おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2020.11.25column

11月29日「帝国キネマ100周年記念イベント」の記事が朝日新聞に掲載‼

今朝の朝日新聞大阪版。もっと広範囲に載ったのかもしれませんが、大きな扱いの記事です。9月18日に、記事にも載っている山川雅行さん、東大阪市の朝田良輝さん、東大阪市観光協会会長の大西由起子さんが打合せに来られたときに、「帝キネが愛した東大阪マップ」を貰いました。29日は午前中開催の「帝キネロケ地周辺をまち歩き」にも参加を申し込みましたので、このマップを手に、まち歩きすることを今から楽しみにしています。いつものように、てるてる坊主さんに好天をお願いします。

帝キネ長瀬撮影所は約33000平方メートルもあったそうです。どれくらい広いかとネットで阪神甲子園球場を検索してみたら、約13000平方メートルだそうですから、約2.5倍以上の広さ。その広大な跡地に往時を偲ぶものはほとんどないそうですが、今は国の登録文化財となっている「樟徳館」があると知り、早速ネット検索。近代建築が好きなので「素敵な建物を見学できるかも」と勝手に期待しましたが、残念ながら、当日は外から眺めるだけのようです。

上映会は、大森くみこさんの活弁と天宮 遙さんのピアノ演奏で行われます。クライマックス部分は、これまで字幕を読んで観て貰うようにしていましたが、今回は大森さんが話す早さにあわせて、これまでより少し間合いを長くしました。より「何が彼女をそうさせたか‼」が伝わることだろうと思います。

 1997年、京都映画100年を記念して京都映画祭プレイベントをしたときに、この作品の復元版完成披露をしました。その時は欧米のように生演奏付きで無声映画を上映し、ドイツの無声映画伴奏家Gunter A.Buchwaldさんに演奏をしていただき、大好評を博しました。鈴木重吉監督がこの作品を作った1929(昭和4)年の直前に欧州旅行をして、前衛的な芸術、文化に触れて影響を受けていたことから、敢えて活弁を付けない上映スタイルにしました。

翌年4月には、ドイツでも上映し、後にイタリアのポルデノーネ無声映画祭でも上映するなど、この作品は国内外で好評を得ています。

傾向映画の代表作で、以前お手紙を下さったご長寿のおじい様は、子どもの頃に大阪十三の映画館でこの作品を観て、「そうだ!そうだ‼」と観客がスクリーンに向かって叫んでいたのを記憶していると綴ってくださいました。

先頃松竹蒲田撮影所100年の催しがされましたが、帝キネも100年。1920年当時の日本は、それまでの「活動写真」という呼び方から、純映画、キネマ、シネマと呼び方が変わった時代でした。新しい文化として映画がとらえられ、モボやモガ、アバンギャルドに、新聞小説や音楽がレコードで広まった時でもあります。今「帝キネ」の流れを継ぐ十三の映画館「第七芸術劇場」の名称は、建築・絵画・彫刻・音楽・舞踊・文学に次ぐ七番目の芸術「映画」として話題になった、その謂れから命名されたものです。

この帝キネ100周年の催しを契機に、東大阪がかつて映画の都であったことをもっと広く知って貰えたら良いなぁと思います。

新聞記事最後にあった紀伊國屋書店から販売されているDVDの表紙もご参考までに。

【後日追記】

11月30日付け東大阪経済新聞に当日の様子が記事掲載されました。

また、12月5日付け産経新聞関西版WEB版「産経WEST」でも載せて貰いました。

左から、大森くみこ弁士、山川雅行氏、太田米男、天宮 遙楽士。映画のクライマックスで、泣きそうになり堪えました。一番盛り上がるシーンなのですが、惜しいことにロシアで発見されたときフィルムが欠けていました。それを資料調査してできるだけオリジナルに近づけようと苦肉の策で字幕で補った復元版です。そういう事情があったとしても、十分に感情が高ぶり、感動しました。二人とも完璧なパフォーマンスでした。

12月10日鈴木重吉監督のご息女と電話で話したのですが、コロナ禍でなければ「観たかった‼」と仰っていました。いつか、二人のパフォーマンスで見せてあげたいです。

 

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