おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2026.06.29column

賑やかだった6月29日

今日は朝から賑やかでした。

最初に宅急便が届き、静岡県の小林一浩さんから、ライオンのおもちゃ映写機1台と、おもちゃ映画『密林の巨獣』『ミッキーマウス芝居騒動』『モンキー無敵艦隊』を寄贈いただきました。ご自分の部屋に大切に飾っておられたのですが、家の建て替え計画があることから手放そうとネットで検索して当館にお声がけいただきました。

映写機は仮に組み立てましたが、修理が必要で折を見て作業すると連れ合いが申しています。フィルム缶は缶に入っていましたが、どうにかスキャンできそうです。ただ3作品とも既に当館所蔵で、人気があった作品だったのでしょうね。30尺だから30秒。あっという間ですが、それでも当時の子どもたちはワクワクして映し出されるアニメーションに見入ったことでしょう。

とりあえず一番上の右端に箱ごと並べました。この写真をお送りしたら、「さっそく置いていただき、ありがとうございます。仲間がいっぱいで、映写機もうれしいと思います。こちらこそ、安心です。今後とも、よろしくお願いします🙇」とメールが届きました。いろんなおもちゃ映写機が並んでいますが、少しずつ違っていて個性を主張していますね。

次にお見えになったのは千葉県からお越しの日本映画研究家・ライターの下村 健さん。旧拠点の時に一度お会いしています。以前京都の撮影所で撮られたスチール写真をどなたかから受け取られたことをXで知り、「いつか当館で展覧会をしたい」と依頼したことがあり、下村さんも覚えておられました。けれども今のミュージアムで写真を拡大してパネル展示をするのは難しいと思われ、ちょっと保留に。下村さんはパテ・ベビーフィルム(9.5㎜)のボビン巻きを5本寄贈して下さいました。内容は『月形半平太』(澤田正二郎)の№2、タイトル不詳の新派悲劇、『ノンキナおぢさん手品の巻』№1と№2、『Minnie’s Romance』№1でした。随分前に落札されたまでは良いのですが、映写機がなく、一度も見ないまま今日にいたったのだそうです。

不鮮明な写真で申し訳ありませんが、早速ボビンから取り出して新しいリール(橋本英治先生に3Dプリンターで作っていただいたもの)に巻き直しています。ボビンという純正のパテ・ベビー映写機での上映のため、約90年間巻かれたままでしたから、酷くカールしていて、それを補正するために裏巻きに巻き取り、スキャンできる状態に準備します。しばらく置いて癖が治ってからスキャンしてデジタル化します。

元の所有者は、フィルムが切れたところをスプライサー(フィルム接続機)がないので、黒の木綿糸で括っておられました。このままスキャンすると切れちゃうので、後ほどスプライサーで繋ぎ直します。


この写真も下手でわかりにくいですが、ボビンでの上映では、映像が終わると空回りするように3コマ分を縦に切っています。これによって送り孔を引っかけるクローピン(フィルムを送るピン)が空回りし、フィルムが終わったことがわかるようになっています。

黒瀬映像演出事務所の黒瀬政男さんもパテ・ベビーフィルムを1本持参。黒瀬さんは事前に裏巻きにして癖をとって準備されていましたので、早速フィルムスキャナーでデジタル化をして、そのままデータをネットのファイル便でお送りしました。さっさと対処出来て良かったです。

大阪芸術大学映像学科准教授で映画の美術を教えている宇山隆之さんも東映の撮影所に行く前に元気な顔を見せて喜ばせてくださいました。例えば、彼が立っている後ろの展示棚は、最初のミュージアムで作ってくれたもので、引っ越しに際し解体し、今の拠点で再度組み立ててもらったもの。私どもミュージアムの立ち上げから一番お世話になった大恩人です。「お茶でも」とお誘いしたのですが、撮影所へ行ってから大学へ戻らなきゃいけないそうで、「また今度」と約束し、後姿を名残惜しく見送りました。宇山さんの顔をみているだけで、いろんな心配が一時でも忘れられて、会えたのがとっても嬉しい💗

昼過ぎには、同志社大学1回生の中川さんが来館。先日彼女から電話がかかり、上京ふれあいネット「カミング」で私どもが紹介されているのをみて興味を持ち、取材をしてNHKの放送コンテストに応募したいとのこと。若者がわたしたちの活動に興味を持って下さることが嬉しくて即快諾しましたが、そのインタビュー取材に一人で来館されました。たった一人で応募作品を作ろうという心意気に先ずは圧倒されましたが、見た目は可愛らしい女性。どこにそんな闘志を秘めておられるのか外見からはわかりません(うっかり、彼女がインタビューしている様子を撮り忘れ💦)。録音はしていたのでラジオ用かも知れませんが、まずは台本作りです。

6月13日にも同じく同志社大学の学生さんが、西陣空襲を体験した水口章さんに来てもらって当館でインタビューしました。この協力依頼は5月29日に加藤さんという女子学生さんからでしたが、当日は3人で対応されていました。ふと思い出したのは、2015年2月に私どもが開館準備をしていると京都新聞夕刊1面で大きく報道して頂いた折り、同志社国際高校放送部の妹尾さんという女子生徒さんから「記事を読んで、取材してNHKの放送コンテストに応募したい」と依頼があった時のこと。同志社国際中学と高校の10人ぐらいで取り組み、その様子の一部をこちらで書いています。先ごろ沖縄での平和学習で痛ましい事故がありましたが、彼女らと接した経験で言えば、海外帰国子女が多い中・高校で学ぶ生徒さんの社会に対する問題意識はとても高いです。今回の事故でいろんな手続きのミスがあったでしょうが、彼女たちの問題意識を委縮させることがあってはならないと私は思います。

話を戻して、中川さんから最初に連絡をいただいたときに、自ら申し出てボランティアをしてくださっているアメリカの留学生Kateさん、パナマの留学生Rekhaさんにも声をかけ、彼女たちの意見も聞いて貰えたらと提案しました。幸い29日は彼女たちも授業の合間に顔を見せてくれ、その提案は実りました。さらにおもちゃ映写機やフィルムの寄贈が相次ぎ、デジタル化している作業も見て貰うことができましたので、日頃からフィルム・アーカイブ、映画の歴史を知って貰おうと尽力している私どもの活動の様子が、中川さんの作品を通して広く伝われば良いなぁと思います。「今が良ければ」ではなく、「これからも継続していくこと」が大切だと思っていますので、若者が関心を寄せてくれたことが凄く嬉しいです(ここで書いた若者は全員女性!)。授業に戻る中川さんは「頑張っていい作品に仕上げます」とはっきりした声で言ってくれました。期待しています‼

Rekhaさんが、インタビューの合間に書いて見せてくれました。

……若者たちがフィルム映画にもっと興味を持てば、日本の歴史を知ることができ、それによって現在を理解し、フィルム映画や手作りのゲームが作り上げられる過程の価値を実感できるのではないかと考えています。昨今はすべてが機械によって作られており、スマホに夢中になって依存してしまうのも容易です。一方、フィルム映画や錯視作品では、それらが作り上げられるまでの過程を実感することができます。一見単純に見えるかもしれませんが、個人的にはそちらの方が興味深いと思います。……

また、話が逸れますが、今年のイタリアで開催されたボローニャ復元映画祭が無事終了しました。私どもも協力した伊藤大輔監督『血煙高田馬場』(1928年)を片岡一郎さんの活弁、ガブリエル・ティボドーさんのピアノ、堅田喜三代さんの鳴物で上映され大きな拍手が送られたそうです。その一場面が丁度今、写真家のValerio Grecoさんから届きました。

屋外上映もこのように大勢の観客がマッジョーレ広場を埋め、大きなスクリーンに見入っています。こうした光景がとても羨ましいです。個別に “スマホに夢中になって”映画を早送りで見て「観たような気になっている」のではなく、こうしたみんなで映画を観る文化が、かつての日本でも見られた光景でした。それが消えてしまうと同時に「映画は第七藝術に位置付けされた総合芸術、文化なのだ」という意識がなくなり、今回の国立映画アーカイブが運営維持のためにクラウドファンディングに頼らざるを得ない状況にまで追い込まれてしまっていることを本当に残念に思っています。

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