おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2026.02.26column

12月のアニメーション関係イベントの振り返り~初期映像装置Part4キノーラ発表など

「初期映像装置を再生してみよう!Part4 」は、12月21日午後に行いました。この直前の19日からイラストレーター、マンガ家、アニメーション作家、絵本作家と幅広く活躍されている古川タク先生の展覧会を開催。毎年“カフェギャラリーフク和ウチ”で「ヒトコトマンガカレンダー展」をされていたのですが、ギャラリーが移転されると耳にし、「それじゃ、おもちゃ映画ミュージアムでしませんか?」とお声がけしたのがきっかけです。幸いにも引き受けてくださいましたので、「どうせやるなら」と、しばらくアニメーション関係の催しをしていなかったこともあり、以下のようにアニメ―ション関係の催しをかためて企画しました。

11月16日については、前回ブログで振り返りましたし、12月19日~1月12日の「古川タク 映像おもちゃふたたび 展」と12月21日の「初期映像装置を再生してみよう!~Part4 “キノーラ”」については、こちらでご案内しました。また、12月20日の東京藝術大学大学院教授伊藤有壱先生のトークイベントにつきましても、こちらで書いています。

12月20日の伊藤先生の発表は申し込みが相次いで、申し訳なくもお断りする盛況ぶりでした。遠方からもお越し頂き、誠にありがとうございました。

発表タイトルは「世界のストップモーション アニメーション視察紀行~LAからチェコまで8か国! “ニャッキ”作家 伊藤有壱によるコマ撮りツアー報告~」ということで、丁度1年前の12月に視察旅行を終えられたばかりのホットな話題を報告して頂きました。

少しでも学びを活かそうと、示して下さるPWの画像をスマホで記録する人々が続出。大変熱心な発表会となりました。

この日参加してくださったイギリスの国立ダラム大学のDario LOLLI先生から、つい先日連絡があり、3月29日東京藝大馬車道校舎で新潟大学アジア連携研究センター主催でアニメについてのシンポジウム(無料、要予約)が開催され、 LOLLI先生も発表されるのだとか。色々繋がって面白いですね。記念写真伊藤先生の隣の箱にはコマ撮りアニメションで用いられたニャッキがいっぱい。ニャッキは1995年に誕生したので、この日はニャッキ30年のANNIVERSARYということで、先生から特別にニャッキグッズをそれぞれプレゼントして頂きました💗

この後、1階の和室で移転後初めての歓談会の場を設けました。ASIFA-JAPAN理事としても活躍されている伊藤先生の右隣が同じく理事で大阪芸術大学教授福本隆司先生、その右隣がASIFA-JAPAN理事長で京都芸術大学教授の大西宏志先生。他にもアニメーション関係の人々がたくさんお集まりくださいました。この後の打ち上げも楽しい宴でした。福本先生には、移転前に旧町家を点群カメラで撮影して頂いたデータの活用、故・秋山好正さんが広島国際アニメーションフェスティバル会場周辺で世界中の人々に描いてもらった驚き盤(フェナキスティスコープ)のアーカイブなどに取り組んでもらえるようで、大いに期待しています。

さて、12月21日13時半、予定通り「初期映像装置を再生してみよう!~Part4“キノーラ”」をしました。この催しは全国科学博物館振興財団助成事業として開催しました。第一部は完成したばかりの“キノーラ”のお披露目。制作をしてくださったのは、日本映像学会映像玩具の科学研究会主宰で昨年10月から東京藝術大学大学院映像研究科特任研究員の橋本典久さん。第二部は開催中の古川タク先生と橋本さんのトークイベント。最後に古川先生自身によるギャラリートークと盛沢山な内容で、全国各地からお越しくださった皆さんと楽しく充実した時間を共有しました。

前回のPart3を終えた橋本さんは11月21日に古川先生の事務所を訪れ、キノーラのリールにする30秒ぐらいの映像を撮影。内容は二人で相談され、古川先生が扮する謎のおじさんが地球儀の上にトコトコ(古川コレクションのひとつ)をのせる不思議な実験。

撮影した映像をプリントアウトして卓上裁断機でカット。それに1つ孔パンチで穴をあけ、3Dのキャドソフトで作った爪でそれらを挟み、製本するように背中に糊を付けて固めます。40回転で1周する規格のギアを買ったそうです。

レンズは2倍の角型ルーペが購入できず、3倍の角型レンズを使ったので2枚組み合わせることができなかったのが惜しかったです。2枚組み合わせならもっと見え方が異なっていたことでしょう。タイトルは下掲写真の通り「タク博士の奇妙な実験」。

作品のアイデアは、2017年に作られた『コールでメリエスを』から。

『コールでメリエスを』は、 “アニメーションの始まり”エミール・コールのスタイルを借りて、 “映画の始まり”ジョルジュ・メリエスの『月世界旅行』をモチーフにアニメーションにし、

それをパラパラマンガにして、怪しいおじさんが操演する実写作品。今回の展示でも、後述する“Paper Films”の動画を繋いだ作品集の冒頭でご覧いただきました。

再生できたばかりのキノーラで『タク博士の奇妙な実験』を最初にご覧になる古川先生。この時、「古川さんは、永遠にこのキノーラの中で生き続けます」と橋本さんが仰ったのは、次のスライド宣伝文句の赤字部分の引用でした。

キノーラはフランスのリュミエール兄弟が考え、ゴーモン社が1900年に製造した初期映像装置の一つです。それに先駆けてリュミエール兄弟は1895年にシネマトグラフを発明し、ほぼ同時期の1896年にキノーラの特許も申請します。投影機のシネマトグラフが興行的に成功するかは不明だったので、先行していたエジソンのキネマトスコープのような個人用として楽しめるものとして製作、保険としての要素があったようです。①アーク灯など強力な光源が不要。②フィルムではなく写真を使うので安全。③安価に製造可能という点などがアピールポイント。

リュミエール兄弟はシネマトグラフの目途がたったので、キノーラの特許を放棄して、シネマトグラフに注力します。ブリティッシュ・ミュートスコープ&バイオグラフ社がイギリスで販売してヒット商品になります。1902年頃のこと。映画の流行でミュートスコープは中産階級に販路拡大を狙い、シンプルな手回しタイプから、豪華な家具調の電動タイプまでいろいろなラインナップで展開していきます。

1908年キノーラリミティドが設立され、カメラとフィルムを装填したものを販売し、ユーザーはカメラごと現像に出す使い捨てカメラのコダックと同じやり方を展開します。自分で撮った映像をキノーラで繰り返して見ることができるので、先ほどのうたい文句「キノーラの中で生き続ける」になるのでした。けれども1914年キノーラ社が火事で焼失して、2社にまたがって12年ぐらいしか会社は存続できませんでした。リュミエール兄弟がシネマトグラフで初披露した10作品のうちの3本ぐらいがキノーラのリールとして作られていたようです。国内に目を転じると、1912年の三越のカタログに輸入販売していたキノーラが載っていて、その広告には「卓上活動写真」の文字があり、現在大阪大学准教授の福島加奈子さんが2016年11月16日日本映画学会で発表された「『少年少女』の広告による家庭用映像機器の変遷-幻燈から活動写真へ」によれば、「1円半~7円半という比較的高価」だったことから、この広告はキノーラに対する記述ではないかとみておられます。

キノーラのお披露目を終えて第一部を終了し、休憩時間にキノーラはもとより、オンブロチネマ、ミュートスコープなど再生できた初期映像装置を体験しつつ、古川先生の作品も見学してもらいました。上掲写真はAIがオンブロチネマの額絵に私ども夫婦を用いたデザインだそうです。真ん中にいるから、これでは邪魔なだけ💦

左奥に伊藤有壱先生、手前で出来立てのキノーラを体験されているのが、東京造形大学名誉教授木船徳光先生、奥様の東京工芸大学名誉教授木船園子先生と一緒にご参加いただきました。右手前でオンブロチネマをみておられるのが黒澤淳一様、この日が初対面でしたが、ひょっとしたら3月に再会できるかも。

第2部のトークテーマは「映像おもちゃは回り続ける!やっぱり面白い‼」。古川先生の展示は、いろいろな“回り続ける”おもちゃの面白さをふんだんに紹介して頂いた内容でした。そのきっかけになったのが、メディアアーティスト岩井俊雄さんが2024年に古川先生にプレゼントされたガチャパラ試作品2個。

受け取った当初は白紙だったので「こりゃ、もう描かざるをえないじゃないか!」と描いているうちに、50年前映像玩具に夢中だった時期に繋がったのだそうです。写真はそのうちのひとつ。ツマミを回すとくるくる回って王様が動いて見えます。その時、こすれたような音が微かにして、岩井さんが最初からこの音も計算されていたのかはわかりませんが、キュンとくる音なのです💗

その岩井さんが、今回の展覧会チラシに赤い帽子の小人を描いたフェナキスティスコープ(18分割)が載っているのを御覧になって、2003年古川先生が“六感の森アートプロジェクト”用に作られたフェナキスティスコープ作品データが手元にあることを思い出されて、PCで動画として楽しめるよう音も付けたバージョンを送ってくださいました。下掲写真はその作品を古川先生が解説されている様子。

古川先生自身20年ぶりにご覧になったそう。様々なバリエーションがあって、そのどれもが古川先生らしい優しさとユーモアにあふれていて楽しい作品ばかり。「若かったから細かく描けている」と先生。因みに1975年6月、古川先生が試行錯誤しながら作った“驚き盤”はアヌシー国際アニメーション映画祭審査員特別賞を受賞。

これ以降 、木船先生が書いておられるように、日本では “驚き盤”といえばフェナキスティスコープを指すイメージが広がっていきましたが、これに先立つ1974年8~9月放送NHKみんなのうた「ながいなさんとはやいなさん」の間奏中に“驚き盤”(フェナキスティスコープ)が動くアニメーションを作っておられました。実はこれが最初なのだそうです。

当館が目下「紙フィルム」で世界的に注目して下さっていることもあり、 2005年ギャラリーでの展示用に作られた“Paper Films”というトレーシングペーパーに7~8コマ、12コマぐらいを描いた作品の原画もたくさん展示してくださいました。色鉛筆で塗られた作品で、ギャラリーでは作品を壁に展示されましたが、その時にループで楽しめる映像にされたものを、今回の展示でも常時鑑賞できるようにしました。このトークイベント後に、写真左の長机の上に、 “Paper Films”原画を並べました(下掲写真)。間近で拝見できる貴重な機会でした。

その映像の一つが、こちら。

昨年10月、紙フィルムの上映でイタリアへ行った折り、水の都“ベネツィア”へ行ったこともあり、個人的にはこの“Paper Film”が好き。12コマぐらいの作品です。

チラシにも載せたアナモルアニメーション「土俵入り、天使と悪魔」。1980年代、久里洋二先生との二人展の折に描かれた「土俵入り」に加え、2025年東京都写真美術館企画展示の折に新たに制作された「天使と悪魔」。32インチのモニターの真ん中に置いた円柱に映るアニメーションを楽しみます。「肉眼で歪みを想定しながらエイヤッで動画を描いたPCなしの手作り版」と先生。

こちらは、今回新たに数量限定でミュージアムグッズ用に作ったプラクシノスコーです。昨年2月まで挑戦していたクラウドファンディングでは、1976年個展の時に描かれた「火星人の望遠鏡とビクターの犬」と無地のリールを付け、35㎜フィルム缶に収納できる作品を用意しました。欲張って彩色画リールも欲しいと依頼して、新たに5作品を描いてもらいました。写真は合計7本のリールを納めたプラクシノスコープです。展示では、これらの原画もご覧いただきました。他にも当館所蔵ポストカード・プロジェクター用に絵葉書を沢山ご持参いただき、投影してご覧頂いたり、2017年国産アニメ誕生100年を記念して35㎜フィルムにカリグラフしていただいた『なまくら力 忍者編』も手回し映写機でご覧いただきました。この作品は、国産アニメーションで残存最古の『なまくら刀』へのオマージュとして描いてくださいました。

正月休みの間に、『タク博士の奇妙な実験』がより見えやすくするため『キノーラ』にレンズフードを手作りしました。木で枠を作り、何度も漆を重ね塗りました。

同時に、2024年12月から展示に加わった“ミュートスコープ”のリールの隙間が気になっていたのも、カットした無地の台紙を補充して隙間を埋めました。少しずつ初期映像装置が増えて良かったです。こうした19世紀に考案された道具たちにも触れながら関心を持ってもらえたら努力した甲斐があります。再生に尽力してくださった橋本典久さんに心より御礼を申し上げます。

いつもの集合写真。最前列の寺田博亮さんには、今年お友達と展覧会をしてもらう予定です。その後ろの東京工芸大学准教授山中幸生先生には、これまでもお世話になっていましたが、この日初めてお目にかかれてとても嬉しかったです。鹿児島大学准教授太田純貴先生や鳥取童謡・おもちゃ館の長嶺泉子さんには、一昨年に引き続きご参加いただき感謝していますし、この日お披露目したフィルム缶に収納できるプラクシノスコープをお求め頂きましたこともありがとうございました。授業や展示で活用して頂ければとても嬉しいです。改めまして、ご参加いただきました皆様に心より御礼を申し上げます。

 

 

 

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