おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2023.10.26column

大正時代、京都市内の店舗でパテ・ベビー一式購入記述がある個人日記‼

おかげさまで14日、京都国際映画祭2023が無事終了しました。当館は5つのプログラムに関わらせていただきました。そのうちの2つは小型映画の一つ、パテ・ベビー(9.5㎜)に関するもの。

7日付けのブログで紹介しましたが、10月はパテ・ベビーをはじめとする小型映画のカメラや映写機、そしてパテで作られた作品の数々と当館所蔵品をズラリと並べて展示しています。1896年フランスで誕生したパテ社は映画・映写機の製造会社で、世界中を席巻する勢いで拡大し、その名前は現在も引き継がれています。ちなみに今日本映画史家本地陽彦先生からお借りしたパテー社創業50周年記念メダルを展示していますが、それには1897年創業となっています。「あれっ、創業は1896年なのかしら?それとも1897年なのかしら?」と思って、当館発行小冊子3『パテ・ベビーの時代』を執筆して下さった飯田定信さんに尋ねたところ、「蓄音機も含めパテ兄弟による会社設立が1896年のため、一般にそのようになっています。おそらく1897年はパテが映画部門を作ったか、シャルル・パテが映画部門の責任者になった時点のことだと思われます」とのことでした。

そのパテ社から1922年、フィルム幅9・5ミリの小型映画が発売されます。翌年には日本にも入ってきて、日本の富裕層を中心にホームムービーが撮れるとあって広がりました。14日のプログラムは「パテ・ベビー渡来100年」を記念して、欧州のアマチュアホームムービーのアーカイブに取り組んでいる非営利機関“INEDITS”が制作した『91/2㎜』(2022年)と当館が所蔵するパテ・ベビーで記録された貴重なフィルムの数々を上映しました。内容については、こちらで書いていますし、こちらでも書いて下さっています。

10日に来館いただいた伊東宗裕さんは、京都市南区東九条札辻町にある築280年の農家住宅、長谷川家住宅(国登録有形文化財・京都市指定重要京町家。現在は一般財団法人長谷川歴史・文化・交流の家が管理)に残る幕末から昭和にかけて三代にわたる当主が書いた日記83冊の解読をされておられます。興味深いのは、大正後半から昭和にかけての当主だった長谷川良雄(第11代)の日記に“パテ・ベビー”の単語が書いてあったことです。それで、実物を見ようと足を運んで下さいました。

日記にどのような記載があったのかお聞きしているだけで、ワクワクして「パテ・ベビーについて書いてある箇所を見てみたい」欲求に駆られて、ダメもとで依頼しましたところ、21日に日記の所蔵者である中川名津様(旧姓長谷川/長谷川良雄ご息女)の了解を得て下さって、長谷川良雄日記の当該箇所の画像3枚をお送りくださいました。加えて、15日“長谷川歴史・文化・交流の家”で実施された伊東さんによる連続講座「長谷川家の『昭和』 第1回昭和の長谷川家」の配布資料も添えて下さいました。

美濃判の紙を二つ折りにして、折り目を下にして綴じた日記帳。このページからだけでは年月が分かりませんが、連続講座配布資料に翻刻文が載っていて、大正14(1925)年2月6日、良雄は、「四条通御旅所町南側の燕屋写真機店支店で仏国パテ―会社製のパテベビー活動写真映写機一揃を買ふ(価格壱百弐拾円映画フィルム6巻15円)」と記載されています価格120円は、今の価値だと30~40万円。とても一般の人が簡単に手を出せる価格ではありませんね。夜になって、買ったばかりの映写機の具合を確認して、映写手順を覚えたところで、

翌日の2月7日の「晩 例のパテベビー活動映写機の試写をやった、家族一同大喜びであった、6巻左の如し。

1、美人水泳の姿体

2、ボビート犬のいたづら

3、奇想天外の音楽(ポンチ画)

4.阿弗利加土人のダンス

5.無茶苦茶な掃除夫(2巻)」

映写機と一緒に燕屋写真機店で購入した6巻は既成の作品で、いずれも短い上映時間だったでしょうが、異国の人々の様子を動画で見ることが出来たのですから、家族みんなで大喜び。購入して大正解といったところでしょう。パテ・ベビー映写機を囲んで、投影される映像をみている一家団欒の様子が目に見えるようです。

伊東さんによれば、その後フィルムを買い足しているようですが、既製品を見ているだけでは飽きたのでしょう、自分でも撮影してみようと思い立ち、パテ・ベビーのカメラを翌年の大正15年(昭和元年)4月1日に購入。その日記には、

「右帰途(銀行の帰り)高島屋へ立ちより、帰りに寺町のツバメヤ本店でパテベビーの撮影機を買得す、九時帰宅す」と書いています。惜しいことに金額までは書いてありません。

伊東さんの資料によれば、カメラの使い始めは4月5日のことで、その日記には、

「午前11時過から有利宮参の為宇賀神へ参詣す、過日買ったパテベビー(カメラ)試写の為燕屋番頭11時半頃来り。有利宮参りを追ひかけて写す、宇賀神社参詣の場、田中へ入る場、宅へ帰る所及び家族全体一人づづの顔等を写す、結果よければ永久に残りて映写し得、非常に面白いものであろう」

現像をして実際に撮影した映像を見るまでがアナログの楽しみ。「結果よければ」と期待値でワクワクしている心の内が伝わってきますね。この後も長谷川良雄は折りにふれてパテ・ベビーカメラを持ち出して、おもに家族を撮影していることが日記に綴られているそうです。

京都観光オフィシャルサイトNaviによれば、「良雄(1884~1942)は京都高等工芸学校(現在の京都工芸繊維大学)の第一期入学生で武田五一や浅井忠に師事。卒業後は家業に携わるかたわら水彩画に力を入れ、数々の作品を残しています。また学んだデザインを生かした家具も長谷川家には残っています。」ということですし、伊東さんによれば、家業の「地主として土地を管理し小作人と交渉し、方面委員や学区会議員の仕事も頻繁に入ってくる」ので結構多忙だったようですが、その合間に、大丸や高島屋、物産館(後の丸物百貨店)などをよくぶらつき、映画や観劇にもよく出かけていたようです。良雄は松竹の株主で株主優待券をもらっていたこともあり、昭和5年の例では、新京極の松竹座や京都座、夷谷座を中心に28回見ているそうです。

一番気になっていたパテ・ベビーで撮影したフィルムや既製品のフィルムについてですが、機材もこうしたフィルムも一切残っていないのだそうです。残念‼ ないものねだりですが、良雄の目で撮った作品を見てみたかったなぁという思いで一杯です。

伊東さんとの出会いのおかげで、パテ・ベビーに関する具体的な販売店名や価格、それを楽しむ様子が知れて本当に良かったです。実は私自身、“椿井文書”に夢中だった頃、古地図の講演会があると聞いて出かけたことがあります。その時の講師が伊東さんで、こちらで書いています。その時印象に残った言葉があり、それを話したら「それを覚えていてくださっただけで充分です」と仰って下さいました。11年も経って再会の日が来るとは思ってもいなかったので、大変嬉しいです。今度は、実際に連続講座に行ってみようと思います。第2回は11月13日「日記に貼りこまれた京都と日本」▼第3回12月4日「長谷川良雄の関心」です。良ければ、皆様もお出かけください‼

長谷川良雄の日記に記された「四条通御旅所町南側の燕屋写真機店支店」がどこにあったのかが気になり、紙資料蒐集家の森安正さんに尋ねたところ、さすが!です。包装紙をお持ちでした。一昨日持参して下さいましたので、早速ご紹介。

森さんが手にしておられるのが「ツバメヤ商会本店」の袋。

確かに「市内出張所」の一つに「京都市四条通オタビ町」と記載がありますね。長谷川良雄はこの店の上得意だったようで、自宅まで行って使い方などの指導をしていたようです。京都だけでなく大阪や博多にも店を構えていたのですね。

上掲は、立命館大学の竹田章作教授に執筆して頂いた小冊子7『京都の映画館文化』10~11ページに載せている、おそらく市井の郷土史家田中緑紅の長男、泰彦が書いたとみられている「昭和9年6月京極と其の付近案内」の地図の10頁部分。下辺中央に赤で四角く囲って示したのが「ツバメ写真器」で、その左隣に「藤井大丸」が載っています。この「藤井大丸」は現在地よりも東にあったのですね。四条通りをもう少し東に進むと良雄が買い物を楽しんだ「高島屋」も載っています。地図上半分(11頁掲載)には、映画を楽しんだ「新京極の松竹座や京都座、夷谷座」も載っています。日記と一緒に眺めると、空間から当時の人々の動きも立ち上がってくるように思われて面白いですね。

展示期間中に関東の畑 文夫様から、パテ・ベビーフィルム3巻、アニメーション『のんきなおぢさん魚釣りの巻』、『ロイドの恥知らずの青年』(Un jeune homme sans-gene)、『乱暴な馬車』(Le Chaval emballe)を寄贈して頂きました。最初のアニメーションについて、フランスの友人オリアンさんから「Nicolas Thysは'Katzenjammer kids'のことを教えてくれました。これはアメリカのコミックの原題で、1916年からInternational Film Serviceのスタジオのおかげでこのコミックは複数のカートゥーンになりました。今度図書館でJen Lenburgのカートゥーン事典でタイトルを探してみます」と嬉しい連絡がありました。『ロイドの恥知らずの青年』については、東京の喜劇映画研究会の新野敏也代表にお尋ねしています。これらのフィルムについても、何かわかればお知らせします。

 

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