おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2026.06.08column

出会いの嬉しさ

6月6日に関東からお越しいただいた中野 弘さま。「ひょっとして私どもの移転に際して寄付金を頂戴した方のご主人さまかしら?」と単刀直入にお尋ねしたら、ピンポーン、でした。今朝、中野さまから、お帰りになる前に一緒に撮った写真をお送りいただきました。それが、これ。

転居に際しても大変に良くして頂き、誠にありがとうございました。「も」と書いたのは、私の頭の中に、以前奥様からお聞きした『僕らの弟』への思い出話があったからです。私どもが公私共にお世話になったシナリオライター依田義賢先生の作品で唯一残る無声映画『僕らの弟』(1933年、春原政久監督)に、弟“信一”役で出演されていたのが、由記子夫人のお父様、西村五男さんでした。

下掲は昨年11月6日に『僕らの弟』と『非常時涙の少年』を同志社大学で上映した折のチラシです。1933年7月11日付け大阪毎日新聞夕刊に載った記事をもとに作られた作品を同時に上映するという初めての試みでした。この時のご案内記事はこちらです。

『僕らの弟』の主人公“房一”少年役、中村英雄さんの写真しか載っておらず恐縮ですが、まだ幼い弟の役です。 “目玉のまっちゃん”と親しまれた尾上松之助の遺作『侠骨三日月』(池田富保監督、1926年、日活)には赤ん坊役で「尾上五男」としてエンドロールにクレジットされています。

五男さんの父、嵐 治三郎(本名西村治三郎)さんは日活大将軍撮影所の俳優幹事をされていて、

ひょっとしたら、この『中山安兵衛』の真ん中にいる侍役が、そうではないかと思います。今、弘さまを介して、奥様に確認してもらいましたが「似ているが、確証がない」とのことでした。

ところで、中野さんとおしゃべりをしていたら、「午後から立命館大学全国校友会幹事会へ行く」と仰ったので、ひょっとしたら、そこに群馬県で熱心に「群馬満蒙開拓歴史研究会」を主宰されている東宮春生さんもおられるかもしれませんね」と言いました。以前東宮さんが訪ねてこられたのも、同じ6月の初めの頃で、同じように「今から立命館大学全国校友会幹事会へ行く」と仰っていたことを覚えていたからです。芳名帳を繰りましたら、確かに2024年6月2日に東宮さんのサインがありました。ネットで検索したら、このブログの前半に書いています。

たまたま骨董市で入手した16㎜フィルムからのご縁で、ブログをお読みになって連絡を頂戴しました。今も熱心に「群馬満蒙開拓歴史研究会」のご案内をお送りくださいますので、ファイルして掲示しています。関心がある方はどうぞ手に取ってお読みくださいね。

東宮さんが主宰する研究会は、今月27日の例会で159回目を数えるそうです。息の長い活動に全く頭が下がります。関心がある方は、ぜひ連絡を取ってご参加ください。

立命館大学朱雀キャンパスでお二人が出会ってご挨拶された折の記念写真を送って頂きました。東宮さんは「中野さんから話を聞きました。いろいろ縁が繋がるものですね。」とメールをくださいました。向かって右が東宮さんです。本当に縁は面白いものです。お二人さま、これからもどうぞ宜しくお付き合いくださいませ。

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