おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2020.03.16column

シンポジウム「メイド・イン・バングラデシュ」を考える

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第15回大阪アジアン映画祭期間中の10日に観た特別招待作品部門『メイド・イン・バングラデシュ』の主人公には、実在のモデルがあると知って、13日に行われたシンポジウムに行ってきました。

インドの東側に位置するバングラデシュの首都ダッカには、大手アパレルブランドの工場が集まっていることを、この映画で初めて知りました。日本のブランドもダッカの衣料品工場で働く人々の手を借りて製品を作っていますので、これからは洋服に付いているタグも、気にして見てみようと思いました。

映画に登場する主人公の23歳シムは写真中央の緑色のサリーを身につけている女性が演じています。衣料品工場で働く女性たちは、低賃金で働き、その給料も残業代も満足に支払われることがなく、生活はとても苦しい。そんな中知り合った女性から労働組合のことを聞き、過酷な労働環境を改善するため、仲間に呼びかけ、署名を集めて、労働組合を立ち上げようと奮闘します。

映画の翻訳を担当されたのが、神戸女学院大学文学部英文学英文学科の学生さんたち。彼女たちは「世界の現状を見る」フィールド・スタディの一環として、実際にダッカの衣料品工場を巡り、シンポジウム最後にその様子を発表されました。それぞれの学生さんが美しいバングラデシュの民族衣装を着て、とても素敵でした。最近ではワンピースなどが普通に着られるようになり、サリーは結婚式など特別な場で、と変化している面もあるようです。

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この映画の監督ルバイヤット・ホセインさんからビデオメッセージが届き、その披露から始まりました。15回を数える大阪アジアン映画祭でバングラデシュ人監督による映画は初めてだそうです。この日はアメリカに滞在されていたので、時差の関係からスカイプが難しく、ビデオメッセージとなりました。「イスラムの女性たちに対するステレオタイプな見方ではなく、社会を変革するために闘う女性たちの抵抗を描いた映画」だと話されました。ニューヨーク大学で映画を学んだ後、ダッカを拠点に活動されています。

男性優位のナショナリズムを批判したデビュー作『Meherjaan』(2011年)は、全国的な抗議運動に見舞われ、続く『Under Construction』(2016 年)は家父長制社会の中で自分を見つけようとする女優を描き、と映像を見ていなくても、それを知っただけで背骨がスッと伸びる気がします。日本の社会では「忖度」が幅を利かして、正義・事実さえねじ曲げられようとしていますが、ブレずに真っ直ぐ現状を見つめ、力強く描く姿勢に感銘を受け、今回観た映画の中では強く印象に残りました。

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向かって右が、映画の主人公シムのモデルとなったダリヤ・アクター・ドリさん。左が、司会と通訳をされた神戸女学院大学文学部英文学科の南出和余先生。以下は、ドリさんのお話のメモから。

「自分の経験の95%が描かれていると思った。残りの5%は労働組合設立の申請書を認めて貰う場面。映画では申請を無視しようとする男性役人に対し、会話を録音して認めさせようと脅しをかけているが、実際は大臣や政治家たちがもっと圧力をかけて大変だった。しかし、そのまま描くと上映ができなくなると考えた。

常に給料の未払い、とりわけ残業代の未払いが多く、そういう工場が多かった。経営者に言うと、辞めさせると圧力がかかり、大変なストレスだった。その頃、シャルビンという女性が、組合があると教えてくれた。集会で法律のことが書かれた本を貰い、読んで嬉しかったので、工場に帰って、仲間にシェアした。

隠れてミーティングをして、労働者の30%の署名が必要なので、人権団体の助言を受けながら準備して申請したが、その情報が経営者に伝わっていて、取り下げるよう何度も圧力がかかった。解雇された友人も何人か出たが、経営者はバイヤーが外から来ると、こうした不満があることをカムフラージュして見えないようにしていた。

この映画は2013年の事実を元に作り始め、監督から何度も作品をチェックして欲しいと言われたが、2019年デンマークでの映画祭で初めて大きなスクリーンで見たときに涙がこぼれた。2013年からの6年間の変化を考えさせられた。自分もバングラデシュの人々も見たことがない、バングラデシュの今を描いている作品だ。

2016年3月8日WOMEN'S DAY(国際女性デー)を盛大に祝う会があり、そこでダリさんがスピーチをしたときに、興味を持った人がルバイヤット・ホセイン監督を紹介した。監督は丁度、縫製工場を舞台にした映画を作ろうとリサーチしていた。自分の経験はもっと知られるべきだと思い、それは労働者だけではなく、政治家にも知って欲しいと思い、事実をきちんと描いて欲しいと要望して承知した。

映画のその後の事実は、2013年2月25日に組合を立ち上げて、4月25日に認定を受け取れる予定だったが、4月24日にラナプラザ縫製工場の崩落事故が起こった(1100人以上もの多くの人々、その大半が若い女性が亡くなった悲惨な事故。その映像をネットで見つけたので貼りました)。この不幸な事故の後、建物の安全性、コンプライアンスをきちんとしようという動きになり、アパレル産業は大きく変った。結局許可が下りたのは4月29日で、公式に認められた労働組合が立ち上がった。

最初組合に反対だった人々も、組合は自分たちの生活を良くするものだとわかり、最終的に(ドリさんが働く)工場の人々全員が組合員になった。この評判が広がり、工場の労働者だけでなく家族も助かった。2016年(ドリさんが働く)工場は3つのブランドの仕事を引き受けていたが、コンプライアンスを改善しないと受注できなくなった。それは水の供給ラインや発電機の問題で、古い工場だったこともあり4ヵ月くらい注文が来ない時期が続いた。1人の労働者が10人の家族を養っているので、工場を閉めないで済むように、1~2ヵ月の猶予時間が欲しいと要求したが、バイヤーは待ってくれず、やむなく工場は閉鎖され、失業した。

そんなときに監督に出会い、2016~2018年は映画に協力した。自分の経験から俳優さんたちに縫製を指導もした。2018年に映画との関わりが終わり、その年10月15日から4人でヨルダンに出かけて、縫製工場で働いたが、ヨルダンはもっと酷かった。国内なら権利などを主張できたが、ヨルダンでは、海外の人に誰もサポートしてくれず、言葉も通じず、苦労した。海外労働者に対して、支援することが必要だと感じた。自分が辞めたら信じてくれた同僚を裏切ることになる。友人たちのことを思うと自分の人生は、自分のためだけではない。工場のことをよくしようと頑張らねばと思った。映画完成後はダッカで生活しているが、3人は今もヨルダンにいて、連絡を取り合っている。

組合を立ち上げた時、家族は大反対し、会社も家族に圧力をかけた。しかし、周りから尊敬されていることを知って、家族も理解してくれたが、夫が仕事に行き、子どもができると、仕事を辞めるよう反対された。妻、母である前に、一人の人間であると考えて、離婚して一人で子どもを育てていくことを選択した。初めてこの映画を観たデンマークでは、全ての労働者が組合に加入していて、とても良い社会だと思った。自分の権利を守ることは大事。それは自分のことだけではなくて、自分の後に入ってくる人たちを守ることになるから」

と自分の経験から話してくださいました。

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聡明で、行動力のあるドリさんの話を聞き漏らすまいと、一生懸命メモをとりましたが、彼女の目に日本の社会はどう映ったのでしょうか?視線の先が気になります。

正直に告白すれば、ネットでラナプラザ崩落事故を検索して、「そんなことがあったのか」と今頃知った私です。ファストファッションの裏側に、こうした人々の厳しい現実があることは、もっと知られても良いと思います。映画に「服は作る人の血である」と言う台詞がでてきます。自分の着ている服がどのような工程で作られているか、映画から学ぶこともできます。この作品が、劇場上映されたら良いなぁと思います。

 

 

 

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