おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2020.01.21column

新聞記事から

先ほど19日付け新潟日報が届きました。この先計画している催しで講師をお願いしている映画・演劇研究家の村川 英・元城西国際大学教授から、「因幡純雄著『水島あやめの生涯』の書評を書いた」と教えて貰ったので、それが読みたいと思って、新聞社に連絡をしたところ、たまたま電話に出て下さった方が担当記者さんで、しかもその日が丁度掲載日。ということで、ご親切に送ってくださったのです。「にいがたの一冊」というコーナーで大きく載っていました。

勉強不足の私は、「水島あやめ」の名前を初めて知ったわけですが、本の副題に「日本初の女流脚本家・少女小説作家」とあるとおり、新潟出身の水島あやめは、長岡高等女学校から日本女子大学に進み、小笠原プロダクションでシナリオを学んだ後、女性で唯一人、松竹蒲田撮影所脚本部に正式に採用されました。島津保次郎、五所平之助、成瀬巳喜男、清水宏、斉藤寅次郎といった優れた監督たちの作品の原作や脚本を28本も書かれたそうです。松竹蒲田撮影所退社後は、児童小説家として活躍され、戦後の人気少女作家に。昨年はNHKの朝ドラで、女性アニメーション作家が主人公の「なつぞら」があったことだし、朝ドラの主人公に良いのではないかしら?

新潟日報は、初めて読みました。地域のことがたくさん載っていて、それもカラーをふんだんに用いていて、良い新聞だなぁと思いながら、ページを繰ると、18日、19日に実施されたばかりの大学入試センター試験問題と正解が載っていました。なんという良いタイミングか!!!と早速、国語の第2問を読みました。小説の一節で、随分と長い引用です。それが1948年に発表された原民喜さんの『翳』。

実はツイッターで「センター試験を終えて帰った娘、国語のお話が悲しかったとのこと、見せてもらうと原民喜だった。書庫から詩集と梯久美子さんの伝記を出して見せたら、受験終わったら読んでみようとのこと。あまり本を読まない子だが、なにか琴線に触れたようです。」とどなたかが18日に呟かれ、それを19日別のどなたかがリツィートして「センター試験で原民喜の文章に心動かされた人がいて、もし回答が誤っていることに悩んでいるなら、こう言いたい。君は、原さんの言葉を超えて、原さんの心にふれたから間違えたんだ。文字上では誤りでも、君は、意味の世界では『正解』以上のことを経験したんだ」とコメントされたのを目にして、私も心を動かされました。「いったいどんなお話だったんだろう」と思っていたところだったので、それが親切に送ってくださった新聞に載っていたから嬉しさ倍増です。

引用文章は「私は1944年の秋に妻を喪ったが、ごく少数の知己へ送った死亡通知のほかに、満州にいる魚芳へも端書を差出しておいた」から始まる一節で、12月8日に幻燈と映画を用いて、ブラジル移民と満州移民を促進する社会活動をしていた人物を取り上げて拙い発表をして以来、自分の目が「満州」の文字に直ぐ反応してしまうことに苦笑しながら読み進めました。この魚芳とある川瀬成吉は、新潟県出身の設定で、郷里から届いた父親からの手紙によると、成吉は病に罹り満州から新潟に戻って一週間後に亡くなっていたことがわかります。それは「私」の妻が亡くなる5ヵ月前のことでした。この感受性豊かな受験生のお嬢さんが、1点を争う大学入試で心動かされても、失敗していないと良いなぁと願います。

「満州」の文字繋がりで、今朝の京都新聞からも。京都市右京区にお住まいの89歳の太田垣幾也さんが、94歳になるお姉さんからお聞きした話を冊子にまとめられたのだそうです。タイトルは『満蒙開拓団~太田垣かじ子の場合~』です。兵庫県朝来市出身のかじ子さんは、朝来郷開拓団の一員として1945年春に満州国奉天市近郊の村に入植し、終戦後は八路軍の命令で従軍、翌年11月に帰国されたそうです。その時、一緒に従軍していた日本軍伍長さんの手記を預かっておられたそうで、幾也さんは、お姉さんからの聞き書きと、この手記を突き合わせて、まとめられたそうです。12月に開催した「戦争プロパガンダ展」期間中は、まだ子どもだったころに満州にいたことがある方から話をお聞きをすることもありました。かじ子さんの場合も知りたいと思って、幾也さんに電話しましたら、12月の催しのことをご存じで「行きたいと思っていた」と仰って下さいました。「早速郵送する」と言って下さったので、届くのを楽しみにしています。

記事の最後に載っているかじ子さんの言葉を紹介します。

【後日追記】

2月7日に太田垣幾也様から連絡があり、2月9日(日)15時20分から、KBS京都ラジオに太田垣さんが登場されて、この冊子の紹介をされるそうです。視聴可能な方は、ぜひお耳拝借で‼

「今、平和と選挙権の有り難さを強く感じる。当時の日本は、女性に選挙権がなかった。政治に携わる人を間違えると大変なことになるということを若い人に考えて欲しい」

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