おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2020.12.19column

塩澤昻一様遺愛パテ・ベビー関連品を寄贈していただきました‼

9月24日88歳米寿の祝いの直前にお亡くなりになった塩澤一様の奥様から、17日上掲の遺愛品をご寄贈いただきました。塩澤さんの訃報を知ったのは、10月21日のことで、こちらに書きました。淋しさを堪え、写真に語りかけながら、少しずつ整理をされているのでしょう。そうした中で、私どものことを思い浮かべてお送りいただけたことを、とても忝く思っています。

6月13日まだ夜が明けない4時過ぎから放送されたNHKラジオ深夜便「明日へのことば」で、連れ合いが話した「古い映画フィルムを救いたい」再放送をお聞きになって、塩澤さんが「ラジオを聴きましたよ」と電話を下さった時、「パテベビーの映写機を使えるようにしたからね」と仰っていた映写機も含まれています。

〇パテ9.5㎜プロジェクター(ハード・ケース、空リール、電源コード、予備ランプ付き)一式

〇パテベビー・カメラ(皮ケース、レンズ・フード、ベルト付き)の一式

〇UNITTICシネ・メーター(ケース、リング)

〇KINO-SANKYOレンズとケース(YASHINON) 8mmカメラ用

〇「サロン レフレックスルーペ8」(ケース、説明書付き)

〇8㎜(ダブル)城山ダム放流 缶入りフィルム断片と撮影リスト

〇大相撲五十年史(やや傷んだ紙ケース入り)

〇NHKラジオ第2大相撲中継を録音した7号磁気録音テープ(Soni Tape紙箱入り)

〇パテ・ベビーで撮影したプライベート・フィルム12タイトル ①松島・十和田湖 400feet  ②富士五湖 400feet ③思い出 400feet  ④スケート・パラダイス 200feet   ⑤ふる里 200feet    ⑥大相撲 蔵前仮設 200feet ⑦大神楽・運動会 200feet  ⑧犬伏金精 200feet ⑨米寿祝宴 四万 200feet  ⑩日舞 200feet  ⑪伊豆の旅 200feet ⑫富士パテ・タイトル 50feet  

〇16㎜『風流小唄ごよみ』400feet(ケース入り)

以前にも、フランスのアニメーション作品を寄贈いただき、2017年2月25日にサイレント映画ピアニスト柳下美恵さんの演奏付きで上映しまた。その時のことは、こちらで書いています。その折り録音した作品は、開館3年目の正会員・サポーター会員として応援していただく方への特典DVD『柳下美恵のピアノdeシネマ~戦前のフランスとアメリカのアニメーション映画アラカルト』にしました。

DVDには7作品を収録し、そこには塩澤さんから寄贈頂いた4作品が含まれています。『フリップとフロップ』『プロフェッサー・メカニズム』『いたずら画家トト』そして『狐とぶどう』。とりわけ「フリップとフロップ」は17分以上もあり、パテの映写機からフリップが飛び出してくるという実写とアニメの特撮合成シーンから始まる面白い作品。その他の作品も日本では紹介されなかったかもしれない珍しいフランスのアニメーション。

今回寄贈いただいたフィルムについては、「普通の記録映像だから値打ちはないと思いますよ。でも、私が持っているより、おもちゃ映画ミュージアムに寄贈する方が良い」と生前に言っておられました。上掲リストに『大相撲 蔵前仮設』と題したフィルムがあります。奥様にお聞きしましたら、お父様も塩澤さんご本人も、とても相撲がお好きだったそうで、NHKラジオで実況放送されたのを録音した磁気テープもあります。特別な相撲中継の日だったのでしょう、聴いて見たいのですが、聴くための道具がありません。どなたか聴かせて貰える道具をお持ちの方や場所をご存じではありませんか?

『大相撲 蔵前仮説』は、1949年に記録されたものかもしれません。ネットで検索すると、「GHQにより両国国技館が接収され、相撲興行が出来なくなった相撲協会は、明治神宮外苑の野天相撲や浜町の仮設国技館などで興行を続けていたが、本格的な興行場所を求めて蔵前に1949(昭和24)年10月23日の地鎮祭より建設を開始、翌年『仮設』のまま蔵前国技館として開館した」とあります。さて、どのような映像なのか、拝見するのが楽しみです。ラジオの録音は映像を撮った日に実況放送を留守宅で録音されたものだそうです。映像と音を同期させてみる実験をされたのかもしれません。

これらの映像を塩澤ご夫妻と一緒に観ながら、思い出話をお聞きしたかったなぁ、としみじみ思います。

塩澤さんは心臓と腎臓に持病を抱えておられましたが、写真は、主治医の先生が「楽しんできて下さい」と送り出してくださって、80歳の記念に「クイーンエリザベス2」地中海アドリア海クルーズ(ローマ→ベニス)を楽しまれたときの思い出写真。左端の方はQEの支配人さんだそうです。赤いネクタイをしめて、塩澤さん晴れやかな表情ですね。

初めて奥様の直和子さんとお会いした時、私はお召しになっていた洋服がとてもステキだったので、その話ばかりをしていました。その時も、着物をとても上手にリフォームされていましたが、写真でお召しの洋服もまた手作り。お母様の京友禅の羽織をワンピースに仕立て直し、おばあさまの婚礼衣装の白内掛けをジャケットにリフォームされたということです。上品さが滲み出ていますね。なんてステキなカップルなのでしょう。奥様は、おばあさま、お母様、塩澤さんのお母様が残された和服を、何とか活かして使いたいと思っておられて、私どものミュージアムが、元は京友禅の仕事場だったことに縁を感じて下さっています。

これから追々フィルムをデジタル化して内容を点検しますが、旅のフィルムを研究している名古屋大学の先生が正会員ですので、その方の研究資料にも活かせるのではないかと思っています。そのことを話したら、

昭和10年前後、塩澤さんのお父様芳雄さん(1904年生)が名古屋勤務時代の写真も送ってくださいました。左端のお父様は手にパテベビーのカメラを持っておられます。中央線で長野県薮原スキー場(1930〈昭和5〉年開設)へ行かれた折のものだろうということでした。残念ながらこの時撮影されたであろうフィルムが見つかっていません。息子の一さんは1932年名古屋生まれということもあって、思い出深い名古屋つながり。そこの先生に役立てて貰えるかも知れないと期待しておられます。このお父様が新しい物好きで、9ミリ半を手にされましたが、どちらかというと文系で機械をいじるのが不得手。それを少年時代の一さんが触って楽しみ、戦後は秋葉原少年に育ったということです。

ダムの映像があるのは、塩澤さんが全国各地のダムの工事に関わっておられたことから記録されたのでしょう。8ミリフィルムも早い頃から撮っておられたそうで、それも何れ拝見できるかもしれません。

荷物と一緒に、上掲2019年6月28日付け朝日新聞連載「わがまちお宝館」の紙面と、

先月初めに掲載された朝日新聞の記事が梱包されていました。

私どもとの交流を通じて、塩澤ご夫妻が無声映画のフィルム保存、上映活動に関心を持って下さっていることがとても嬉しいです。新聞記事スクラップのことを柳下さんにお伝えしたら、柳下さんも感激しておられました。その言葉を塩澤さんの奥様にもお伝えしましたら、柳下さんと私どもに繋がりがあることにとても驚いておられました。コロナ禍が鎮まった頃、ぜひ京都にお越し頂いて、柳下さんの演奏付き無声映画上映をご覧頂きたいです。その日が一日でも早く来ますよう、今はただ祈るのみです。

 

 

 

 

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