おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2019.07.14column

児童文化史研究家アン・へリング・法政大学名誉教授から『おもちゃ絵づくし』を寄贈していただきました!

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一昨日児童文化史研究家のアン・へリング法政大学名誉教授から、『おもちゃ絵づくし』が届きました。モノを知らない私は、「おもちゃ絵」という言葉を初めて知りました。よく「おもちゃ映画って、何ですか?」と尋ねられますが、きっと「おもちゃ絵って、何ですか?」と尋ねる人も多いのではないかと思います。

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アン・へリング先生と初めてお会いしたのは、2017年9月23日東京の国立劇場で「映像と語り芸-幻燈機が生んだ芸能」を見学した時。当館所蔵の幻燈機を小劇場で写し出されるのを見たかったのと、錦影絵池田組の公演、片岡一郎弁士の熱演を楽しみたかったからです。その折り、「ピープショー」作家の吉田稔美さんが、アン・へリング先生をご紹介くださいました(中央がアン・へリング先生、その右隣が吉田稔美さん、左隣が錦影絵池田組主宰池田光惠先生、その左が美術デザインの星埜恵子先生、後方は錦影絵池田組の皆さん)。その後、3人で、古川タク先生たち「G9 +1」のアニメーション上映会を見に入ったのも楽しい思い出。

そして、昨年9月29日東京都写真美術館で開催された「マジック・ランタンー 光と影の映像史」のレクチャーでも吉田さんとご一緒のアン・へリング先生と再会することができました。米国オレゴン州ポートランド出身ですが、日本語がとっても流暢で驚いたことを覚えています。日本の江戸文学、歌舞伎、文楽などにとても詳しくて、和書も読み込まれています。

木版出版を中心に、日本・英語圏・独語圏の児童図書史の研究を続けておられて、1973年には、モービル児童文化賞を受賞されています。『千代紙の世界』『縮緬本雑考』などがあり、日本人がややもすれば身近すぎて見過ごしかねないこうしたモノたちを慈しみ、愛でながら研究を重ねておられます。子どものための実用錦絵(多色刷り浮世絵)「おもちゃ絵」研究の第一人者である素晴らしい先生から、努力の結晶である『おもちゃ絵づくし』を寄贈いただけたことを光栄に思います。

表紙裏に以下の文言があります。

……おもちゃ絵とは、江戸・明治期に少年少女たちが日常的に遊んでいた実用品としての錦絵のこと。豆本や図鑑は書籍の役目、着せ替えや千代紙、組上燈籠は細工用、絵双六はボードゲームと、その種類と用途は多岐にわたる。長年おもちゃ絵を蒐集し、研究を重ねてきたアン・へリングが、多数の個人コレクションとともにその歴史と魅力を紹介。日本の多彩な出版文化を築いた礎には、おもちゃ絵があった。……

「はじめに」を読むと、「おもちゃ絵」という言葉は、大正から昭和初期にかけて使われるようになったようですが、一般には、千代紙、組上燈籠、もの尽くし絵、着せ替え人形、絵双六などそれぞれの呼び方で読んでいて、それらを総称する言葉「おもちゃ絵」は、さほど馴染みじゃないのかも知れないと私などは思います。骨董市でも「おもちゃ絵」という言葉を耳にしたことがないので、その響きがかえって興味をそそります。

はじめに

第1章 芸術品と実用品の間

第2章 おもちゃ絵の歴史

第3章 おもちゃ絵の種類

第4章 

あとがきにかえてーおもちゃ絵に惹かれて

の章立てで、全141頁。モノクロの写真もありますが、美しい多色刷りの良さを味わえる「おもちゃ絵」がたくさん載っていて、それぞれに丁寧な説明文が添えてあります。

第3章で紹介される「おもちゃ絵」は楽しいです。江戸期に始まった一枚刷りの錦絵に印刷された小さな表紙や本文ページを切り抜いて本に仕立てて楽しんだ豆本の説明に「当時の子どもや女性は、握りバサミを片手に一枚刷りの錦絵から可愛らしい豆本に仕立てる技術を持って楽しんでいたであろう」というのを読んで、常日頃、村田安司の凄く手が込んだ切り紙アニメーション『蛸の骨』をご覧いただきながら、「当時は、ハサミで紙を切ってキャラクターなどを造形し、それを背景画の上に乗せ、少しずつ動かしながらコマ撮りをして作っていた」と説明していますが、こういう手先の器用さは「おもちゃ絵」によって、子どもの頃から身に付けていったものかもしれないと思いました。

もの尽く絵」や猫などの動物を擬人化して描いた「擬人絵」は、今でも展覧会などで目にする機会がありますが、これも「おもちゃ絵」の一ジャンルだったのですね。「これなら、私も集めたくなる」と思いながら頁を繰ったのは、組上燈籠(関西では、立版古<たてばんこ>)、組上絵。細工用のおもちゃ絵の花形として紹介されています。紙に刷られた部品を切り抜き、有名な芝居の場面や名所の風景のジオラマ、神社仏閣のなどのミニチュア模型を組み立てて遊んだものです。ニュージーランド人のペーパークラフト作家トニー・コールさんが、この本の為にアン・へリング先生の依頼を受けて復元制作された4作品も掲載され、彼の寄稿文も載っています。

……(略)今、私たちが組上燈籠を目にするのは美術館や博物館、または古書市や古書店だろうか。印刷された組上燈籠を見ていると、私はそれらが組み立てられてデパートのショーウインドーを飾り、スポットライトを浴びている情景を思い浮かべてひとり楽しい気持ちになる。組上燈籠の魅力が再び評価される時代がきたら、日本の街角はもっと楽しくなるだろう。1枚の紙に隙間なくパーツが割りつけられた組上燈籠は、平面の印刷物としても見事でおもしろく、見ているだけで想像力がかき立てられる。しかし、立体的に組み上げた完成品には、平面の状態をはるかに超えた美しさや驚き、楽しみがある。組上燈籠の本当の魅力は、組み上げられた姿、そして組み上げる過程にあると私は信じている。もっと多くの人に、この魅力を知ってもらいたいと思う。(略)……

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5月の「覗いて、写して楽しむモノたち展」を機にガラスケースに展示した「美術組立目鏡 第五回内国勧業博覧会」の紙細工も「おもちゃ絵」の一つなのだとわかりました。面白い世界を知ることができました。

丁度イラスト・デザインができる専門学校の学生さんが8月半ばから9月頭にかけてインターンシップに来てくれることになりましたから、彼女らと相談しながら、今頭の中で沸々と浮かんでいるアイデアも提案してみようと思います。

……18世紀の(略)大都市の人々にとって、錦絵はごく身近であたりまえの存在だった。現在、錦絵は芸術作品として恭しく扱われるが、当時の錦絵はあくまでも新しい知識や情報を伝達する商品であり、日常生活のなかで衣食住に次いで重要な役割を果たす消耗品であった。(略)錦絵が今日の新聞や雑誌やちらしの役割を果たしていたのである。識字率の高さも錦絵の普及を支えた。(略)日本では明治の文明開化以降、欧米から活版印刷や石版印刷(リトグラフ)などの「近代的な印刷技術」が導入された。けれども文明開化のはるか以前、日本で商業出版に導入された合羽刷り(切り抜いた型紙の上から刷毛で絵の具を塗り、絵を刷り出したもの)などは、世界的に見ても画期的な技術革新であった。今日の日本人は、江戸時代後半の出版文化に対してもう少し誇りを持つべきではないだろうか。日本の技術はなにもかも西欧におくれて発展したと見る人もいるが、日本が世界に先駆けて、市井の人々が気軽に多色刷りの印刷物を楽しめる出版文化を持ち得た事実を忘れてはならないと思う。(略、9頁)……

アン・へリング先生の言葉に力付けられ、ウンウンと頷きながら読みました。勉強になりましたし、ヒントも得ました。そして、これから骨董市をのぞく楽しみも増えました。紙で遊んだ後、簡単に捨てられたものだからこそ、「おもちゃ絵」残存率は低いのですが、おもちゃ映画同様、どこかにまだ大切に、あるいは忘れられて残っているものがあるやもしれません。

とても素敵な本です。ぜひ、皆さまもこの本をお手に取ってご覧ください‼ 

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