おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2022.12.23column

お二方からの寄贈品ご紹介

昨日届いた太和田正五さんの労作『峰吟子 その生涯と時代』(風媒社)。2020年10月24日に『一九三一年日活オンパレード』に登場する峰さんを見に岐阜から来て下さって以来のご縁です。インクの匂いがする立派な本の174頁から179頁まで、当館のことも紹介いただきながら、この作品について書いておられます。断片なので全体が見られず残念ですが、峰さんの姿は確認できます。日活太秦撮影所総動員で男性軍と女性軍に分かれて野球試合を行い、応援合戦を繰り広げる様子を描いた内容。大河内傅次郎さんは投手、女性軍の投手は伏見直江さんで、この本の主役峰さんは捕手を務めています。「お正月のためにこしらえたものであろうが、日活のオールスターを見ることが出来るのだから、いつでも添え物として大いによろしからん」(『キネマ旬報』389)と、まずまずの評判のようです。1930年12月31日に公開されたこの作品の監督は阿部豊さん。9月10日にご覧いただいた『私はシベリヤの捕虜だった』(1952年、東宝)で志村敏夫さんと一緒に監督として名前が載っています。
 
ページを繰りながらお祝いの電話を差し上げたら「羽島市映画資料館の人に、轟夕起子の研究をしている人がいるって聞いたから、その人に負けたらあかんと思って」と仰って。私も本を手にした途端に「山口博哉さんの先を行かれた!」と直ぐに思ったので、やっぱり、の展開でした。「調べているとまだまだ書きたいことは沢山出てくるけど、年齢(71歳)を考えると、取りあえず形にしてと考えた」そうです。山口博哉さんにも「先ずは形にして、その後のことは続編で書けばいいやん」といつも勝手に声をかけていますが、彼の存在・取り組みが他の人の刺激になっている具体的な事例を目の前にして、嬉しく思うと同時に、やっぱり言いたい、「山口さん、頑張って形にしよう」と。
 
「本当なら直接お渡ししたかったのですが」と仰るので、「事前にご連絡下されば、うちで #山口博哉 さんとお引き合わせします」と申しました。きっとお互いに刺激を受けて、今後の励みになるでしょう。「その時には今年の京都国際映画祭で片岡一郎さんの活弁と天宮遥さんのピアノ演奏で上映した『天国その日帰り』(1930年、内田吐夢監督)を一緒に観ましょう」とも提案しました。この作品にも峰吟子さんが出演されているのです。
 
太和田さんに尋ねたところ、峰さんの出生地に岐阜県の「本巣町」と「北方町」の二つがあり、どっちが本当だろうと思ったのがきっかけですが、65歳の時に病気をして左官の仕事がなくなったときに、他に打ち込むものとして「峰吟子」の生涯に興味を持って調べ始めたのだそうです。それから6年、これまでの努力が結実して本当に良かったと思います。
改めて、太和田さん、出版おめでとうございます㊗🎉👏
 
そして、今日寄贈頂いたのは、法政大学名誉教授で児童文化史研究家だったアン・へリング先生の遺愛品4点。
9月5日に引き続いての寄贈です。レフシー紙フィルム(紙箱9.5㎝×9.5㎝)3箱。内訳は①『カチカチ山』品番でしょうか、箱に1419とあり、30米。②『猿蟹合戦』1415の番号あり。③『桃太郎の荒鷲退治』1420の番号と30米と記載。②の箱には丸の中に「越」の字のマークが印刷されたシールが貼ってあり、他の2箱にはそれをはがした痕跡がありました。きっと3本の紙フィルムとも三越の玩具売り場で販売されていたものなのでしょう。
幻燈用ガラス種板は春慶塗のような木製の枠に12枚1セットで収められていました。『カチカチ山』で東京の小島書店で売られていたものを、へリング先生が購入されたのかも。いつ購入されたのかは不明です。ガラス絵1枚は4.5㎝×4.5㎝の大きさ。9月にも『カチカチ山』のガラス種板を寄贈頂きましたので、ひょっとしたらへリング先生、この昔話がお気に入りだったのかも。
 
来年3月に幻燈機の展示と講演・体験の催しを計画していますので、丁度嬉しい寄贈品です。いつも助手の山田様には配慮いただき心より御礼を申し上げます。大切に保存して活用させていただきます。
 
以上、昨日、今日と続いた寄贈品のご紹介まで。
 
 
 

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