2026.10.26column
10月2~9日オランダとイタリア訪問(1)
8月頃から随分準備に時間を費やしてきた今回の第45回ポルデノーネ無声映画祭ですが、パスポートの残存有効期限がEUの場合、3か月以上必要だということを搭乗チェックインの時に知りました。10月2日関空でそのことを知って大変落ち込みました。もう年ですから、今回が最後の海外旅行と思い、パスポートの期限が12月8日まで、あと二か月であることだけを確認していました。海外旅行素人の私たち夫婦にとって、残存有効期限の知識がありませんでした。搭乗手続きをしていて初めて事情を知らされた時のショックは計り知れない大きなものでした。急なことで私が持っていた旅行に関するファイルを連れ合いに渡し、なんとか切り抜けてくれることを願って見送りました。
ホテルの予約から、各施設への訪問は私がメールで連絡を取り合っていた関係で、場所によっては誰を頼って訪ねるのかも分らず、イタリア語どころか英語もできない連れ合いは、耳が不自由なこともあり、一人ぼっちで行くことになった不安を抱えながら機上の人となりました。若い頃ならはそれも面白いとポルデノーネに向かったこともあったのですが、やはり一人では心細かったと旅の振り返りの段になって吐露していました。周りは日本観光を終えての帰りなのか外国の人ばかり。搭乗して初めてわかりましたが、KLM(オランダ王立航空)は日本語アナウンスがなかったそうです。関空からアムステルダムへのコースが分からない中、機内のざわつきで飛行機が太平洋に向かっていることが、雲海のなかに富士山のてっぺんが浮かんでいるのを見て知ったといいます。

コースは、太平洋に出て、北上、アラスカとシベリアの間を抜け、北極海へ。


グリーンランドを縦断して、イギリスを北から見る地図を初めて見ました。北極を超えた航路では、ブランケットを羽織っても寒かったといいます。アムステルダムと日本の時差は8時間。搭乗時間は13時間かかりました。
ネット環境が上手くいかなかったのか、関空で見送ってから3日にジョアン・ベルナルディ先生から連れ合いがポルデノーネに着いたことを教えて貰うまで、全く連絡なし。こちらは渡航できなかった無念さ、再会する予定だった知り合いたちから「残念だ、可哀想」というメールを受け取っては、泣いてばかりの時間を過ごし、連れ合いが予定通り旅しているのか否かも分からず心配していたのに、当の本人は旅の写真を撮って思い出の記録を残していたのだと、振り返りの段になって知る阿保らしさ。
とはいえ、アムステルダム空港での乗り継ぎの際、イタリアのアーカイブの人達にプレゼントしようと用意していたフィルム缶が検閲にひっかかり、目印のスーツケースベルトを切断されて惨めな体裁でスーツケースを引きずって歩いたとか、細かいハプニングはいくつかあったようです。結局フィルム缶については無事に通過できたようですが、どうしてこれまでの経験で予測できなかったものかと思います。
屈辱を味わいつつも、先ずは最初の目的地、アムステルダムに到着。ホテルには2日関空から戻って直ぐに「宿泊は1人になったから」と連絡をしていたのですが「まだ、米男はチェックインしていない」と問い合わせのメールがきて、辿り着けなかったのではないかと随分心配しました。

これが、アムステルダムのセントラル中央駅。1889年開業。著名な建築家による最初の駅だそうです。日本で言えば明治22年の建物。夕刻の到着で、EU内の乗り継ぎで1泊しなければならなかったことから、急遽アイ・フィルムミュージアムを計画に追加しました。旅行社が提案したホテルは高かったので、Booking。comで検索して安い宿を予約。

これが「This Ho(s)tel」。カプセルホテルで、シャワー室などは共有でトイレのように5、6個並んでいました。国内旅行で何度もBooking,comを使ってこうしたホテルを借りて安い旅をしたことがあるので、私なら楽しいと思うところではあります。こちらの心配が伝わったのか「彼はチェックインしました」とホテルがメール送信してくれたのはありがたかったです。

安価な宿がいくつも並んでいるような地域なのかもしれませんが、それでも景観として見れば美しい。早朝に、アンネ・フランクの家を訪問しようと計画していたので、運河の美しい旧市街を散策。運河に面した西教会、その裏のアンネ・フランク・ハウスとなったミュージアムから王宮などを歩き、ホテルで荷物を持って、開館前のアイ・フィルムミュージアムに向けて、アムステルダム中央駅の北側出口に戻りました。

駅の対岸に見えるのが2012年に開館したアイ・フィルムミュージアム。流線型の面白い建物で、スイスの建築事務所の設計だそうです。アイ・フィルムミュージアムへは無料のフェリーで行きます。

このミュージアムで仕事をされているエリフ・ロンゲン=カイナクチュ(Elif Rongen-Kaynakçı)さん(下掲写真向かって右)が、同僚のキャサリン・コルモン(Catherine Cormon)さんと共に、フリウリ財団が支援するジャン・ミトリー賞(Jean Mitry Award)を今年のポルデノーネ無声映画祭で受賞されました。映画遺産の保存と価値向上に携わっている人を賞しています。


10時開館と同時に入ったので、まだ人は少なくて。館内のカフェテリアから中央駅方面を見ます。

昼休みともなれば賑わうのでしょう。これを書くために検索しましたら閉館するのは22時までで、金曜日は23時までだそうです。

映画館は時間がなく見学できませんでしたが、地階の映画の歴史に関する展示を見学。手前にあるのはミュートスコープ。当館にも橋本典久さんが作って下さった1台がありますが、ここの展示と大きく異なる点は、当館では全て自分の手で回して体験できることです。アイ・フィルムミュージアムはオリジナルの歴史ある本物ばかりなので、全て透明アクリルのケース入り。どんな風に見えるのか体験できるのが、当館の良さだと改めて思います。

初期の幻燈機。アルコールランプやアーク灯(炭素棒)を光源にしているので煙突があります。後には電気を使うことで煙突はなくなります。

この連続写真立体ビューワー(タキシフォト)は当館にも似たようなものがあり、来年3月に寺田博亮さんが「立体視の考古学-ステレオスコープからバーチャルリアリティへ」開催期間中の13日にワークショップをして、当館所蔵タキシフォトの修復披露と体験会「実寸で見る」をしますので、今のうちから楽しみになさって下さい。

映写機もみんなケースの中にきちんと納まっています。綺麗な展示は羨ましいですが、個人ではなかなかそうは参りません💦

いろんな機材類が展示されていて、映画の歴史がわかります。

様々な規格のフィルムが並んでいます。ここには「紙フィルム」はありません。いつかここに加わると良いですね。

壁面にたくさんの人形が並んでいます。パペットアニメーションの人形たちなのでしょう。

アナモルフォースについては、当館でも古川タク先生の作品を展示したことがあります。中央にミラーの円錐や円筒のものを置きます。そこに映る絵を楽しみます。アイ・フィルムミュージアムの展示からは、充分お金をかけて丁寧に映画の歴史を紹介しようとする姿勢が伝わってきました。世界の主な都市には、映画の博物館があります。こうした博物館を日本で映画が発祥した京都につくって欲しいと私どもは11年間訴えてきましたが、今なお実現の目途は立たず。今後を憂いて、出るのは溜息ばかりです。
ここからまたアムステルダムのセントラル中央駅に戻り、KLM航空便でベネチア国際空港へ向かいます。乗り継ぎが分からなくて困っていたら、久石譲さんのコンサートに行くという大阪の若いカップルが丁寧に手続きを教えて下さり、搭乗に間に合ったということです。地獄に仏、ですね。ありがとうございました。関空で私ではなくて、連れ合いが行けなかった場合を想像したら、間違いなく私は旅行に出かけなかったでしょう。見知らぬ土地で、右往左往する姿が容易く想像でき、考えただけでも冷や汗が出ます。
映画祭は、この日がオープニングでした。


