おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2016.04.04column

SPレコードの音源

一昨日の4月2日は、1872(明治5)年に東京の湯島に、日本初の官立公共図書館「東京書籍館」ができたことによる「図書館開設記念日」でした。図書館はもとから好きな場所ではありますが、以前私が勤めていた職場が国会図書館関西館に近く、貴重な資料がたくさんあることから、好きな歴史などの調べ物をするときに重宝していました。昨日まで特別企画展「懐かしいSPレコードを観て!聴いて‼楽しもう!」を開催していたこともあり、SPレコードつながりで、この関西館等が関わった「歴史的音盤アーカイブ推進協議会(HiRAC)」について、私のブログで2014年4月10日付け「SP盤保存事業の継続を」を書いたことを思い出しました。

HiRACの活動により、1900年代初めから1950年頃に国内で製造された約10万点あるSP盤音源の内、約5万点がデジタル保存されましたが、残りの半分に対し、当時の国会図書館関西館電子図書館課の担当者は「散逸したSP盤の収集や権利処理の作業の継続は非常に困難で、これ以上歴史的音源を増やすことは考えていない」と答えておられました。あれから2年たち、その後の変化がないかと思い、丁度調べ物もしたかったので、「図書館開設記念日」の翌日に当たる3日、京都府立図書館へ行って「歴史的音源」を聴いてきました。

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琵琶湖疎水沿いに連なる桜並木が見ごろを迎え、大勢の観光客でにぎわう京都・岡崎の京都国立近代美術館周辺。この隣に明治31(1898)年に京都御苑内に開設し、明治42(1909)年に移転して開館した府立図書館があります。そこの2階で手続きをします。

デジタル保存されたのは約5万点の音源のままでした。残念ながら約5万点の音源は保存がなされないままなのかもしれません。試したのは、国会図書館か歴史的音源配信提供参加館で聴ける童謡劇『茶目子の一日』。3月21日付けで「アニメ『茶目子の一日』」を書きましたが、その時に、「大正8(1919)年に歌ったのは誰なのかしら?」と書きました。で、それを確かめて声を聴いてみようと思ったのです。

早速検索すると、童謡劇:『茶目子の一日』(上)、(下)が収録されていました。他に昭和4(1929)年4月に発売された『茶目子の一日』(一)、(二)もありましたが、(一)、(二)は、先日コレクター氏が持参してくださったSPレコードと同じものでした。ニッポノフォンのレーベルから出た(上)は、作詞作曲:佐々紅華(サッサコウカ)、七聲歌劇団、木村時子、天野喜久代、収録時間は3分22秒で、「内容記述:商品番号3657デジタル変換後ノイズ除去・不明」とあります。

また、(下)は、作詞作曲:佐々紅華、七聲歌劇団、木村時子、高井ルビー、収録時間は3分17秒で、「内容記述:商品番号3658、デジタル変換後ノイズ除去・不明」の文言は同じ。「大正8年」とはどこにも書いてありませんが、おそらくこの音源が、捜し求めていた一番最初にオーケルトラ伴奏つきで吹き込まれた御伽歌劇『茶目子の一日』に相違ないと思われます。

昭和4年盤をもとにした「SP原盤による平井英子のどうよう」には、差別語に該当するとして(一部省略)」と書いてあり、音源も省略されていましたが、今回聴いた大正8年の音源も、昭和4年の音源も、共にその部分が入っていました。「読本」の授業なので、その部分は思ったより長い秒数でした。以前参加した古地図の勉強会で「展示に際し、配慮を要求される場合がありますが、研究という場においては、当時の人々の意識がわかる資料でもある」と話されていたことを思い出しました。

そして、作詞に部分書き換えが行われている点も興味深かったです。例えば(一)では、昭和4年の「お茶碗とお箸」が大正8年では「お茶碗とお皿」、「私にゃくさくて食べられない」が「くさくて私は大嫌い」など。大正8年では、茶目子さんは朝からご飯を4膳も食べたことになっていて「おお苦しい」の歌い方が、とっても表現豊か。

(二)も何か所も違いがあるのですが、特に興味深かったのが終盤部分。昭和4年盤では、

  活動写真は面白い いくら見てもまだ見たい

  説明者「エエだまし討ちとは卑怯のしれもの、よらば斬るぞ。腰をひねれば紫電一閃、闇にひらめく剣劇のひびき」

となっていますが、大正8年盤では、

  活動写真は面白い 弁士が妙な声をして

  「エエお馴染みのチャップリン先生酔っぱらいの巻は、これをもって全編の終わりを告げます。

  エエお帰りはこちら。エエ赤札の方はあちらへ願いますよ」。

時代劇の大スター・大河内伝次郎が活躍したのは、「寄らば斬るぞ!」のセリフで人気を博した『長恨』(1927年)から。『茶目子の一日』が最初に作られたとき、まだ彼はお茶の間に知られていなくて、チャップリンの喜劇が人気を博していたことが分かります。また、「弁士が妙な声をして」から、当時から「弁士」さんが、声色を用いながら演じている様子もうかがえて面白いです。

大正8年盤と昭和4年盤の一番大きな違いは、主役の声。大正8年盤は木村時子さん(1896―1919)。歌手、女優、声優として活躍し、この時は23歳。昭和4年盤はまだ子どもの平井英子さん。童謡歌手第一号の本居みどりさんが「十五夜お月さん」を吹き込んだのが大正10(1921)年だそうですから、まだ新しい文化であるレコードに吹き込んだのは、実績のある女性だったのでしょう。ネットで検索すると、古川緑波、水の江滝子らと舞台に立ち「浅草の女王」と呼ばれ、阪妻プロ関東撮影所最後の作品「彦左と九馬」にも出演しています。このフィルムもあれば見てみたいものですね。YouTubeに木村時子の歌がUPされていました。(下)(一)(二)に共通する高井ルビーの歌もUPされていたので、どうぞ。浅草オペラでソプラノの歌姫として活躍されていたそうで、とても上手です。同じく(下)(一)(二)に出演の二村定一の歌声も人気だったようです。3人が歌う「君恋し」は、フランク永井さんの歌で知っていましたが、『茶目子の一日』と同じ佐々紅華さん作曲によるリバイバル曲だったことを今頃知りました。これらのUPされた動画を見ていると、企画展で楽しくご覧いただいた蓄音機とSPレコードの魅力に改めて感じ入ります。スイッチ一つでは味わえない豊かで、味わい深い良さがあります。

ともあれ、一つの童謡劇の変遷も、HiRACの活動により辿ることができました。残りのSPレコード5万点についても、国家財政が厳しい折から難しいのかもしれませんが、2年前と同じ感想になりますが、何とか保存する方向にもっていくことはできないのでしょうか?

京都府立図書館で「れきおん」を聴いた日、骨董市ものぞきました。何軒もの骨董屋さんで古いSP盤の山を見かけました。手に取る人もなく、通り過ぎる人々。京都新聞と朝日新聞に掲載された企画展案内記事を読んだ方から、「たくさんあるSP盤の引き取り先を教えて欲しい」という問い合わせも多くありました。それに対する答えがなく、ため息をつく日々でもありました。いろんな文化財に対して、この国は古いものを大切に保存するという考えが、余りに乏しいように思われてなりません。

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