おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2024.01.04column

新年のご挨拶と明日からの「面白柄」着物展示のご紹介

新年明けましておめでとうございます。昨年中は多くのご支援を賜りまして誠にありがとうございました。これまで同様無声映画フィルムの発掘に努めるだけでなく、パテ・ベビー渡来100年、シネコダック誕生100年を記念して様々にフィルムの提供を呼びかけてきました。その成果の一つとして『おもちゃ映画で見た日中戦争』を9月にコロンビア大学で世界初上映することができました。多忙もあってまだ振り返りは書けていませんが、ニューヨークで活躍されている松村牧亜さんのピアノ生演奏で上映したドキュメンタリー映画は、来場いただいた方に高く評価して頂きました。10月には京都国際映画祭でパテ・ベビー特集を上映し、その様子を11月4日付け朝日新聞「天声人語」で紹介いただき、それを読まれた方からの反響が大きかったです。今年届いた年賀状にも「『天声人語』読みました」という添え書きが多く見られ、大変嬉しく思いました。

さて、新年早々実家がある富山県も含む北陸地方で最大震度7を観測した「令和6年能登半島地震」が発生し、刻々と明らかになる甚大な被害の大きさに地震の怖さをまざまざと思い知らされています。実家や姉の家の近くを流れる小矢部川がテレビに写しだされ、心配でたまらず電話をかけたところ、両家とも全員無事が確認され、私自身に関しては先ずは安堵しましたが、大きな余震はその後も頻発し、まだまだ心配は続きます。多くの方が亡くなられ、被災した人々も相当な人数に及びそうですし、家屋の倒壊や火災件数も甚大です。亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された方々には、心よりお見舞いを申し上げます。この先を思い不安で一杯でしょうが、どうぞ今は身の安全第一でお考えになって下さい。一刻も早く行方不明者が見つかり、地震が収まることを祈るばかりです。

そうした状況ではありますが、当館に関しましては予定通り5日から「友禅染めの着物で“映画”をまとう~初期映画と染織に尽力した稲畑勝太郎にも触れて~」を開催します。

昨年末の京都新聞のお知らせコーナー「まちかど」で紹介して頂きました。この中でお名前を紹介して頂いたエルキ・フータモUCLA教授と貴重なコレクションをお貸しくださった草原真知子早稲田大学名誉教授、そしてお二人と親しくされている吉岡 洋京都芸術大学教授が、今日来館。

フータモ先生は、早速展示をご覧になって、予め明日の講演会用に準備されていた原稿に手を入れて反映して下さったようです。どのような内容か楽しみですね。明日は遠方からも大勢参加予約を頂いています。「フータモ先生の本は読んだけど、実際にお話を聞ける機会が来るなんて‼」と喜んで申し込んでくださった方もあります。今のところ申し込みは順調で、ほぼ満席。ありがたいことです。

今日は展示品のキャプションの点検をしました。“映画”に関する人やモノをデザインした面白柄着物と帯が狭いミュージアムに56点も並んでいます。稲畑勝太郎についても32点を数え、合計すると天使からのメッセージ“エンジェルナンバー”の88点。どうぞ昔の人々が関心を寄せて身に纏った面白着物柄を見にいらして下さい。ちなみに3人の背後に飾った男性の長襦袢に描かれているのは、東西の撮影現場の様子。照明ライトが煌々と照らすハリウッドらしきスタジオ撮影と、日本の片田舎での撮影風景との比較が面白いです。ちゃんとスクリプターまで描かれているんですよ。

チャップリンの人気はかつての日本でも相当で、着物柄に描かれているものが何点もあります。その中で今回私が注目したのは、下掲の面白柄。

山高帽、ちょび髭にステッキの風貌はチャップリンの特徴なんですが、余り似ていなくて、日本人のよう。実物を見ていないから身近な男性をモデルに描いたのかしら?と勝手に思っていたのですが、Facebookで繋がっている三品ゆきひろさんの12月28日の記事を読んで、ふと、ここで描かれているのは俳優の小倉繁(下掲写真)ではないかと思いました。

三品さんの許可を得て、その記事をコピペします。

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『チャップリンよなぜ泣くか』。斎藤寅次郎監督の映画の中でも、気になりながら、よく判らなかった映画の一つでしたが、そのあらましが判明。『街の灯』のパロディであることが判りました。フィルムは現存しませんが、出演は、主役の喜劇王チャーリー兄弟が小倉繁と大國一郎、花売娘に六郷清子、上山草人に似た男が國島荘一、悪漢が坂本武。
チャップリンの『街の灯』は、1928年12月の撮影開始から1931年1月30日のロサンゼルスでのプレミア公開まで、2年以上の歳月をかけて製作された。日本公開はそれから3年近くも後の、他国と比べても異例に遅い昭和9(1934)年1月13日公開。上映権の交渉が難航したものなのか。来年で初公開から90年!『街の灯』の映画広告はかなり前から掲載。映画が公開されない中で、昭和7年5月14日には、チャップリン本人が来日。来日した翌15日、首相官邸で犬養首相が暗殺された「五・一五事件」が発生。当初その日に、首相官邸でチャップリンの歓迎会が開催される予定が変更になったとか、チャップリンも暗殺の標的の一人だったとか、事前に察知していたとも云われるが、日本にはそのまま3週間近く滞在。
斎藤寅次郎監督は、チャップリンが帰るのを待って、『街の灯』がなかなか公開されない状況を利用し、『チャップリンよなぜ泣くか』の撮影を開始し、1ヶ月後の7月8日に素早く封切。キネ旬の映画批評は好評でした。映画は、国産喜劇王チャーリー岡本とシボレー岡本兄弟を載せた船が入港するところから始まり、美しい盲目の花売娘との名残りを惜しみつつ、モーターボートで日本を去る。「これは、ナカナカ面白い映画だ。チャップリンを先ず歓迎嫌いのところから掴んで映画『サーカス』の1場面をとり、それから、よく監獄を訪れるところを掴み、テンプラを喜んで食ったところを取り入れ、彼の映画に出て来る女に対する純情を取り入れ等したところ、見方によってチャップリンを皮肉っているようにもとれる。そこが面白いと思った。自分と同じ扮装をしているチンドン屋と間違われるところ、またホテルで宿料を請求されフィルム『村の灯』を金に替えるところ等愉快である。題名が少し考えすぎている。」「小倉繁のチャップリンの扮装は相当よく似ているが、ときどき例のガニ股を忘れていたり、眼の光がスゴかったりしたときもあった。」
チャップリンの『街の灯』がやっと公開されたのは、『チャップリンよなぜ泣くか』から1年半も後のこと。寅次郎監督は『街の灯』の実物を観ずして、そのパロディ映画の原作を書き監督したわけです。
小倉繁は、突貫小僧=青木富夫にとって、入籍していない継父に当る関係だったようです。小津監督の『晩春』などに顔を出していた青木放屁は、小倉繁の息子。小倉は、戦後も成瀬巳喜男などの映画に変なオジさん役で顔を出していたというと、分かる人いると思います。
 
続きの元旦付け投稿には
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『チャップリンよなぜ泣くか』の元ネタになった「チャップリンの初来日」。
キネ旬の記事から。待ちに待たれた喜劇王の来日は、昭和7(1932)年5月14日に神戸港に照國丸で、兄シドニー・チャップリン(20年代半ばからの主演作が日本でも公開、人気があった)夫妻と高野秘書同行で入港。船上で日活の夏川静江らがお出迎え。その日の夜9時過ぎには東京駅に到着。松竹の川崎弘子、井上雪子、大谷英子がお出迎え。翌15日は国技館で相撲見物と銀ブラ。16日は上野美術館で浮世絵鑑賞、夜は歌舞伎座で「茨木」を観てる。しかし15日の午後5時半過ぎに「五・一五事件」発生。キネ旬では、帝都に突発せる不穏事件と表現。チャップリンはいつの時点で事件を知ったか、事件にすっかり神経を痛めて急にハリウッドに帰ると云い出したが、気紛れな彼の事であるから、とあります。結局日本にはそのまま3週間近く滞在し、日本文化や日本料理を堪能、海老の天ぷらを一度に30本を食し「テンプラ男」と驚かれたり、小菅刑務所などまでも見学している。
意外とキネ旬の記事の扱いは半ページ程。フェアバンクスとピックフォード夫妻の来日時は4ページも記事があるのだが、『サーカス』の公開から4年経過し、新作『街の灯』はアメリカや他国では1年以上前に公開されながら、日本での公開の目処も立っていないこと、チャップリン自身のゴシップや泥沼化した離婚裁判などが影響か。
斎藤寅次郎監督は、チャップリン来日時及び「五・一五事件」発生時に『熊の八ツ切事件』というナンセンス喜劇の大傑作、キネ旬批評でも「馬鹿々々しい面白さだ。常軌を逸した面白さだ。」と大絶賛、チャップリンが観たら仰天しフィルムお持ち帰りだっただろうと思う映画が公開中で、彼の帰国後には、来日時のエピソードを巧みに織り込んだ『チャップリンよなぜ泣くか』を素早く映画にし、松竹では『人生の處女航海』と時代劇『鬼火 前篇』との三本立で公開、愉快な映画であると高い評価を得たが、チャップリンは映画にされたことを知らずだったのでしょう。知っていたら黙っちゃいなかったはず。幸いというか残念なのだがフィルムは現存せず。
松竹の川崎弘子は、チャップリンの柔らかな手と握手した感触を「人間的なチャップリンの弱さと親しさを感じた」。
伊達里子は、チャップリンとダンスホールでダンスのお相手、「交錯する光の中で、狂奔するジャズのリズムに乗りながら、フォックスをトロットを踊ったのです。人間的な人間でした」。
井上雪子は、「数多くの女性と恋をしたということも、理解出来るような気がします。今一度、二人きりで、武蔵野の黄昏の中を歩みながら、啄木の歌でも読んで、お聞かせしたいと思います。」と書いている。井上雪子は17歳になる直前。
当時の女優たちが、花井蘭子のようにチャップリンの扮装をして写真を掲載している。
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面白いですね。同じ着物柄の模様には、下記のものも。
 
 
思わず、斎藤寅次郎監督の『チャップリンよなぜ泣くか』の撮影風景かと思ったのですが、ネットで検索すると斎藤監督は眼鏡をかけておられません。けれども撮影現場は大変に埃っぽいからゴーグルを掛けていたかもしれませんしね。
 
こんなことを思いながら「面白柄」着物を見ると、いろんな気付きがあって、それこそ面白いです。明日の参加者の人々が、どの様な感想を話して下さるか楽しみ、タノシミ。

 

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