おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2017.01.06column

「玩具映画博物館」の看板を書いていただきました

京都南座顔見世興行のまねきを書いておられる井上優さんについては、以前も紹介しました。11月27日に板の整い方が完全でなかったため仕切り直しになりましたが、12月10日午後再度来館いただいて、スラリと約20分程度で完成しました。

江戸時代、歌舞伎役者は1年契約で、その新しい年の顔触れを披露するのが顔見世で、最も重要な年中行事でした。もっと早くに井上さんが書いてくださった看板を紹介すべきでしたが、当法人発足から3年目をスタートしたお正月にこそふさわしいと思い、その立派な看板を顔見世します。

dsc08781「おもちゃ映画ミュージアム」では、文字が小さくなること、また「まねき文字」の良さを生かすために「玩具映画博物館」と書いていただきました。手際よく7文字の枠を線引き後、「まねき書き」のために用意された 墨の残りを用いて一気に「玩」の文字から。

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見ているこちらの方が緊張して無意識に息を止めていましたが、「我慢せんと、息してや」と書いている井上さんから声をかけられ。おしゃべりしながらも、井上さんの筆は止まらず。 

11月27日の後、義兄が鉋をかけてくれ、その後、砥の粉で磨きました。木目の美しさが生えるようにと、砥の粉に墨を混ぜました。それらの効果があったようで、今回は墨が綺麗にのりました。国産の欅(けやき)材だそうです。

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書道ではなく、デザインとしての文字。全体を見ながら手を入れて完成へ。まねき文字は大入り満員になるよう四角い升一杯に書きます。「画」や「館」の文字が面白いです。

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裏に小筆で、揮毫いただいた日を書いていただきました。鉋をかけていない面です。

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表面右下に「玉清(ぎょくせい)」の号を。初めて井上さんの号を知りました。お父さんは、振り袖など着物全般の図案家で、「玉悦(ぎょくえつ)」という号だったそうです。そして、看板をかいていた「タケマツ画房」創始者で、井上さんの師匠だった竹田猪八郎さんの号は「耕清(こうせい)」でした。お二人の号から1字ずつとったのが「玉清」なのですね。井上さんは「物心ついたときから、筆を持っていた。誰も図案家にならなかったので、父親の供養になると思って『玉』の字を選んだ」と話してくださいました。

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そして、帽子を脱いでから、落款押印。この落款は毎年「まねき」を書いておられる本山妙傳寺内塔頭の一つで玉樹院住職の石本さまが作って下さったものだそうです。ありがたいことに、井上さんがこの落款を押されるのは、「ここぞ!」という場合だけだそうです。にこやかに「『苔むすまで』掲げて欲しい」と言われたのが励みにも、プレッシャーにも。頑張らないといけません。

南座の「まねき」だけでなく、井上さんは京都の青龍殿にも揮毫されています。京都市東山区粟田口に位置する天台宗の門跡寺院・青蓮院の飛地境内が東山の将軍塚にあり、そこに、元は北野天満宮前にあった「平安道場」を青蓮院が京都府から譲り受け、移築再建されました。

2014年10月4日の青龍殿落慶に際し、御門主から依頼されて、井上さんがたくさんの祈願札を揮毫されました。その時の写真です。

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OLYMPUS DIGITAL CAMERAよく見ると、「身体健全 森光子」と書かれた祈願札もあります。女優の森光子さんではないかと思います。移築再建まで10年以上かかったそうですから、2012年に亡くなられる前に祈願されたのかもしれませんね。

ネットでみると、大舞台からの眺めは絶景で、その舞台は有名な清水の舞台の約4.6倍もあるそうです。桜が綺麗な時期に、ぜひ訪れてみたいです。

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完成した看板。結構分厚く、重たい板なので、屋根に上げるのは慎重にしなければなりません。今撮影に入っている美術の教え子の手が空いたら、暖かい時期に上げようと思っています。それまでは、館内に飾っていますので、どうぞ間近でご覧になってください。

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 昨年の南座顔見世興行の「まねき」だけでなく、この口上も、井上さんが書かれたのだそうです。1行書いて、ドライヤーをあて、2行目を書き、ドライヤーをあて、を繰り返し、翌日は赤でルビを打って仕上げます。こうした優れた仕事をされている方に、ミュージアムの看板を書いていただけた幸せに、感無量です。立派な看板に恥じないように、3年目スタートです‼

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