おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2024.12.25column

初期映像装置の面白さに魅せられた12月1日の催し

9月21日に開催した「初期の映像装置“ミュートスコープ”を再生してみよう!」Part1では、当館にあった大きなミュートスコープのリールを動かして見ることができました。そのことは、こちらで書きました。再生装置本体を作って下さったのは、映像玩具の科学研究会主宰でアーティストとしてもご活躍の橋本典久さん。調査して下さった結果、作品タイトルは『The Next War』とわかりました。実際に覗いてみて850枚の写真から成るリールに戦時の戦艦や戦車を見ることができました。ハンドルをゆっくり回しながらパラパラ漫画のようにめくると、結構迫力があります。軍事に詳しい知人によると、第一次大戦頃の戦艦と戦車だそうです。

ミュージアムが12月末で一旦閉め、引越しをして4月に西陣で再出発することを知った橋本さんのグッドアイデアで、当日のミュージアム内をスマートフォンで撮影して、来館者と合せて生きたまま動態保存、記録して残すことになりました。監督は橋本さんで、撮影者は、当日スマホを使っての簡易フィルムビューワー作りの研究発表をされた東京工芸大学助教の馬場一幸さん。東京藝術大学大学院で撮影を担当されたこともあるので本領発揮です。後日、撮影した動画を橋本さんが体験版ミュートスコープのリールとして仕立てました。「初期の映像装置“ミュートスコープ”を再生してみよう!」Part2の12月1日は、そのリールのお披露目と体験の場でもありました。橋本さん曰く「おそらく世界で最も新しく生まれたミュートスコープのリール」です!

カレンダー最後の1枚になった12月、1日は「映画の日」ということで、催しの実施日にしました。気忙しい師走にもかかわらず、近在はもとより、関東や九州からも参加いただき、満員の盛況となり嬉しい眺めでした。この日は私どもの活動に興味を持たれたドキュメンタリー映画監督アンナ・ウェルトナーさんがイベントの様子を撮影されるので、アメリカ式に参加者全員に撮影許の同意書にサインをしていただきました。ということで、撮影隊も含めて実に賑やかな催しの場となりました。進行は橋本さんにお願いしました。

Part1に参加されていないお客様もおられたことから、進行の橋本さんから、最初にミュートスコープ再生に至った経緯を説明いただき、それを鑑賞して体験。後半は、馬場さんと橋本さんがスマホを用いて簡易的にフィルムを再生して見る装置のお披露目。最後に橋本さんがこれまでに作られた1800年代前半の古い映像装置のレプリカの紹介と体験会というプログラムでした。

橋本さんは「古いものを買うのではなく、自分で作ってみることに興味がある。実物を借りたり、文献を調べてレプリカを作り、実際に面白いと感じるところまでやっている。昔の技術で今は忘れられているけれど、こんな仕組みで動いていたんだ、こんな風に見えていたんだ、こんなことまで分かっていたんだということに気付いている人が今は余りいないのじゃないか」と話されました。

橋本さんの講演は、当館との出会いから始まりました。

最初に紹介されたのは、ホームズ・ベイツ型ステレオスコープのレプリカ。

ホームズ・ベイツ型ステレオスコープ レプリカ制作:橋本典久

このステレオスコープについて、草原真知子早稲田大学名誉教授から「日本ではかつて島津製作所が作っていた」と聞いた橋本さんが、島津製作所創業記念館のWEBサイトを見ていると、ゾートロープを“驚盤”と紹介していることに気付きます。私どももこれまで“驚き盤”といえばフェナキスティスコープのことを指していたので、私自身もそのことをブログで触れたことがあります。

当館所蔵のフェナキスティスコープ

当館所蔵のゾートロープ

研究熱心な橋本さんは、電話調査で確認の上聞き取り調査をしようと来京され、その足で当館に初めて来て下さったのが2022年6月9日のことでした。その際、お土産にもらったのが35㎜フィルム缶に収まる手作りのプラクシノスコープでした。

初対面にもかかわらず、それまでFacebookでのやり取りがあった気安さと、モノづくりが大変お上手だと分かっていたので、手元にあったミュートスコープのリールを指差し「これに何が写っているのかが見たい。装置を作って欲しい」とその場で依頼しました。全国科学博物館活動等の助成も得られ、9月21日に“橋本式”ミュートスコープ(下掲写真)を披露できました。

橋本型ミュートスコープ 制作:橋本典久

ミュートスコープは一時期世界で最も普及していた映像再生装置で、アーケードセンターやゲームセンターなどで普及していました。「古川タクのタクペディア・ヒトコママンガカレンダー展」のために来京されていた日本アニメーション協会名誉会長古川タク先生は、このミュートスコープを見ようと12月14日に来て下さいました。もちろん当館内を撮影した新リールのバージョンもご覧頂き、「さすが橋本君だ!」と楽しんでおられました💕「今はわからないけど、以前は東京ディズニーランドのペニーアーケードにあった」と仰っていましたので、今度同所へ行かれる方がございましたら、ぜひ写真をお送りください!!

上掲写真は、完成したばかりの新リールを12月1日、最初に体験させて貰っている連れ合いの様子。今現在も来館者の皆さまに体験してもらっていますが、大変評判が良いです💗橋本さんに依頼して本当に良かったです。

 

彼が再生装置を作る段階でわかったことは、このリールはセクレターミュートスコープのリールだという事。

MUTOSCOPE:A tale of two companies Volume 2 larry Beeza より

普及しているミュートスコープではセットされた写真の向きがリールの外側が上で、中心が下方向ですが、当館が制作を依頼したリールは逆向きでした。セクレターミュートスコープは、5本組のリールを内蔵し、電動で動く意欲的な装置でした。

ペニーアーケードなどで売れることを期待されましたが、劇場映画の攻勢の影響であまり売れなかったようです。そのために世の中から消えることになりました。セクレターミュートスコープのリールに対応した本体を制作して頂いたことから、体験用のリールも同様に天地逆のリールにして貰いました。

橋本さんの解説によると、馬場さんが撮影した動画を24コマで書き出しをして、紙の厚さや枚数の関係から3コマ飛びぐらいで、キャノンのセルフィ―で出力。ネットでリールが少し壊れている画像を見つけ、それを参考にしてカッティングプロッターという装置で切り揃えたそうです。実際のリールを見ると、写真と写真の間にやや短い無地の紙が挟んであります。それによって紙と紙の間に隙間ができ、スムーズに見ることができます。レプリカのリールも、そのようにして作られました。これを作るのがもの凄く大変で、オリジナルは850枚ぐらいですが、再生リールは試行錯誤の末、700枚ぐらいをギュウギュウに詰めてなんとか蓋を閉じたとか。オリジナルは“反り”があり、隙間が全くなく、弾かれた瞬間に目の前から消えていくのですが、その“反り”がどっやっても再現できず、何とか癖を付けようと縛ったりしてもオリジナルのようにはならず。どうやら、かつては高圧で蒸して固める技術があったそうです。

とはいえ、出来上がったリールはとても良く出来ていて、移転したあともハンドルを回しながら今のミュージアムを思い出すことができますし、まだ来たことがない人にも、どんなところだったか知って貰うことができます。お話を聞きながら、随分大変な作業だったのだと分かり、申し訳ない思いでいます。が、作って貰って大正解だったとも思います。橋本さん、どうもありがとうございました!!!!!

橋本さんは最近は3Dの技術で残す試みがなされるが、冷たい感じがする。今回のミュートスコープは、もっと生っぽい、人の気持ち、血の通ったアーカイブになったと思う。電源もパソコンも不要で、ハンドルを回せばいつでも見ることができるなど、結構良い面があると思った。テクノロジーが新しくなると、全てが上手くいくのではなく、いろんな技術が削ぎ落されていく。その中に、実は大切なものがあったりする。そんなことに改めて気付いた」と制作しての感想を述べて下さいました。

続いて、馬場さんの発表「スマートフォンによるフィルムスキャンのご紹介-映像制作支援と災害対策を兼ねた多用途な映画フィルムスキャンシステム」〈日本学術振興会科学研究費助成事業基盤研究(C)〉です。家庭などに眠る映画フィルムを、簡易で低コスト、安全性の高い装置で動画として確認できないだろうかということに取り組まれました。馬場さんはソフトウェアで画像処理に取り組まれ、橋本さんはフィルムを傷つけることなく安全に送る装置作りを担当されました。接写レンズも安価で高性能のモノが手に入りますし、年々スマホの性能は向上してもいますので、状況は今後益々良くなると思われます。

カメラ内で絶えず写っている同じもの、例えば四角いパーフォレーションなどを認識させると位置がずれても追いかけて、同じ位置に表示させます。その結果、フィルムを送ると動画として見ることができるわけです。どの程度の速さでフィルムを送れるかはスマートフォン次第のようです。

古い8㎜フィルムを装填して、スマートフォンを用いてフィルムスキャンする馬場一幸さん。


皆さんも上掲のQRコードを読み取ってこのアプリにアクセスすると使えます。8㎜、9.5㎜、16㎜フィルムに対応できます。橋本さんが制作されたこのフィルム送りの部品の作り方も載っています。3Dプリンターを持つ施設がこの部品を作って、誰にでも使えるようにして下さると良いですね。馬場さんは、このアプリ本体で録画もできるようにしたいと抱負を語って下さいました。

当館が所有する劣化して歪んだフィルムで試したところ、フィルムがガイドから外れてしまいました。もしもの場合に備えて貰いたいと思い、後日、劣化した8㎜フィルムを提供しました。

この後の自由に体験するコーナーでは、フィルムに関心がある人々が馬場先生の周囲に集まって、スマホでスキャンを体験していました。最年少は中学1年生の男子。その夜早速自分でスマホを操作してやってみた結果を連絡してくれました。もちろん馬場さんにも転送して、繋ぎました。こうして未来を拓いていく若者の研究心に火が付けば頼もしい限りです。

 

続いて、橋本さんがこれまでに制作された古い映像再生装置のレプリカを見せて頂き、説明を聞きながら体験もさせて貰いました。


【初期映像装置について】  
〇ソーマトロープ 1825年……イギリスのジョン・エァトン・パリスが考案。
表と裏に絵を描き、両側に付けた紐を指で引っ張って回転させると、表裏一体化した画が見えます。仕組みが簡単なだけに軽んじられがちですが、実は一番奥が深いのではないかと考えているそうです。

当館所蔵のソーマトロープ。円形だけでなく、長方形のものもあります。

〇ライト・ドローイング 1928年…… ジョセフ・プラトーが考案。

2枚のスリット円盤を互い違いに異なる速度、異なる位置で回転させると光の軌跡が思わぬ図形を描き出す実験装置。彼は特徴的な4つの図形を残していますが、特に“フライングハート”(下掲写真の左下の図)に魅入ったようです。

アノーソスコープ(向かって左)とプラトーのフライングハート(右) 制作:橋本典久

〇アノーソスコープ 1829年…… ジョセフ・プラトーが考案。

円柱鏡のアナモルフォーセスのような歪んだ絵が描かれた円盤を4本のスリット円盤の後ろにセット。1:4のスピードで逆回転させると、縮まった絵を5つ見ることができる装置。

アノーソスコープ実験装置 制作:橋本典久

フランスのシネマテーク・フランセーズのWEBサイト(右のQRコード)で、アノーソスコープの円盤を数種類見ることができます。

このように見える理屈を探るために、研究会を2回開催し、大学教員、アーティスト、学生が本気で悩んだ。答えがネットに載っていないことも魅力的なんだとか。   

〇アノーソスコープの派生形で、謎の図形を回転させると、円盤いっぱいにLOIの3文字が大きく現れる装置も紹介されました。

文献に登場すれども名称は不明、名前があるのかどうかもわかっていません。LOIに見えるわけがないだろうと思われましたが、研究会で解明されたそうです。 

 “LOI”表示実験装置 制作:橋本典久                                                         

〇フェナキスティスコープ 1832年……イギリスのジョセフ・プラトーが考案。
連続した画を描いた円盤にスリットが入り、鏡にその絵を写して回転させ、スリット越しに裏側から覗くと、絵が動いて見えます。

〇ゾートロープ 1834年…… イギリスのウィリアム・ジョージ・ホナーが考案。
フェナキスティスコープがドラム型になったもの。原理は同じで、スリットを使うことでアニメーションを実現させています。逆にいうと、スリットとスリットの間隔によって、“見えない”時間を作ることで、アニメーションをさせています。スリットは一瞬見えるだけで、ほとんどは目隠し状態になっています。装置自体にあてられた光のうちの何十分の一しか、実は目に届いていないとも言えます。

〇プラクシノスコープ 1877年……エミール・レイノーが考案。
多角柱の鏡を使うことで、常に自分の手元側にある絵が鏡の向こう側に見えます。回転させても、ほぼ同じ位置に見えることを利用した装置。スリットがなくても見える点が重要で、ゆっくり回しても常に見えます。どうして見えるのかを考えてみるのもお勧め。

〇プラクシノスコープ・テアトル(シアター) 1879年……エミール・レイノーが発表。
蓋の中央上部にある覗き窓から覗き込み、裏のドラムを回すと、アニメーションに加え、ないはずの床と背景が見えます。なぜ見えるのかを考えるとさらに面白い。エミール・レイノーは、プラクシノスコープを更に二重三重に工夫して面白いものを生み出しました。

プラクシノスコープ・テアトル レプリカ制作:橋本典久

〇キノーラ 1895年……リュミエール兄弟がシネマトグラフと同じ頃に作った、一人用の鑑賞装置。
映像は多くの人と一緒に観るものと、個人で楽しむものの2つがあり、それは今も変わりません。

レゴを使用したキノーラ レプリカ制作:橋本典久

〇シネマトグラフ・トイ……ハンドルを回すと、バタバタと絵が動いて、アニメーションが再生される装置。写真ベースと手描きのものがあります。コロナ禍に国立国際美術館からの依頼で作成したコンテンツ「ハンドクリップシネマトグラフを作ろう」は、同館WEBサイト(次のQRコード)で公開中。

リールだけ取り上げても、行ったり来たりが自分で好きに遊べるので、それだけでも充分面白いです。オリジナルの装置は1902年に、マシュー氏によって作られ、パリのM.Mathieu'sという店で販売されていたようです。

シネマトグラフ・トイ レプリカ制作:橋本典久

〇オンブロ・チネマ……裏にオルゴールが付いていて、ゼンマイを巻くと、ゼンマイの力で絵が描かれたリールが巻き上げられます。スリットによる効果で2コマのゆっくりとしたアニメーションを見ることができます。後ろからライトを当てると、さらにシルエットがくっきりと見えて美しい。オルゴールはオリジナルと同じ曲が見つからず、「ムーン・リバー」を使って制作されました。人間は如何に光って、動いて、音がするものに心を持っていかれるか、よく分かります。

全くこの装置には、私も魅了されて「欲しい、私にも作って!」と思わず言ってしまいました。小さい子どもたちに見せると、みんなうっとりと見入るそうです。

オンブロ・チネマ レプリカ制作:橋本典久

 

その後、各々興味がある道具を手に取って体験。会場の雰囲気が分かる写真をいくらか載せます。

右手奥に白いセーター姿でカメラを構えている女性が、アンナ・ウェルトナー監督です。元芸術ジャーナリストの彼女は、芸術家や芸術史に関するドキュメンタリーや、それ自体が芸術作品であるビデオ作品の制作を専門としています。彼女の映画は、ポーランド・アンノウン・フィルム・フェスティバルで展示され、実験的なドキュメンタリー「Goitre」で観客賞を受賞しています。映画文化の歴史を大切にしているということで、私どもの活動に興味を持ち、撮影して下さることになりました。

女性が手にしてスリットから覗いておられるのが、アノーソスコープです。日本で所蔵している館はあるのでしょうか?この面白さと不思議さは、実際に体験してみないと分かりません。

ステレオスコープを体験中。元首相の菅さんが令和の元号を発表された時の写真で、共同通信の写真が左、ロイター通信の写真が右で、両社は隣り合って撮影していたらしく、立体写真になると気付いた橋本さんの機転を利かせた作品。なるほど絵が飛び出したように見えました。

手にしておられるのは、明治7(1874)年に文部省から出版された『物理日記』全6巻のうちの1冊で、ここにステレオスコープや驚き盤が載っています。ドイツ人のお抱え科学者ヘルマン・リッテルが日本で講義したものを日本語訳していて、日本における物理・科学の教科書として広まりました。この本で初めて「映像」という言葉が使われたそうです。


島津製作所創業記念館の「驚盤」を端緒に橋本さんの研究は益々深まっているようですが、江戸末期に長崎の出島でオランダ経由の「驚盤」を買ったという記述があることを見つけられました。三宅艮斎(ごんさい)という医者が、長男の秀(ひいず)のために買ったというのが、橋本さんが現在把握している日本における映像装置に関する記述の最初らしいです。


また、小島政二郎著『新居』(春陽堂発行、1926年)の中の「月二回」の冒頭に、
……「ね、私ン家へお出でよ。こいつへ蝋燭を附けて遊ぼうよ。」
夏。縁日の晩だった。私は買って来た驚盤(きょうばん)にすぐ灯(あかり)を入れて、友達に取り巻かれながら、夜の縁側で眺めたかった。……


という文章があることも教えて貰いました。縁日でゾートロープかもしれない初期の映像装置が売られていた様子が伺えて興味深いです。橋本さんの探求心はいよいよ盛んになり、次にどんな話を聞かせて貰えるのか、何が再生されるのか大いに楽しみです。


最後に恒例の記念写真を撮りました。

多くの皆様にご参加を頂きまして、誠にありがとうございました。おかげさまで充実した催しになることができました。この催しのために尽力して下さった橋本典久さん、そして馬場一幸さんにも心より御礼を申し上げます。

 

 

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