2025.05.09column
芦屋小雁さんについての記事を読んで、思い出しながら4月6日の振り返り
6日の京都新聞「凡語」を読みながら、4月5日に営まれた葬儀・告別式、否、「芦屋小雁ラストステージ」のことを思い出していました。告別式に参列した日のことは、こちらで書いています。長く生きてきたので、葬儀・告別式には幾度も参列しましたが、中でも芦屋小雁さんをお見送りする式典は強く、深く心に残るものでした。早いもので、もうあれから1か月以上経つのですね。残された奥様、どうしておられるかしら。
亡くなっても小雁さんを喜ばせようと奥様が一生懸命考えられた演出で営まれた葬儀・告別式は、きっと天国の小雁さん、さぞかし満足されたことでしょう。奥様、あっぱれ!です。私個人としては、地域の民生児童委員の方々の集いで、小雁さんご夫妻にお話をしていただく機会をお繋ぎできたので、身近でお二人のお話を聞いてもらえることができて良かったです。小雁さんはこうして人が見ておられるところでお話しされるのを生き甲斐にされているようでした。
記事を読みながら、タイミングを逸していた葬儀・告別式の翌日6日のことを思い出しながら書きます。東京から川喜多記念映画文化財団の和地由紀子さんが遊びに来てくださいました。年末のさよなら会にも駆けつけて下さり感激したばかりですのに、こんな短期間で再会できるとは思ってもいなかったので、とっても嬉しかったです💗 いつもとてもよくしてくださるので、大好きな和地さんと、多くのおもちゃ映写機が並ぶ前で記念写真📽
実は、この日私が来ていた赤いダウンベストは、芦屋小雁さんの形見分けの品なのです。5日、斎場4階には、小雁さんが出演された折の台本や、上手な書や絵、写真やコレクションのほかに、たくさんの衣類も置かれていて、参列者は好きなものをいただくことができました。私はこの赤くて軽くて暖かいダウンベストをもらって帰りました。そして翌日早速着て町家にやってきたという次第。なんだか優しい小雁さんに守られているような安心感がありました。ちょうど和地さんの洋服と色彩的にマッチして、気に入っている写真です。
ついでながら、和地さんが履いていた靴下も。
いつも「動きやすいから」と、足袋シューズを履いておられる和地さん。この日履いておられた靴下が可愛らしかったので、足元も写真に収めました🧦 広くなった新拠点ですが、釘を打ったり、板などを取り付けたりできなくなりましたので、これから川喜多記念映画文化財団様から資料をお借りして展示する機会はほとんどないかと思いますが、映画保存に関することは変わらずに、連携しながらやっていきたいです。
和地さんとの再会を喜んでいるうちに、2年ぶりにご一家が訪ねて下さいました。
伊藤新君(6年)と健君(4年)とご両親。健君が2年生の時に来館して、その時に購入してくれたフィルムに絵を描いて持ってきてくれました。さっそく輪繋ぎにしておもちゃ映写機に装填し、手回し映写機にかけて映写。忘れずに持参してくれたのが、とても嬉しい。お兄ちゃんの帽子には後ろにネジ巻が付いていて、可愛らしい。パーマンの相手役のキャラクターなんだそうです🧢
隣に展示している手回しのミュートスコープを覗き込みながら、2年前に来てくれた壬生のミュージアムの様子を見ているところ。健君の表情が「僕にも早く見せて」という感じで、2019年5月19日開館4周年記念で開催した細馬宏通早稲田大学教授の講演タイトル「わたしにも覗かせて-覗くこと、待つことの想像力-」を思い出しました💚
2階に並べているたくさんの機材に触れながら遊んでくれました。奥にあるのは映写機、手前は幻灯機の数々。
実際に触れて遊びながら、ものの仕組みを理解することが、次の創意工夫につながります。兄弟の将来が今から楽しみです。
座布団に座って戦前のアニメーションを見て楽しんでくれました。画像は「のらくろ」ですね。村田安司が描いたものもありますが、それ以外の人が描いた「のらくろ」もあります。
和地さんと、ご家族4人をお見送りしたところにお越しいただいたのが坂井靖夫さん。以前お越しいただいた折に寄贈して頂いた本『植岡喜晴のみた夢』(2023年3月、銀河書籍)出版に際し、クラウドファンディングに挑戦された経験がおありなので、今回の私どものクラファンには、その大変さを経験されたことでもあり、大いに励ましてくださいました。そして、開館してすぐに見に来てくださったのです。そのお気持ちが嬉しいです。直接お目にかかってお礼を言うことができて、何よりの場となりました。
その『植岡喜晴のみた夢』に「原稿を執筆した」という男性が4月25日に来館。

