2016.11.29column
熊切和嘉監督夫妻、マンス・トンプソンさん、馬杉雅喜さん来館
11月25日来館いただいた熊切和嘉監督夫妻、マンス・トンプソンさん、馬杉雅喜さん。
左から2人目が映画監督の熊切和嘉さん。大阪芸大映像学科卒。連れ合いによれば「時代を変えた」学生さんで、思い入れが強いのか、良く彼の名前が出てきます。卒業制作『鬼畜大宴会』(1998年)が第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを受賞して話題になりました。この作品はベルリン国際映画祭に招待され、タオルミナ国際映画祭でプランプリを受賞。「きっと(私が)見てもあまり好きな作品ではないだろう」というので、私自身はこの作品、申し訳ありませんが見ていません。でもモスクワ国際映画祭で最優秀作品賞を受賞した『私の男』は、二階堂ふみさんの演技が強烈だったこともあり、強い印象があります。もちろん、他にもたくさん有名な作品があります。ミュージアムがオープンした頃は文化庁新進芸術家海外研修制度でパリに1年間留学中でした。今年8月27日東京のIMAGICAで偶然お会いしたのが私にとっては初対面。作品から受ける勝手なイメージと余りに違って、穏やかな方なので内心驚いたものです。ミュージアムで、いつか熊切監督の新作発表か何かしていただけたら嬉しいです。
その二人隣の背の高い男性は、写真家のマンス・トンプソンさん。5月29日に「忍者映画を調べていて、所蔵映像を観たい」と来館。来日して長いこともありますが、驚くほどの日本語能力。読み、書き、話しが抜群。
この日は自分がコレクションした玩具映画フィルムを持参して、玩具映写機で初めて見ることができたと喜んでおられました。他にも『忍術猿飛佐助(猿飛漫遊記)』などを熱心にご覧いただきながら、パソコンでデータ入力。
先に知り合って親しくなったので、予備知識がないままでしたが、グルメ、ファッション、音楽、報道写真を主に、朝日新聞、Japan Times、Billboard、Bangkok Postなどに掲載しているのだそうです。教えられて朝日新聞海外向け紙面に掲載されていた東京国際映画祭をNetで見ると、彼が撮影した写真がいっぱい。東京国際映画祭期間中はその撮影で多忙で、2本しか見られまかったとのこと。その内の一本が、10月27日、歌舞伎座スペシャルナイトでの『忠臣蔵』デジタル最長版で、プレス席の2階にいたそうです。
「じゃ、あの古舘伊知郎さんの早口のおしゃべりと活弁初挑戦『血煙高田の馬場』はわかった?」と聞くと、「現在の言葉だからわかった。でも活弁士さんの『忠臣蔵』は集中したけど言葉が長いし、昔の言葉だから難しかった。話は有名だから知っている」と返ってきました。あの古舘さんの芸術的話芸が理解できるなんて素晴らしい‼
今回彼が来たのは、11月26日三重県伊賀市で開催された「伊賀再発見!三重大学伊賀連携フィールド2016年度後期市民講座『忍者・忍術学講座』」の2回目「日本忍者映画史」の講師を務めるため。その前日に立ち寄ってくださいました。講演後に三重大学の先生が書かれたものを読むと、「1912年の児雷也豪傑譚話をはじめ、これまで少なくとも375本は製作されている忍者映画ですが、現在見られるものはそれほど多くありません。そうした映画に登場する忍者がどのように変化してきたのかわかりやすく示してくださいました」とのこと。多くの市民が聴講してくださり良かったです。来年本を出版するそうなので、その頃にミュージアムで彼の講演会ができたら良いなぁと思っています。
マンスさんの右隣りが、熊切さんの奥さま。「もっと前に出て」と言っても、とても控えめな方でした。その右隣が京都のシネマズギックス代表で映像作家・映画監督・カメラマンの馬杉雅喜さん。昨年5月17日ミュージアム内覧会では記録映像を撮ってくださいました。今回も26、27日に京丹波町で開催された「映画マルシェ」(於:山村開発センターみずほ)で、「おもちゃ映画ミュージアムのコーナーを設置して、玩具映写機、プラキシノスコープなどを展示して、子どもたちに楽しんで貰っては」と、提案を受け、それらの機材を搬出するために来館いただいたところ。馬杉さんのご先祖の話が、丁度マンスさんの研究と合致し、話が弾みました。京丹波町のこの催しは同町に時代劇撮影所を作るプレイベントで、同町観光協会のホームページを見ると、町の観光大使に任命された俳優の榎木孝明さんのトーク、時代劇ショー、寺子屋教室などもあったそうです。
3人を紹介しながら、思いました。人と人が出会って、そこで新たな気付きが生まれ、前に進む。そんな場にしたくて拠点を構えました。その思いは、少しずつ形になっているのではないかと。11月19日「懐かしの《鉄道映画》上映会」に参加して下さった笹山さんがツイッターで「フィルムと人が物理的に集まる場所。だから色んな発掘、発見のニュースが発信されていくのだなあ。素晴らしい!」と書いてくださったことをとても嬉しく思いました。これからも、そうした「結びつき」が次々できるよう頑張っていきたいと思っています。