おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2026.05.02column

ロシア人ワシリー・オシェプコフと活弁

4月15日に海外の活弁について書いたところ、知人から片岡一郎さんの『活動写真弁士』(2020年、共和国)も読んでおいたほうが良いのでは」と助言がありました。で早速、ボランティアの井上さんが作成して下さっている蔵書リストを検索して、№4と付したダンボール箱から取り出しました。

その本は厚さ4.5㎝の大部で、片岡さん渾身の一冊。発行当時、ずっしり重いのを持ち歩いて読もうとして、本の角が痛んでいます💦必要があって調べ物をする際に、人名索引を手掛かりに読ませてもらいましたが、361-365頁に載っている「他国の『弁士』たち」は未読でした💦💦

その書き出しは「弁士の文化が日本のように育たなくとも、弁士に近い語り手が一時期存在した国は多い」。タイ、ラオス、アメリカ、ドイツ、チェコ、フランス、ロシア、スペインでの「弁士」について書いてあり、それぞれの国で映画の渡来と同時に弁士さんが活躍されていたことがわかります。「日本で陰ぜりふが始まったのが1908年のことなので」とあり、ロシアの弁士は「1909年頃から登場」していたのだそうです。日本の年号で言えばそれぞれ明治41年、42年。

先日ロシアの映画研究者の人に教えて貰った「ワシリー•オシェプコフというロシア人が明治時代の終わりに日本で弁士をしていたという論文を読んだことがあり」というのがとても興味深かったので、そのことについて書いていないかページを繰ったのですが、残念ながら人名索引に見当たらず。それで、AIに聞いてみましたところ、瞬時に興味深いことを教えてくれました。幾度かの質問を繰り返した結果を下記に載せます。

………………

ワシリー・オシェプコフ(Vasili Oshchepkov)は「ロシア柔道の祖」や「サンボの創始者の一人」として非常に有名ですが、実は明治の終わりに日本(特に京都や東京)で活動していた時期があり、その際に活動写真弁士(またはその補助的な役割)をしていたという説があります。

いくつか興味深いポイントをまとめました。

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