おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2026.09.23column

9月25日~10月31日パリ日本文化会館で「伊藤大輔監督特集―時代劇の美学と反逆」開催‼

昨日受け取ったばかりの素敵なポスターです。早速B2判に印刷して掲示しました。9月25日~10月31日、フランスのパリ日本文化会館で「伊藤大輔監督特集—時代劇の美学と反逆」が開催されます。

今年6月のボローニャ復元映画祭(チネマ・リトロヴァート映画祭)で伊藤監督の特集「影と鋼:伊藤大輔の映画」があり、その時も今回同様に当館は『血煙高田馬場』で協力させて頂きました。いずれもキュレーターを務められたお一人、ヨハン・ノードストローム先生からの連絡で実現しました。復元映画祭の時の文章を紹介しますと、

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このレトロスペクティブ(特集上映)は、半世紀近くに及ぶ監督キャリアを誇る伊藤大輔の素晴らしい業績を辿るものです。

映画史家にとって伊藤の威名は、無声映画時代における侍映画(時代劇)への革新的な貢献と結びついています。初期の日本映画に見られた演劇的な約束事を打破した彼は、巧みな素早い編集と大胆なカメラワークを縦横無尽に駆使し、優雅なアクションシーンを構築すると同時に、鋭い社会批判を展開しました。

しかしながら、彼の戦後の作品群は未だに正当な評価を受けているとは言えません。日本を代表する名優たちとタッグを組み、伊藤は戦場から演劇、そして将棋の世界に至るまで幅広い題材を手掛けました。無声映画時代の視覚的豊かさを彷彿とさせる様式美に満ちたチャンバラ(痛快な活劇)から、より厳格で厳粛な時代劇、さらには繊細な心理描写を描く人間ドラマに至るまで、多種多様な傑作を生み出しました。

本特集のひとつのセクションでは、現存する無声映画と残存する断片(フラグメント)作品を一堂に集めています。これらは「柳井イニシアティブ(Yanai Initiative for Globalizing Japanese Humanities)」の支援により、日本のミュージシャンによる伴奏と、活動弁士(benshi)による生語り(生解説)付きで上映されます。

これらに加え、伊藤の戦後最高傑作の数々が高品質な35mmフィルムで上映されます。その一部は、国立映画アーカイブ(NFAJ)がオリジナルの硝酸塩フィルム(ニトロベースフィルム)から復元したものです。

企画・キュレーション:アレキサンダー・ジャコビー(Alexander Jacoby)、ヨハン・ノルドストロム(Johan Nordström)

協力:国際交流基金(The Japan Foundation)、国立映画アーカイブ(NFAJ – National Film Archive of Japan)

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とあります。 フランスのパリ日本文化会館での上映もボローニャ復元映画祭、柳井イニシアティブの協力で、キュレーションを担当されたお二人の名前に続き、上映素材借用先として国立映画アーカイブ(NFAJ)、国際交流基金フィルムライブラリー(JFFL)、そして当館の名前もクレジットされています。活用していただき、優れた日本映画の一作品として広くご覧いただけることを嬉しく思います。

当館の『血煙高田馬場』(1928年)は、『長恨』(1926年)、『斬人斬馬剣』(1929年)と共に10月2日17時、片岡一郎さんの活弁と星野紗月さんのピアノ演奏付きで上映されます。なお、同じパリにあるシネマテーク・フランセーズでは、10月14日~11月26日、一大回顧展「加藤泰監督特集」が開催されます。ウェブページはこちらです:https://www.cinematheque.fr/cycle/tai-kato-1622.html

冒頭に揚げたポスターの映画は『下郎の首』(1955年)の一場面。下郎訥平役の田崎潤とお市役の嵯峨三智子。京都文化博物館でも「伊藤大輔監督特集」が8月11日~9月3日に組まれていて、8月26日に観に行ってきました。文博の短い紹介文には「浪人に殺された父・新兵衛の仇を討つため、結城新太郎と奴の訥平はわずかな手がかりを頼りに旅に出る…」。

二日後、私がfacebookに書いたことは以下の通り。

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26日文博で伊藤大輔監督『下郎の首』(1955年)を観ました。ひょんなことから主人の敵討ち相手をやっつけてしまった忠義な下僕(奴さん)。その彼が逆に敵討ち相手にされますが、事情が分かっていない下僕は主人から届けるように言われた手紙を持って指定された河原に行きます。そこで読み上げられた手紙には、主人は下僕と絶縁したから好きに処分してもいいと書いてありました。下僕は字が読めないので、それが信じられず果し合いを見に来た人に手紙に何と書いてあるのか読んでくれと頼みます。で、保身に走った主人に裏切られたことを知った彼は必死に抵抗しますが、相手方は武士8人。追い詰められて惨殺されます。良心の呵責に苛まれた主人は河原へ戻りますが、時すでに遅し。相手方から「自分が助かりたいからって家臣の命を投げ出したヘタレ野郎だ」と罵声を浴びせられます。こんな上司、残念ですが今でもいますよね。下僕を演じた田崎潤の演技が良かったです。余談ですが、この映画で戦前のシュールなアニメーション『茶目子の一日』で登場する「いざり」がどういう人なのかがわかりました。『下郎の首』は最初と最後に映画が作られた当時の電車が、惨劇を繰り広げた河原を走り去るシーンがあります。河原に佇むお地蔵様だけが全てを見ていたという作りです。

映画『祇園祭』(1968年)も当初は伊藤大輔監督のシナリオからスタートしました。紆余曲折があって監督も脚本家もプロデューサーも変更になりましたが、伊藤監督は冒頭とラストに現代の山鉾巡行を映そうとされていたことから、その雛形が『下郎の首』なのかもしれないと思いながら観ました。文博2階の展示場には伊藤大輔監督のコーナーがあり、映画『祇園祭』の5種類のシナリオやスチール写真などが展示されていました。
 
今年6月のイタリアボローニャ復元映画祭で伊藤大輔監督特集があり、10月にフランスの国際交流会館パリ日本文化会館でも特集上映があります。当館関係では大河内傳次郎主演『血煙髙田馬場』が上映されます。時代劇映画を革新した伊藤大輔監督への関心が今後どんどん世界中に広まることを期待しています。
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ちなみに、伊藤監督の映画『祇園祭』の赤い表紙の脚本の前書きに「千年の古都と親しみ呼ばれる此の都会が、過去の歴史の間に幾度戦火に見舞われて焦土と化し、幾度その死灰の中から不死鳥の如くに蘇ったか。しかも、その復興は、常にこの都の住民たる市民みづからの力によって行われ、連綿今日にまでその精神と実績を受けつがれてきたのであるという事実を果たして京都市民の、そうして日本人の何人が知っているであろうか?此の映画は、そうした歴史の真相を「祇園祭」という史実に基づく素材に托して物語ろうとするものである」と書いています。
 
2021年7月17日に「伊藤大輔が目指した映画『祇園祭』」の演題で発表して下さった滋賀県立大学京樂真帆子教授が当日配布された資料によりますと、伊藤監督の構想では、映画のプロローグは
〇現代の山鉾巡幸の実況 その描写の上に、次々とクレジット・タイトルを重ねる。
※最後のシーン (主人公)新吉が死んでも巡行は止まらず・・・
〇ゆらめき進む鉾頭の長刀
〇その同じ鉾頭の長刀が、今、大京都市の現代風景の中を東山に向かって、林立するビルの空を載って進む。四百年前の昔ながらの姿で、昔ながらの勝利の喜びを籠めて、昔ながらの庶民の願いを籠めて-(完)
となっていたそうです。

『下郎の首』と伊藤監督最初の『祇園祭』の構成との共通点を思ったのですが、それ以上のことは今現在私はわかっていません。何か手掛かりがないかと思って、戦前の映画資料収集から映画史を調査研究しておられる三品ゆきひろさんに、お尋ねしましたところ、有難いことに三品さんは、国立映画アーカイブの図書室に行って調べて下さいました。直接私の関心事についての情報はなかったのですが、伊藤監督は『下郎の首』(新東宝)より先の1927(昭和2)年10月14日に『下郎』(日活太秦)として公開していて、『下郎の首』はそのセルフリメイク版だったことを知りました。以下は、三品さんから。
 
 
 
 

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