おもちゃ映画ミュージアム
おもちゃ映画ミュージアム
Toy Film Museum

2026.10.19column

この秋のフィル―ルド・ワークから②

急に思い立って関東に出かけたので、バタバタして貰ったはずのチラシなどが見当たらず、記憶のみで振り返り。その②は上野にある東京都美術館で開催中のボストン美術館『百花繚乱』展見学。その少し前、通っている美容院で、彼は鎧兜や古美術品が好きなこともあり「どうして日本の古い美術品が海外に多くあるのか」と聞かれ、明治初めの “廃仏毀釈”の話をしたばかりでした。でも、日本の目先の儲けばかりに走り、文化支援をなおざりにする姿勢を思えば、明治のお雇い外国人ら知識人らにより、その美の価値が認められて救出され、彼の地で保存されたことによって今日にまで生き永らえたともいえるわけで、そうでなければとっくに破却されていて、もう二度と見ることが叶わなかったものもたくさんあっただろうと思います。

上野の一番の思い出は学芸員実習で、岐阜女子大学で実習している全国各地から集まった皆さんと一緒に国立科学博物館を見学したことかしら。他にパナソニック汐留ミュージアムや浮世絵を沢山所蔵されている太田記念美術館なども見学し、後は自分でいくつかの施設を見学をしてレポートを書くという課題だったような記憶があります。もう11年前のことですが、今年11月から初めて学芸員実習生を受け入れることにしました。フランス出身の理学博士で、生物基礎生物学を研究されているのですが、どういう訳か当館での実習を希望され、大学の先生にも相談の上、一緒に試行錯誤しながら実習をやってみましょうということにしました。これまで幾人もの人から受け入れを希望して頂いたのですが、そういうスキルがないからと断ってきました。けれども彼女からの申し出に、共に経験を重ねてみようという気になりました。というわけで、上野の響きは、「これから頑張るぞ」という思いを奮い立たせた11年前の思い出と共に蘇るのです。

昨年、青森県中泊町にある宮越家所蔵襖絵が、大英博物館所蔵襖絵と対であったことが判明したと報道していたことを知っていましたが、その一対が東京都美術館開館100周年記念の展覧会「大映博物館日本美術コレクション 百花繚乱~海を越えた江戸絵画」で展示されると知り、実際に見てみたいと出かけました。東京都美術館に入るのは初めて。傘の出番があった日にもかかわらず既に大勢の人が詰めかけておられ、評判の展覧会だと一目瞭然。入場券を買うまでに蛇腹の行列に相当時間並び、入場入口でも行列でその時点で青息吐息、ろくすっぽ寝ずに来たものだから疲れはマックス。荷物を少しでも軽くしようといろいろ置いて出かけたので、65歳以上の証明に焦りましたが、辛うじてできたので1600円。一般は2300円と高いですね。

1753年に創立されたロンドンにある大英博物館の日本美術コレクションは、海外で最も包括的なものの一つと評されるほど質・量(4万点)ともに充実していて、ジャポニズムが流行した19世紀後半以来、海外の日本文化に魅せられた人々によって築かれたということです。この展示では目当ての江戸時代の屏風のほか、掛軸、絵巻に鈴木晴信、鳥居清長、喜多川歌麿、東洲斎写楽、初代歌川豊国、葛飾北斎、歌川広重、歌川国芳と有名な8人の浮世絵師による版画・肉筆画などを中心に、優品が厳選して紹介されていましたので、行列の待ち時間も含め相当時間を費やし、「あと1か所見学して帰ろう」という当初の計画は諦めました。

大変な混雑だったのは、ここ。元は奈良県桜井の多武峰妙楽寺、今の談山神社にあったといわれている襖絵のコーナーでした。私の目的もこの襖を見ることでしたから、背が低いですけれども頑張って粘り、17世紀初めごろに描かれた襖絵を見て目に焼き付けてきました。多くの寺社がそうであったように、妙楽寺も幕末まで神仏習合の有力寺院で、襖絵群は1612(慶長17)年に徳川家康の命を受けて初代学頭になった賢盛法印(?~1624)の学頭屋敷「竹林坊」建具として制作されました。

明治維新後の神仏分離、廃仏毀釈により妙楽寺も建物が棄却され、襖絵は各地へ分散。「春景花鳥図襖」と「名所風俗図襖(三保松原・清見寺)は1922年に宮越家9代目正治氏が東京で購入し、離れの「詩夢庵」に設えました。「秋冬花鳥図襖」と「琴棋書画仙人図襖」は元は両面仕立てだったそうですが、1930年代に分離され、「秋冬花鳥図襖」は1937年に大英博物館に、「琴棋書画仙人図襖」は1951年にシアトル美術館に収蔵されました。今回の展覧会は、元は奈良の多武峰にあった襖絵が日本、イギリス、アメリカに離れ離れになっていたのが、約150年ぶりに日本に里帰りし、一堂に会した意義深いものでした。それぞれの国の研究者らの不断の努力の賜物だと思います。

ガラスに反射してうまく撮れなかったのですが、「春景花鳥図襖」。狩野宗眼重信(かのうそうげんしげのぶ) 桃山時代末~江戸時代初 17世紀初 宮越家蔵。雪解けの渓流から満開の桜へと視線が注がれます。狩野宗眼重信は、狩野永徳の弟・宗秀に学んだ実力派絵師。狩野派の血縁ではありませが、金地を使った大画面を纏める高い力量を持った人物のようです。

「秋冬花鳥図襖」 狩野宗眼重信 桃山時代末~江戸時代初 17世紀初 大英博物館蔵。雁、鴨、千鳥、椿、梅、楓が描かれ、秋から冬へと移る自然が描かれています。

近くで見るととても美しいのですが、写真が下手で伝えられないのがもどかしい。

「名所風俗図襖」(三保松原・清見寺) 狩野宗眼重信 桃山時代末~江戸時代初 17世紀初 宮越家蔵。妙楽寺竹林坊の「富士の間」にあったと考えられています。

「琴棋書画仙人図襖」 狩野宗眼重信 桃山時代末~江戸時代初 17世紀初 シアトル美術館所蔵。大英博物館蔵「秋冬花鳥図襖」の裏側にあった絵だと考えられています。琴、棋、書、画は中国の文人が身に付けるべき4つの教養を意味しています。

宮越家は江戸時代から続く旧家で、イハ夫人が33歳の誕生日を迎えるのに際し、贅を尽くして建てて贈った離れ「詩夢庵」や主屋などが中泊町有形文化財、枯山水・池泉庭園を融合した「静川園」は今年2月国の名勝に指定。春と秋の年二回、特別に一般公開されているそうです

他にもたくさん見ごたえある作品がありましたが、主目的を達しましたので、記録はこれまでに。

記事検索

最新記事

年別一覧

カテゴリー