おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2026.09.20column

無事終了、二日連続無声映画上映会②

9月12、13日と久しぶりに無声映画上映会をしました。13日はイギリス出身のガイ・ペリマンさんによる英語活弁上映でした。参加申し込みはpeatixで。その受付をすることが初めてだったこともあり、戸惑いました。世はデジタル推進一直線なのに、ずっとアナログでやっているので、画面確認がわかっておらず冷や汗をかきました。いくつになっても勉強が肝心。日頃から海外の映画関係、映画愛好家らが多い印象ですが、この日は外国の方が次々に来館されたことが嬉しくて、おしゃべりやら、世界地図へのマーキング、展示物の説明などに夢中になって、開演前からテンションが高くなり💗

この日はいつもより遅いスタートで15時開始。会場にはガイさんがあらかじめ用意された軽快な音楽が流れ、良い感じです♪ 打ち合わせを終えたガイさんは、スクリーン向かって左の黄色い幕の後ろにスタンバイ。

そして、大きな拍手に迎えられて登場。ガイさんは、40年以上に亘ってラジオ・ブロードキャスター、ナレーター、声優として活躍され、東京のラジオ局interfmで平日朝の番組を担当されていますので、ファンが多いです。軽妙な話しぶりで、私なぞは耳と頭が追い付きませんが、ネイティブの会話とはこのようなものかと改めて思いました。日頃は身振り手振り、スマホの翻訳機能にも頼りつつ会話をしているので、お恥ずかしいことだと自戒しつつも、心地よい英語会話の世界に浸り、ガイさんセレクト日本の無声映画時代を象徴する作品の数々を楽しませていただきました。

会場に向かってガイさんが「MIC!PROJECTOR!」と呼び掛け、会場の皆さんと一緒に「ACTION!」と発声して、英語活弁による無声映画上映会がスタートしました。ガイさんはおそらく日本でただ一人の英語で活弁を行う外国人。ガイさんにとって今や“KATSUBEN”はライフワークになっていて、人生を“KATSUBEN”と共に歩んでおられると言っても良いぐらいに魅せられておられます。事実、回を重ねるたびに上手になっておられます。それは声優の仕事、ラジオのパーソナリティーの仕事を通じて培った“話芸”の巧みさと言えるでしょう。

最初に日本に於ける“KATSUBEN”の歴史紹介から。昨年、東京やロンドンでKATSUBEN公演をされた折につくられた映像かもしれませんが、良く調べてコンパクトにまとまっていて分かりやすかったです。

映像を上映するたびに、「MIC!PROJECTOR!」「ACTION!」が続き、だんだんと一体感が増します。最初に上映したのは『ドングリドン助旅日記』

続いて『漫画 火星飛行』。いずれも当館所蔵の戦前のアニメーション。

『学生ロマンス 若き日』は、現存する小津安二郎監督作品の中で最も古い1929年4月13日公開作品。男子学生2人が赤倉へスキーに行き、かねてから好意を寄せていた女子学生と偶然出会います。そこでの若者のロマンスを描いたコミカルな作品の一部。勉強不足で私は初めて見ました。

続いて同じ小津監督の『突貫小僧』。1929年11月23日公開。このガイさんの声の使い分けが素晴らしくて、子どもにしてやられる大人たちの様子は、幾度も見てわかっていても可笑しくて。この作品、9月27日に今度は坂本頼光さんの活弁でもご覧いただきます。

現存最古の国産アニメ『なまくら刀』を久しぶりに見ました。日本アニメーションのパイオニアの一人、幸内純一が1917年につくり、別名『塙凹内名刀之巻』の本作を国立映画アーカイブのサイトで見ることができます。この日幾人かのお客様に手回しのおもちゃ映写機でフィルム映写体験をしていただきました。そのうちの1作品は、2017年にアニメーション作家古川タク先生に直接、新しい35㎜フィルムのヒトコマ、ヒトコマに黒の油性ペンで絵を描いてもらった『なまくら力 忍者編』です。ガイさんの英語活弁を御覧になって、キャラクターが「似てる!」ときっと思われたことでしょう。キャラクターのモデルは、当時の時代劇映画で大人気だった尾上松之助、通称“目玉の松ちゃん”です。

『怪傑夜叉王』は1926年牧野省三監督作品。パテ・ベビーフィルム(9.5㎜)で見つかったものを復元しました。市川右太衛門主演の作品で、石川五右衛門が題材。石川五右衛門といえば、やはり9月27日に坂本頼光さんの活弁でご覧いただく『石川五右衛門の法事』がありますが、こちらは、斎藤寅次郎監督が1930年につくった喜劇。時代劇にしろ、喜劇にしろ、天下の大泥棒“石川五右衛門”は、人々に人気があった証。

続いて、衣笠貞之助監督『狂った一頁』。1926年につくられた前衛無声映画。今年が公開されて100年の節目であることから、当館でも11月8日に昭和女子大学文化芸術センター 長で大学院 特任教授の福田淳子先生の講演、片岡一郎さんの活弁と天宮遥さんのピアノ演奏で上映します。この作品は世界中で注目を集めていて、10月初めに開催されるイタリアのポルデノーネ無声映画祭でも上映される予定です。世界中の映画研究者、無声映画ファンが集う世界最大の無声映画祭でご覧いただけることを私も嬉しく思います。画像は当館所蔵のスチール写真。

続いては荻野茂二のアニメーション『百年後の或る日』。1933年に荻野茂二がパテ・ベビーフィルムで作った作品で、こちらも国立映画アーカイブのサイトで見ることができます。1942年世界大戦のときに死んだはずの荻野が、科学の力で呼び戻され、100年後の2032年の文明を見聞し、火星へ出発するという話。

最後に切り紙アニメで知られる村田安司がつくった『漫画 紙芝居いたづら狸の巻』(1933年、当館所蔵)で締め括り。会場から質問も出て、和やかな雰囲気の中、大きな拍手が送られて無事に終了しました。

久しぶりに再会したコディ・ポルトン先生は「楽しかった。彼は話が上手いね」と満足顔。それぞれのお客様も同様の表情で楽しんで下さり、大成功でした。バタバタしていたので、全員の方にサインを頂戴できなかったのですが、幾人かに地図にマークして頂き、サインも頂戴したので、ご紹介まで。

フィリピン出身でフランスで英語教室をされているほか、舞台の仕事もされているとお聞きしたアマンダさん。

右はロシアのノヴォシビリスク出身の歴史研究者のドゥーリナ・アンナさんとロシアの観光会社社長エレナさん。当館の宣伝もお願いしました💗

イラストレーターのアレックスさんは、お父様が無声映画時代ハリウッドでディレクターをされていたとお聞きし、「エエッ、お若く見えるのに!」と思ってお尋ねしたら、どうやら末っ子のようで「遅くに生まれたから」と微笑まれました。余り映画に詳しくない私は、教えて貰ったお父様のお名前を今ネットで検索してびっくり‼ジョセフ・L・マンキーウィッツ(JOSETH・L・MANKIEWILZ)さん(1909-1993)。連れ合いに申したら、「えっ‼」と驚いていました。お父様の作品は名作ぞろいで有名で、その知識が私にあったなら、もっと驚いたでしょうに。アレックスさんにとっては拍子抜けされたかもしれません💦申し訳ないことでした。

マンキーウィッツ監督は、映画の学科を最初に設けたコロンビア大学を卒業され、多数の脚本を手掛け、俳優としても活躍し、アメリカを代表する映画監督として有名です。アカデミー賞を何度も受賞されていて、ベティ・デイヴィス、ジーン・ティアニー、ハンフリー・ボガート、エリザベス・テイラーなど著名な俳優たちの記憶に残る演技を監督。主な作品名として挙げれば『三人の妻への手紙』(1949)、『イヴのすべて』(1950)、『裸足の伯爵夫人』(1954)、『去年の夏突然に』(1959)、『クレオパトラ』(1963)など名作がいっぱい。そんな方のお子さんと出会えるなんて、凄いです。英語活弁のあとのコーナーで質問もされていました(情けないことに私は聞き取れず、すみません)。

イギリスのワイト島出身で大阪で仕事をされているマイクさん。お召しになっていた「あやの小路 無事かえる」のTシャツでおしゃべりが弾みました。当日参加のMatthewさんも含め大勢のお客様で楽しい時間を過ごしました。英語活弁に、どれぐらいの人たちが来てくださるのか想像もできませんでしたが、たくさんの方にお越しいただけ良い眺めでした。書ききれなかった皆様、ごめんなさい。またいつかお会いできると嬉しいです。

この日は、ガイさんが番組のナレーターを務めているNHKワールドTVの番組『J-FLICKSの収録を兼ねていました。当日の様子は、10月18日10:10~/16:10~/22:10~/翌4:10~の番組内で放送されます

これを書きながら、その前日に開催したアメリカサイレントコメディ“OUR GANG”こそ、ガイさんに英語活弁していただいたら面白いのに、と思いました。日本の無声映画を活弁で観る文化の紹介も良いのですが、その次の段階として、海外の無声映画に英語で活弁を付けて上映すれば、KATSUBENの面白さがもっと世界に広がるように思うのです。如何かしら?

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