でしたが、フィルムセメントが剥がれるのを防ぐため、フィルムスキャナーでデジタル化しました。
全くバレエについて知らないので、薄井憲二さんについては正直初めて知りました。けれどもリーフレット冒頭に書いてあった文言に惹きつけられました。
「幼少期にイゴール・ストラヴィンスキー(1882-1971)の『火の鳥』のレコードを聞いたことから、薄井はバレエ・リュスに関心をもちました。バレエ・リュス作品の上演があると知って、東勇作バレエ団の公演(1942)を観劇します。公演プログラムに告知のあった蘆原英了(1907-1981)主宰のバレエ研究会「バレエ友の会」に参加し、作品紹介や歴史の講義を受けます。自分でもやってみなくては踊りはわからないということで、やがて東勇作(1910-1971)のバレエ団に入団しました。バレエ・リュス作品の翻案や、日本舞踊家とのコラボレーションといった東バレエ団の活動が、のちの薄井の志向を定めました。」
あれ、「手塚治虫さんとよく似ている」と思いました。薄井さんも、手塚さん(1928-1989)も、ストラヴィンスキーの『火の鳥』から始まっていたのですね。手塚さんはストラヴィンスキーのバレエ『火の鳥』を見て、その中の火の鳥の精を演じるバレリーナの魅力に心を奪われたのが、ライフワークとしたマンガ『火の鳥』を描くきっかけになったと話しておられます。
ロシアの芸術プロデューサー、ディアギレフが率いるロシア・バレエ団がストラヴィンスキーによる「火の鳥」をパリ・オペラ座(ピエルネ指揮、フォーキン演出)で初演したのが1910年6月25日のことで、公演は大成功。観客は初めて耳にした28歳のロシア人作曲家ストラヴィンスキーに喝采を贈ったそうです。初期のバレエ曲『ペトルーシュカ』、『春の祭典』と合わせ、三大バレエ曲として知られています。
『火の鳥』からバレエに関心をもった薄井さんは、日本バレエ協会前会長、ダンサー、振付家、指導者、評論家、研究者として、日本バレエ界を牽引し続けるだけでなく、世界有数の規模を誇るコレクションを残しました。今回はその中から、生誕100周年を記念しての展覧会ですから力が入っています。
バレエを通して国際交流、“架橋”に尽力された一生でしたが、4年間のシベリア抑留を経験されていたことを2017年12月24日付け産経新聞ネット記事で知りました。以前、当館でもシベリア抑留をテーマに展示とイベントをしましたので、その抑留生活はさぞかし過酷なものだったろうと思います。東京大学の学生さんの時に召集されていますから頭脳明晰だったことでしょう、2年目あたりからロシア語がかなりできるようになりました。Wikiによれば3年目に入った時「村の人々向けの映画会が開催された。その映画のタイトルは『バレエのソリストたち』というものだった。薄井は日本にいたときバレエを習っていたので、映画を見せてもらえないかと政治部の将校に頼み込んでみると、将校はすぐに許可を出してくれた。映画の中身はガリーナ・ウラノワ主演の『白鳥の湖』第2幕や『眠れる森の美女』のパ・ド・ドゥなどの抜粋で、映像とはいえ舞台装置などの揃った本格的なバレエを初めて観た薄井は、その華やかさに圧倒されたという」。
辛い抑留生活の中でも、バレエの先端文化を目にしたことが、生きる支え、希望になったのではないでしょうか。帰国後東京大学に復学し、東勇作バレエ団に再入団。卒業後はダンサーとして活動すると同時に、東宝芸能学校や京都バレエ専門学校などで教育活動、東京に設立されたロシア(元ソビエト)・バレエ・インスティテュートの所長(1988-1998)を務めて後進を指導し、国際的バレエコンクールの審査員、第4代バレエ協会会長をされたほか、舞踊史の研究や評論、執筆活動や舞踊に関する洋書の翻訳など幅広い分野で活躍されました。
バレエについてよくご存じの人にとっては周知のことなのでしょうが、これまで縁がなかった私には、映像で協力したことが契機になって、こうした生き方をされた人物を知る良い機会となりました。会期は10月14日まで。入場無料です。会場は兵庫県立芸術文化センター(兵庫県西宮市高松町2-22)、電話0798-68-0223。どうぞ、お出かけください‼