おもちゃ映画ミュージアム
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2020.08.07column

講演会「成瀬映画の女優たち~成瀬映画の技法とデティール~」の振り返り

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6月3~28日に開催した「第四の巨匠 映画監督 成瀬巳喜男資料展」は、公益財団法人川喜多記念映画文化財団と日本映画史研究家の本地陽彦先生のお力添えで、無事に開催することが出来ました。多くのポスターやスチール写真、台本など貴重な品々をお借りし、お客様にも間近でご覧頂くことが出来ました。ここに篤く御礼を申し上げます。開催前に本地先生から「困難な状況下で果敢に新たなことに取り組む姿勢」を褒めて貰いましたが、本来なら、もっと大勢の人にご覧いただけただろうと思うと、新型コロナウイルスを恨めしく思います。

さて、その最終日28日13時半から、城西国際大学元教授で映画評論家の村川英先生においでいただき、講演会「成瀬映画の女優たち~成瀬映画の技法とデティール~」を開催しました。東京では成瀬巳喜男監督の作品はたいへん評価が高く、人気があり、昨年12月神保町シアターでの特集上映は満員だったそうです。関西が舞台になる作品は唯一『めし』(1951)ということもありますが、ひょっとしたら成瀬作品への関心は東高西低なのかも知れません。しかしながら、三密を防ぐため定員15名に絞っての講演会の参加希望者は続き、多くの方にお断りをせざるを得ませんでした。コロナ禍でさえなければ、大勢の人にも聴いて貰いたい内容でした。

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【講演内容から】

……なぜ、再び成瀬己喜男人気なのか? 彼の評価とも関わる話からします。 60年代世代は、大島渚監督が出てきたり、フランスではヌーベルバーグが出てきたりして、とにかく新しい時代、ニューウエーブと言うことで映画を捉えました。私達がそう思考するようになったのは、「言葉の時代」ですね。その前の世代である小津安二郎監督や成瀬監督は、言葉では、それほどインパクトがありませんでしたが、言葉に頼らない成瀬監督の作品に対して、プロの映画人はその映画技法に感服しました。

丁度、三百人劇場(東京都文京区)で成瀬特集をすることになり、千葉早智子さん(戦前のPCLを代表する女優さんで、成瀬監督の1935年『妻よ薔薇のやうに』で主演。本作はキネ旬1位になり、初めてアメリカで劇場公開された日本映画に。1937年成瀬監督と結婚しますが、後に別れます。琴の名手としてカーネギーホールでアメリカ大統領の前で演奏もしています)へのロングインタビューを頼まれました。千葉さんは当時70歳を超えておられましたが、とても綺麗な方で、成瀬監督の人柄や創作への姿勢について紹介することができました。この特集が成瀬ブームをもたらし、それをきっかけにいろんな人々が成瀬研究を始めました。海外でも、1983年のロカルノ国際映画祭での回顧上映が契機となって、シカゴ・フィルム・アーカイブでの特集、1987年の香港映画祭とインド映画祭などでも特集上映されたので、海外でも成瀬映画の評価が高まっていきました。

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成瀬監督は、自分の方法論をよく心得ていました。脚本を削りに削り、自分のものとして、1つのリズムを作り、自分の世界観を作り上げ、現場に来たときは全部自分の中で出来上がっていました。常連の俳優さんは、そういう彼の手法を理解していて、上手く演じました。それが他人には真似が出来ないプロとしての凄技で、それに対して非常に尊敬されていました。戦中戦後、特に戦後の混乱期の時代、これをやって下さいと言われたら、絶対それを拒否しませんでした。巨匠と呼ばれていた時代にも関わらず、ありとあらゆるものを求められるままに引き受け、会社にとっては良い監督さんでした。長い目で成瀬監督の仕事をみると、会社の要求通りにやった人なのですが、その中で自分の世界観を頑として譲らない人でもありました。そういう意味では、一般に「成瀬監督は自己主張せず、おとなしい人」と言われていますが、自分に腕がある、技術があるという自信もあったのでしょう。女性を描く監督としては第一人者で、女性映画の大家、名匠と言われた監督で、女優さんたちにも信頼された人でした。

 『流れる』(1956)は、日本映画女優史のようで、栗島すみ子さんから高峰秀子さんまで日本の女優を総ざらいした映画で、如何に「女性映画の巨匠だ」と言われているのかが分かります。この作品は、田中絹代さんが女中の役。幸田文さん原作で、実際に彼女が芸者置屋で取材した作品。芸者置屋の裏話も面白い。年増の人たちを主人公にしていて、東京の下町が良く出てきます。林芙美子さん原作『晩菊』(1954)も年増の人たちを主人公にしています。今も昔も若くて綺麗な女優さんは人気がありますが、年増の人ばかりが出てくる成瀬映画はユニークで、映画としてちゃんと見せていて、評価されました。

成瀬監督はドキュメンタリー・タッチが好きで、時代の中で変化するものを、どう表現しようかと考えました。役者をオブジェとして考えてもいて、自分は使いこなせるという自信があったのでしょう。『晩菊』の杉村春子さんが演ずるのは、かつて芸者だったが、今は金貸しと土地売買で暮らしている役。「お一人様」として生きていく女性達の世界をきちんと見つめて描いています。今、成瀬映画を観ると新鮮に感じます。例えば木下恵介監督の作品を見ていると、地方の因習的な世界の中で埋没し、反抗しても浮かばれない女性達を描くのですが、成瀬監督の場合はそういう大変なことがあっても、その中で「お一人様はお一人様で生きていきましょう」みたいなシングルの世界観があり、しかもそれが生活リアリズムに裏付けされている面白さがあります。そういう点が非常に評価されている理由でしょう。

成瀬映画スタッフの中古 智さんの美術は、どこから何処までセットで、どこから何処までがロケか分からないほど凄いです。東宝の美術の代表的人物だが、予算をかけていて、成瀬映画の魅力は、やはり中古さんの美術にもあります。今、成瀬映画は、本当に真打ち登場みたいに評価されているので、ぜひ皆さんにも観て貰いたいと思います。

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成瀬監督は、個人的にも行き届いた人で、先ず、時間を守る、予算を守る、スタッフのいろいろなことにも気に掛ける大人の監督だったと皆さんが言います。『青い山脈』シナリオライターの井手俊郎さんは「あれだけ自己顕示欲のなかった人はいない」と言っていますが、そういうところから信頼感が生まれていったと言えましょう。

(休憩タイムに、おもちゃ映画の映写体験を参加者の方にして貰い、「古い映画フィルムがあれば捨てないで、活かす方法がある」と説明したとき、村川先生から、かつて、長年現存しないと言われていた小津安二郎監督『和製喧嘩友達』(1929)の9.5ミリ版を新潟の宇賀山家の土蔵から発見したときのことを教えていただきました。神主さんが秋祭りの前座で見せていたもので、寄贈を受けた国立映画アーカイブとオランダで35ミリに修復。綺麗なフィルムだったので喜ばれたそうです)

原節子さんと聞けば小津監督の紀子さんのイメージがあると思いますが、成瀬監督の『驟雨』(1956)は、紀子さんではない原節子さんが観られるので紹介します。

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評価が益々高まっている『めし』は、原作が林芙美子さんの遺作。結論が出ないまま林さんが死去されたので、東宝がどうするか大もめにもめた作品です。非常に売れていた千葉泰樹監督が予定されていましたが病気になり、成瀬監督にお鉢が回ってきた作品で、皆が大反対して、署名活動までしたといいます。成瀬監督の方が千葉監督より格が上でしたが、それを引き受けました。

倦怠期の夫婦の話で関西が舞台。路地の描写が素晴らしい。シナリオの井手さんはこの夫婦を別れさせたかったのですが、共同シナリオの田中澄江さんに押し切られて、元の木阿弥になりました。普通の家庭の日常生活での人間関係が、普通の感覚で撮られていることは、映画としては数少ない。この作品の中で、あり得ないような人間関係をチラチラと見せて、従来の日本の家庭を描いた監督さんたちとはちょっと違う印象を与えます。日本の家庭を支える構造、理想などがどんどん変わってきていて、先が見えない時代になってきている中で、成瀬監督は、理想のテーマなどと大上段にかざさないで、人間が生きるすべを、現実を描いたときに、非常にリアリティを持って迫っているなぁと思えます。そこに成瀬作品が現代の価値観にも繋がるのじゃないかなと感じています。この作品が、成瀬監督戦後の回復作となりました。

この映画で、日本を代表する美男の上原謙さんと美女の原節子さんが、貧しい家庭の中にいると、作品を観た学生たちは「こんなに日本は貧しかったのですか?」と言うので、「そうよ、日本は戦争で何もかもなくして貧しかったのよ」と説明します。妻は、東京の実家に帰り、母親役の杉村春子さんが、娘が戻ってきた母親の心情とか、家庭の中の女性達の気持ちを非常にリアルに描いています。そういうことも、意識して見ると、とてもリアリティを持って面白いなぁと感じます。

成瀬監督がよく言われるのは「目線の返し」。目線で物語を繋げていって、それを手法にしていきました。だから、目線の強い役者さんの方を好みました。そういったことを一つ一つみていくと、成瀬手法が分かってきます。

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成瀬監督、高峰秀子さんにとっても、『浮雲』(1955)が代表作に挙げられます。小津監督も黒沢監督も、「これで成瀬さんは、次の作品を作れなくなるのじゃないか」と言うほど、完成度が高くて、インパクトを与えた作品です。映画は、時代が生み出すものという要素が強いと言えます。原作は林芙美子さんですが、敗戦後の日本人の虚脱した心情、とりわけ男性で、森雅之さんが戦後どうやって生きていったら良いか分からない人間の心情を演じ、あの時代が生んだ傑作ではないかと思います。

成瀬監督自身は、「これは僕の作品ではない」と何度も言っています。非常にねちっこい作品で、脚本は水木洋子さん。成瀬監督と結構やり合った作品で、ねちっこさは水木さんの持つ要素ではないかと思います。生活感溢れる描写で、ドキュメンタリー的な表現を、成瀬監督は得意としました。この作品の冒頭もそうで、そういう描写を観て欲しい。延々と男と女の死を掛けた最後の葛藤に繋がる映画ですが、ゆき子の最後の表情に溝口健二監督の貶められた女達が、最後は聖なる女としてみられていくような神話的なものも感じます。富岡を演じる森雅之さんは「高峰さんばかり褒められるので、僕は俳優をやめようかと思う」と言っていたそうですが、彼の演技は、世界でもピカイチだったと思います。

成瀬作品は、いろいろバラエティがあって、非常に職人的なうまさと、芸術家的な揺るがせにしない作り方が、非常に評価されているのだと思います。女性の生き方が、これからどのように変わっていくのか、その中で成瀬映画はどのように評価されるのかということを考えます。『めし』みたいに家庭を描いても、結局最後は元に戻る映画もありますが、成瀬映画の人物は「何とか生きています」というような強さを感じます。今家庭を描く映画で、時代を象徴するような作品が出てくれば非常に面白いんじゃないかと思います。成瀬映画は非常に現代のリアリティを感じさせる要素があるので、今後、男性の生き方、女性の生き方がどういう風に変わっていくか考えながら、ドラマを見るのも面白いんじゃないかと思います。

私が勤めていた城西国際大学では、女性学を大事にしているので、以前「成瀬巳喜男生誕100年記念シンポジウム」を企画しました。「Me Too」運動以前から大きな運動であった「ウーマンリブからフェミニズムへ」は、女性達が家庭の中で埋没していくのではなく、もっと自由に性的役割分担を逃れて、という運動でした。田中絹代さんが映画監督として非常に評価されて、1972年ロンドンで第1回国際女性映画祭が催されたときに、田中絹代さん監督の千利休の娘を描いた『お吟さま』(1962)を、当地で観ました。日本映画の女性の生き方や描き方に興味があります。男と女の関係、あるいは家庭の中で、女性はどのように変わってゆくのか、成瀬映画は「Me Too」の時代、これからどのように見られてゆくか、関心を持っています。

成瀬映画の手法(デティール)について、『山の音』(1954)の中で父親役を演じている山村聡さんが、彼は自身も監督を6作品ほどしていて、監督としての立場から成瀬映画のことを上手く説明しています。「画は目線で繋げていく。小津さんの湯飲み茶碗を『鎌倉へ15度』のように細かいことをやっていてもしょうがない」と話していました。成瀬映画を観るときに、路地裏の人間模様を見て欲しい。そこには成瀬監督が考えている映画の要素や素材の面白さが非常に良く出ています。成瀬さんの映画で、言葉で説得するものはないですが、例えば、動作の中でリズムを作り出すのが非常にうまい。何気ない映像の中でもリズムというものが非常にクッキリ出ています。それは成瀬映画の魅力の一つではないかと思います。

ここで感じたことを映画で見ていただいて、成瀬さんの要素を発見していただければと思っています。……

【参加いただいた方からの感想】

『めし』の中北千栄子が子どもを連れてくるシーンは名シーンだと思う。成瀬作品は、佐野周二、森雅之、上原謙と皆良い男で、全て違う相手役だが、女優を引き立てている。目線のことは、新しい発見でした。(藤村様)

成瀬監督のイベントは、特集上映も含め関西では少ないようですので、村川先生の貴重なお話を聞くことができて、大変嬉しかったです。個人的に興味深かったのは、千葉早智子さんのロングインタビューの話でした。成瀬作品はどちらかというと、戦後のものが取り上げられることが多く、戦前のものはあまり振り返られません。戦前の作品で中心的な役割を果たし、結婚もされていた千葉さんは、どのような人だったのだろうかと以前から、興味を持っていたからであります。これからも、成瀬監督を始め、取り上げにくいテーマのイベントを開いていただけるとありがたいです。(畠山様)

先ずはこのご時世の中で様々な制限があろうところ、このような貴重な講演会を開催して頂き、一参加者として感謝申し上げます。今回の講演会は成瀬巳喜男監督についてということでしたが、恥ずかしながら自分は監督の作品は『女が階段を上がる時』を視聴したのみでした。しかしながら、同作品における高峰秀子演じる女主人公の社会で生きる上で受ける苦しみ、それを抱えつつもたくましく生きていこうとする姿勢が印象に残る作品でした。今回の村川先生の講演により、そういった自分が作品に覚えた感情が、より詳細に言語化していただいたことが自分にとって一番の収穫でした。やはりスペシャリストの方のご講演などは、自分が作品に対して確かに覚えた、しかし上手く言葉にできない、こういったもどかしさを解消してくれる爽快な場でもあるのだと認識いたしました。レンタルやスクリーミングの媒体にはなりますが、成瀬監督の作品をこれからじっくりと楽しんでいきたいと思いました。貴重な機会を設けて頂き、重ねて感謝申し上げます。(川村様)

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