2025.10.23column
山本芳美先生から届いたカルカッソンヌ美術館L’art du tatouage au Japon(和彫りの美)展見学記
カルカッソンヌ美術館L’art du tatouage au Japon(和彫りの美)展見学記
山本芳美
2025年6月20日から9月28日にかけて、フランス南部のカルカッソンヌ美術館にて、L’art du tatouage au Japon展が開催されました。今回は9月はじめに行った見学レポートを寄稿します。

カルカッソンヌまで
カルカッソンヌには、パリから6時間ほどTGVに乗る方法と、フランス第四の都市というトゥールーズ・ブラニャック空港(TLS)にまず行き、トゥールーズ駅までバスなどで移動し、鉄道でカルカッソンヌまで行く方法があります。今回は後者のルートを選択しました。羽田から香港経由でロンドンまではキャセイパシフィック航空、ロンドン・ヒースロー空港からブリティッシュエアウェイズを利用しました。ロンドンからは、2時間かからずにトゥールーズ・ブラニャック空港に到着します。
30年ほど前の英国では、国内線でも1時間ほど乗ると機内食が提供されました。ヒースロー空港から出る朝7時過ぎの乗り継ぎ便は国際便なので、てっきり軽い朝食ぐらいでるだろうと思っていたら、機内食として出たのはビスケット1枚と水1本でした。それだけコロナ禍以降は、各航空会社は厳しい状況なのでしょう。
ロックダウンのあと6年ぶりのヨーロッパ行きとなり、トゥールーズからカルカッソンヌまでは個人対応の見学ツアーなどもあります。トランクを引きずった50代後半の人間がひとりで行けるかが心配でしたが、睡眠不足を抱えながらもスムーズにカルッソンヌまで到着できました。カルカッソンヌには、世界遺産に登録されている中世の城塞都市があり、お城は2ユーロ札にも描かれています。ボードゲームの世界では、城塞をモデルにした「カルカッソンヌ」ゲームが大人気だとか。
美術館に着く前に経由した香港空港でちょっとした事件が発生したので、先にその話を書いておきます。
カップラーメン1個が5300円!
香港空港の24番搭乗口そばの24時間営業無人コンビニに入って、話のタネに台湾製カップラーメンを買いました。「クレジットカードを最初にタッチして入店し、店を出るときは何もせずに自動決済される。購入金額は、AIがカメラ映像から判断する」というのが、コンビニのプレスリリースの説明です。前に英国に行った時にうどんが食べたくなったので、なんとなく手に取ったのですが、デビッドカードの会社から即時通知で送られてきた使用額が何と260香港ドル(5300円強!)。
なんで、「26香港ドルが10倍に化ける?」と頭に血がのぼり、その場でカードのカスタマーセンターにメールで連絡しました。私の前にコンビニに入った客は、水のペットボトル2本だけを買っており、仮にその人の請求まで入ったとしても、利用金額がそこまで高いはずはありません。とにかく腹が立ったのが、AIがまるで「万引き分もお見通し」的な請求を出したことです。
翌日届いたカード会社のメールでは、「加盟店の連絡先を確認して、改めてご連絡ください」とのことで、帰りに香港を経由した際に、コンビニのカスタマーセンター情報と外観の写真をバシバシ撮ってカード会社に送りました。その時には、すでに「503円」の請求に変更されていました。
レシートは?と思う人もいるでしょうが、出入口脇にレシート発行できるプリンターが設置されていても、ほとんどの人はわざわざ発行しようとは思わないはずです。レシートがないから、後の祭りとあきらめる人もいるでしょう。こうした事件には立ち向かうタチですが、ともかく「無人コンビニには近づくな」という教訓を得ました。
和彫りの歴史と現在が概観できる展覧会
乗り継ぎを含めて25時間のフライトを経て、12時過ぎにトゥールーズ駅にバスで着き、遅れているTGVを待ちながらコーヒーとパニーニを食べてようやく一息つきました。トゥールーズは航空・宇宙産業で栄えている街です。この夏は40度まで気温が達したそうで、訪れた9月4日・5日にはまだ30度以上の高い気温が続いていました。それでも、TGVに乗るとすぐに車窓には少し枯れたひまわり畑が一面に広がり、南欧らしさと秋を感じました。
ぼーっとはしていますが、ホテルに荷物を置き、午後3時すぎに徒歩5分ほどのカルカッソンヌ美術館に向かいました。両側に並木が続く公園が前面に広がる美術館は、裕福な人の旧宅のように見えましたが、今は夏の4カ月に20万人が訪れる観光地の恩恵を受けて無料で見学できる施設となっています。
L’art du tatouage au Japon展も、大変充実していて、こちらも無料でした。展示室には常に来場者がいて、タトゥーのある人もない人も静かに展示を見つめていました。私がいた時間帯には、日本から来たと思われる若い女性二人組がいました。古い石段を2階にあがり、重い木の扉を押し開けるとすぐに展示がはじまります。

325平方メートルの展示会場では、主に日本の刺青に関するコレクターとして知られるXavier Durand氏のコレクションから160点以上が展示されたほか、刺青絵師である毛利清二氏(現在95歳)の下絵と東映映画のポスター、『刺青殺人事件』で知られる推理作家の高木彬光氏が1950年代後半から撮影した和彫りの人々の写真なども展示されていました。展示は、大きく以下のような3部構成となっていました。
伝統的な和彫りとその図柄
芸術的起源と影響(浮世絵、歌舞伎、文学)
映画と大衆文化における和彫り
入口には展示のハイライト映像が流され、第一部では五体のシリコン模型と写真で和彫りの世界を紹介します。小さいながらも、墨や硯、針を置いた畳、彫師が仕事をする空間も再現されていました。
第二部は、主にXavier Durand氏の浮世絵コレクションで、和彫りのはじまりとされる入ぼくろの習慣、歌川国芳や国貞などによる浮世絵の名品が並びます。歌舞伎俳優が役で表現した和彫り、現実に和彫りを入れていた鳶職の男性などの刷りの状態の良い浮世絵がずらりと展示されています。
これだけでも圧巻ですが、明治時代に入ると、来日した外国人が和彫りに目をとめ、新聞報道やスケッチ・写真に残すことが始まりますが、デジタル資料となっていても本物の記事や写真が並ぶ迫力に勝るものはないです。江戸時代に引き続き、明治時代に入っても月岡芳年など浮世絵で和彫りを表現する絵師がいたことが作品で示されました。
そして、高木彬光氏の写真に並んで、毛利清二さんの下絵も紹介されていました。その後は、現代美術や漫画で表現された和彫りのイメージが数点展示されています。最後は、思いっきり遊んで、フランス人モデルが扮した弁天小僧の映像、その写真、写真を基にした版画を版木から摺りまでの過程で説明し(浮世絵の作業工程の説明でもある)、大衆演劇の映像なども絡めて、現代日本でも刺青のあるヒーローが求められていることが示されました。

2024年5月から7月末まで、おもちゃ映画ミュージアムで催した「毛利清二の世界展」では、毛利清二さんの東映時代を中心とした下絵を展示しました。その際に展示した『緋ちりめん博徒』『鬼龍院花子の生涯』『修羅の群れ』のポスターと下絵3点と再会できました。こちらは、東映太秦映画村と映画図書室が協力しての展示で、図録の解説も学芸員の原田麻衣さんが執筆しました。
全体的に、日本では再現できない水準の展示でした。もしも、この展示を日本で実現するなら、中心となる浮世絵コレクションを持っている美術館での展示が前提となります。しかし、写真ほかは多くの博物館やコレクションから展示物を借り受けるしかない状況です。また、冒頭の現代の和彫り作品は、パリで活動する日本の彫師さんに、シンガポールほかで活躍する彫師さんたちなども紹介されていて、和彫りがすでに日本にいる彫師だけのものではないことも強く示唆されていました。
翌日、Xavier Durand氏とともに共著でHorimono Shahinを出版したクロード・エスターブ(Claude Estebe)氏と美術館で合流し、いろいろお話を伺いました。クロードさんは、日本のガラス乾板写真の研究者で、この研究で学位も取っています。もともとはトゥールーズでコンピュータエンジニアだったそうですが、現在は写真家としても活動しています。今回の展示は、明治時代の古写真考証で協力されましたが、Horimono Shahinで紹介している19世紀後半に撮影された和彫りのある人々の写真の八割は、Xavier Durand氏のコレクションだとうかがいました。クロードさんからは、ほとんど一般には知られていないと思われる明治天皇の青年期とされる写真なども見せていただきました。
ロンドンでも続くイレズミ・タトゥーの資料探索
それから、クロードさんとカルッソンヌ駅に行き、行きと同じ道程を折り返してロンドンに5日深夜に着きました。ロンドンでは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のホルボーンにある学生寮に宿を取りました。円安が進み一泊3万円になっているホテルには到底泊まれないので、ロンドン中心部にある大英図書館にも歩いて行ける寮にいましたが、これは大正解でした。着いた翌日の9月6日夕方から、ロンドンの地下鉄はエリザベスラインを除いてストに入り、毎日2万歩近く歩いて目的地か最寄りの鉄道駅に行きました。
9月12日午後にロンドンから発つまで、大英図書館で資料を探したほか、Bishopsgate InstituteのあるThe Rudi Inhelder Collectionというタトゥー関連の資料(注1)を確認に行きました。また、Wellcome Collectionやグリニッジにある国立海事博物館(注2)などに足を運びました。ロンドン滞在では、タトゥーを研究しているMatt LodderさんとJamie Cotesさんにお世話になったのですが、詳しいことはまた別の機会に。
山本芳美
都留文科大学教授。原田麻衣氏との共著に『刺青絵師 毛利清二:刺青部屋から覗いた日本映画秘史』(2025年、青土社)
注1
https://www.bishopsgate.org.uk/stories/the-rudi-inhelder-collection/
注2
https://www.rmg.co.uk/national-maritime-museu
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以上です。山本先生、どうもありがとうございました。今発売中の『文芸春秋』11月号巻頭随筆に、毛利清二さんについて執筆されているほか、今月末には日経新聞で沖縄女性のハジチ(手のいれずみ)調査について語った記事が掲載予定だそうです。併せてお読みいただけると嬉しいです。

分厚くて立派な図録です。

その中に、2024年5月1日~7月28日に当館で開催した「毛利清二の世界~映画とテレビドラマを彩る刺青展~」で撮影された毛利さんの写真が載っていました。今回のフランス南部での展覧会はこの時の展覧会が契機になりました。毛利さんの長年にわたる刺青絵師としての仕事が国内外に広く知られる機会になったことを、多少なりとも関わった者としてとても嬉しく思います。


