おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2023.08.25column

ドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』

8月21日お誘いいただいて、インドのドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』の試写会に行ってきました。暑い日でしたが、帰りは、太陽の熱を吸収して灼熱のアスファルトを強く踏みしめ、乗り込んだ電車の中でも映画の中のシーンをあれこれ思い出しながら燃えあがる感動を味わいました。力強く励まされる良い映画でした。さすが、世界各地の映画祭で30を超える映画賞を受賞しただけのことはあります。この映画を3年の歳月をかけて撮影したリントゥ・トーマス&スシュミト・ゴーシュ監督に拍手を送りたいですし、何より映画の主人公となったミーラ(チラシ表に写っている女性)をはじめとする勇気ある女性記者たちに拍手を送りたいです。

インドのカースト制は学校でも習ったので凡そ知っていますが、主人公たちはそのカースト制度の外側の最下層に置かれている「ダリト(ダリッド)」の女性たち。初めて知った「ダリト」は、「不可触民」として蔑まれてきた人々が、その抑圧の壁を打ち破る意思を表明するために自ら付けた呼称なのだそうです。ダリトは、2011年国勢調査によればインド人口の16.6%を占めているそうですが、ムスリムやクリスチャンのダリトは指定カーストとして登録されていないので、実際はもっと多いそうです。1950年に施行された独立インド憲法は、差別を禁止し、不可触民の慣行を廃止し、その後も指定カーストへの残虐行為禁止などダリトの尊厳と権利を擁護する法律を制定。けれど今もカーストに基づく差別の厳しい現実は変わっていません。

そういった状況の中で、2002年ウッタル・プラデーシュ州チトラクート地区に、ダリト女性たちによって週刊の地方新聞「カバル・ラハリヤ」という新聞が創刊されました。「カバル・ラハリヤ」は“ニュースの波”の意だそうです。農村ジャーナリズムとフェミニズムを掲げて、地域社会での差別、女性への暴力や性犯罪、ライフラインの不整備、違法労働の癒着と不正、拡大するヒンドゥー・ナショナリズムなど地元の生活に立脚した草の根報道を続けています。その後時代の変化に即応して、紙媒体からネットを介したデジタル配信に移行することを決め、ミーナはその取り組みの責任者に。彼女たちが発する報道は、徐々に広がりインド各地へ浸透し、今や毎月500万人にリーチするまで成長しています。

ウッタル・プラデーシュ州には2億人もの人がいて、その人口はインドで最多。映画はその中心部を舞台にしていて、同地区は、汚職や女性への暴力や社会的少数者への残虐な抑圧が行われていることで知られています。映画でも複数回にわたってダリトの主婦が自宅で複数の男たちによってレイプされた事件の取材で、女性記者が警察に出向く場面があります。が取材する女性記者に対して警察は全く頼りにならないどころか、逆に恐怖の対象です。そして為すべき方法もないダリトの夫は「ラハリヤ紙だけが唯一の希望だ」と弱々しく語ります。ダリト女性へのこうした事件は未婚・既婚の成人女性だけでなく、少女たちも数多く犠牲になっていて、死に至っているケースも目に付くそうです。

多くのダリト女性は教育の機会を奪われ、様々な社会参加の機会も同様に阻まれていました。「カバル・ラハリヤ」は、デジタルでの報道に切り替えるに際して記者を募集し、応じた中にはスマートフォンを初めて触る人もいて、先ずはスマホの扱い方を学ぶことから始まります。ペンではなく、スマホを手にした女性たちはどんどん力を付けていきます。大手新聞社が取り上げないような身近な、けれども多くのダリトの女性たちが日々悩んでいる「家にトイレがない」ことの不自由さなどを取材して、下水道を敷設してトイレ普及を促進するよう報道しています。州議会選挙の取材、違法労働の癒着と不正などにもひるまずに前を向いてスマホを手に取材を続けています。

「活気に満ちた民主主義からヒンドゥー教権威主義へと急速に右傾化が進んだ。その結果、ほとんどの主流メディアは自己検閲を導入するか、政権寄りの団体に成り代わった」と解説にある文言は、そのまま今の日本にも当てはまるような気がして暗澹たる思いがします。私自身、幾人もの新聞記者の人を知っていて、それぞれの人はまじめに国の在り方を考えておられるのですが、「新聞社」となると寄らば大樹の何とかの紙面になってしまっているのが残念でなりません。そう思うと、ダリトの女性記者たちの勇気ある姿勢に心打たれ、大きな拍手を送りたくなるのです。

『燃えあがる女性記者たち』は大阪では、9月30日から第七藝術劇場で公開されます。東京都推薦映画、文部科学省特別選定(少年・青年・成人向き)ですので、ご家族で大きなスクリーンでご覧下さい‼

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