おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2021.01.31column

弁士・片岡一郎コレクション展の第1期から

昨日は、人気活動写真弁士の大森くみこさんが開催中の弁士・片岡一郎コレクション展「活動写真弁士の世界ー日本映画興行の始まり-」を見に来て下さいました。「正ちゃん帽」姿の大森さんが可愛らしいので、暫し「正ちゃん」談義。NHK朝ドラの第6週京都編「楽しい冒険つづけよう」で主人公の千代が劇で正ちゃんを演じていたので、「正ちゃん」の認知度も上がったことでしょう。

これは、常設展示している掌サイズの昔の読み物。画は椛島勝一。右も人気があった麻生豊の「ノンキナトウサン」。27日に寄贈頂いたおもちゃ映画の中に『のんきな父さん 夢  魚つりの巻』がありました。正ちゃんもノンキナトウサンも誕生したのは1923(大正12)年のことで、誕生月は正ちゃんの方が早いです。

大きくてカラフルなので、一際目を惹く「子供活動双六」。博文館が大正16年に発行した『少年少女譚海』の新年号付録。

「最新封切映画双六」は、描かれている映画の題から1927(昭和2)年~1930(昭和3)年頃かと推測されてます。第2期にも別の双六が登場しますので、それもお楽しみになさって下さい。大森さんは「この双六を現役弁士でやってみたい」と思ったそうです。最盛期には7600人おられた活動写真弁士は、今や10人余りに。

メンコは20枚を展示。阪東妻三郎や河部五郎、それに帝キネ時代に大活躍して人気があった市川百々助のメンコも多いです。昭和の初めの頃、子ども達が夢中になって遊びに興じていたことでしょう。

「連鎖劇」と書かれたチラシがいくつもあります。これはその1枚で、木村栄助という興行師が巡業を行っていたときのもの。「憂国の志士『甘粕大尉劇』」が興味深いです。この演目から片岡さんは、1923(大正12)年以降と推測されています。

「連鎖劇とは舞台劇と活動写真を交互に上演し、会話主体の部分は役者が舞台上で演じ、アクションの多い視覚的興奮が求められる場面では活動写真が写される、という演劇と活動写真の両方を利用した興行形態のことである」と片岡さんの本『活動写真弁史』の207頁に。大森さんは、これらの展示を見ながら「思った以上に連鎖劇が盛んだったことが分かります」と感想を述べていました。「ユニバース電気光線応用」「ドロップ式背景連鎖」の文言が目を惹きますね。

『新演芸』第1巻第3号に載った上田布袋軒(1849-没年不詳)の写真とインタビューに応じた記事。彼は日本で最初の職業弁士として知られています。

本体に備え付けられた覗き眼鏡から動画を鑑賞するエジソン社開発の「キネトスコープ」が、1896(明治29)年11月25日に神戸の神港倶楽部に於て日本初公開されました。

これは2015年8月31日六甲オルゴールミュージアムに行ったとき、館長室で公開されていたキネトスコープ。そのフィルム装填が誤っていたので、連れ合いが直した時のもの。キネトスコープは、上の覗き穴から一人ずつしか見ることができなかったのですが、写真が動いて見える珍しさで29日までの興行予定が12月1日まで延長されました。

その興行が行われた当時の神港倶楽部の写真を、いつもお世話になっている本地陽彦先生が昨年発見されて、5月24日付け神戸新聞に大きく掲載されました。「日本で映画が始まった場所を撮影した極めて鮮明なオリジナル写真で、研究者が長年探し求めてきた一級資料といえる」とコメントを寄せておられます。

さて、神港倶楽部に続いて大阪の南地演舞場で口上、つまり弁士を務めたのが先の上田布袋軒でした。

これらの興行主は、神戸で銃砲店を営んでいた高橋信治で、その店が確かにあった場所が広告から確認できます。

絵葉書でいえば、「浅草公園第六区」の賑わいが圧巻ですね。

動員数で話題を集めたアニメ『鬼滅の刃』でこの画像が使われたそうです。

こちらは「大京都」と呼ばれた時代の新京極。絵葉書には「歓楽境街にして日夜雑踏を極むる新京極の盛況」と書いてあります。右手に「キネマ倶楽部」と看板が上がった映画館が写っています。新京極には多くの映画館や芝居小屋がありました。

大阪の千日前の賑わい。「活動大写真」と看板が上がっている映画館に「元禄快挙録女忠臣蔵」の幟が揚がっています。本地先生にお尋ねしたところ、歌舞伎で今も使われている勘亭流の文字だそうです。服装から判断すると冬の装いではありませんね。なんとなく「忠臣蔵」は討ち入りがあった12月14日(旧暦なので、今で言えば1月の下旬)頃に観る風物詩のように考えていましたが、そのようになったのは、戦後もかなり経ってからのことだろうと本地先生。それまでは季節と全く関係なしに、年中公開されていたそうです。もう1枚展示していた千日前の楽天地の絵葉書は前回ブログで載せました。

そして「神戸の歓楽境新開地の雑踏」。東亜キネマの看板が見えますが、同じような館が連なっています。お正月に本地先生から頂戴したメールに

……昔から、例えば「猿若三座」といった劇場街、映画の時代になっても「浅草六区映画街」、「日比谷映画街」、「川崎蒲田映画街」、というように、劇場、映画館が軒を並べることで競い合い、また賑わいを演出してきました。そして、映画も、戦前から「週替わり」というプログラムで次々と新作を提供して、1日の上映も時間の空白を無いように繰り返し何回も上映し、勿論「休館」などはありませんでした。
つまり、文化は「密」こそが、最も大切なもので、興行に携わる誰もがそれを意識したものだったのです。……

とありました。新型コロナウイルス感染拡大で、この「密」を避けるようしきりと言われています。そういう意味で、今まさに文化が危機に直面しています。この片岡さんの貴重な資料展は、もっと多くの人に観に来てもらいたいのですが、緊急事態宣言が再発令されている最中ですので、仕方がないとはいえ惜しいです。2月3日から第2期「活動写真弁士の黄金時代」を始めるべく、準備しています。安全に気を付けながら、観に来ていただけたら嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

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