おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2017.03.20column

内容豊かに、西岡りき氏研究発表会「ソール・バスとその時代」②終える

DSC00257 (2)3月18日13時半開始の西岡りき氏研究発表会「タイトルデザインの革命児 ソール・バスとその時代」②は、予定をオーバーして17時に終了。休憩1回を挟んで実に3時間半に及ぶ熱の入れよう。1954年のオットー・プレミンジャーの『カルメン』から始まり、1995年のマーティン・スコセッシ監督『カジノ』まで53本。時間が足りなくなって割愛せざるを得ない作品もいくつかありましたが、たっぷりソール・バス(1920年5月8日ー1996年4月25日)の才能を満喫することができました。佐藤純弥監督『敦煌』(1988年)のタイトルデザインもソール・バスの作品だったのだと初めて知りましたし、タイトルに「…その時代」とあることから同時代に活躍した人々の作品も紹介いただき、それらも大変興味深いものでした。

DSC00270 (2)皆さま、お忙しい中参加いただきまして、誠にありがとうございました。毎日お忙しく活躍されている西岡さんですが、12月23日に開催した①と併せて、後日レポートを書いてくださることを承諾していただきましたので、どうぞ楽しみにお待ちください。

なお、この後の交流会は朝日新聞大阪本社で映画担当記者として3年間活躍された伊藤恵里奈さん(集合写真後列中央の白っぽい服装の女性)の送別会を兼ねて賑やかに繰り広げました。この夜彼女はFacebookで「映画の保存と復元に関わる方々にであえて、文化としての映画やアーカイブの奥深さについて気がつかされました。いまやその面白さにどっぷりはまりかけています。それも出会いのお陰です」と綴っておられます。嬉しい言葉です‼ おそらく今年8月25~27日に東京及び東京近郊で開催する「第12回映画の復元と保存に関するワークショップ」で再会することでしょう。これまでの応援に感謝しつつ、今後更なる活躍を期待しております。

同じく集合写真前列3人の中央におられる男性は、京都市内にお住いの佐竹保雄さん。昭和7年生まれだそうですから、今年6月7日の誕生日で85歳を迎えられます。イベントのチラシをご覧になって、「一度も公開したことがないアルバム」を持参されました。「ようやく陽の目を見ることができた」と喜んでおられました。

DSC00264 (3)昔はのどかだったのか、映画館で撮影しても何も言われなかったらしく、映画館で写した写真を貼ったアルバムです。もちろんソール・バスの作品も含まれています。フィルムの感度はASA(ISO)400。映画は何度でも下見して、映画館のスクリーンが真っ直ぐなところを選んだそうです。今のように入替制ではありませんから何度でも見ることもできました。主に京都の松竹座、ピカデリー2階の一番前が撮影に良かったそうです。

昔から映画が好きで良く見に行き、昭和28(1953)年からご覧になった映画のタイトルは全部記録しているという、大変まめな方です。もっとも一番の趣味は鉄道の写真で、ネットで検索しましたら発行された「昭和を駆け抜けた国鉄の名列車カレンダー2017」のほか「おじいちゃんのSLアルバム」(『月刊たくさんのふしぎ』傑作集、2009年10月2日)、『昭和30年代の国鉄列車愛称板(上)』(2003年4月1日)、『昭和30年代の国鉄列車愛称板(下)』(2003年5月1日)、『私鉄買収国電』(2002年10月1日)の刊行本がヒットしました。

それだけでも驚いていたのに、もっと驚いたのは、集合写真前列右に写真を手に座っておられる横谷(よこや)さんから後でお聞きした話。佐竹さんは福祉関係の公務員を退職後、1992年に旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で被災した子どもたち10人と出会いました。彼らは精密な診療とバカンスのためベラルーシから来日。そのことを知った佐竹さんは、退職金で機関車を借り切って子どもたちを招き運行。車内ではお菓子を振舞い、お別れするときには子どもたちの写真を撮ったアルバムをプレゼントしたそうです。子どもたちは大感激。残念ながらその後、彼らの中には甲状腺の病気で亡くなった人もおられます。横谷さんとは、その時からの交流で、この日も高齢の佐竹さんに付き添って来てくださいました。

そして驚きは、そのあとも続きます。佐竹さんが横谷さんとお帰りになった後、佐竹さんの奥様紀美子さんが迎えに来館。ご主人の思いを実現するためのお手伝いに奔走し、この日もその活動で忙しかったため、横谷さんに付き添いをお願いされたのだそうです。ご主人の思いとは、今年6月10~13日に仙台駅発着の「震災学習列車 トレランス号8in南リアス線の旅」実施(鉄道展―東北を旅して実行委員会主催。代表は佐竹保雄さん、担当は紀美子さん)。いただいた資料によれば、東北支援の旅として三陸鉄道南リアス線を走るレトロ列車を「トレランス号8」として借り切って、そこから貸切バスを使用して大槌町役場、橋桁だけの鉄橋、さびた鉄路の吉里吉里駅辺りを視察する内容。企画協力は佐竹さんと交流がある関西のボランティアとNPO関係者、現地では友好関係を育んで来られた大船渡や大槌町のボランティアの皆さん。

「トレランスtolerance」というのは、我慢、忍耐という意味もありますが、佐竹さんは「寛容」ととらえ、「21世紀は『トレランスの時代』ということが益々はっきりした世界状況であり、トレランス号(佐竹さんが個人的に列車を借り切り、車内での交流を図る貸切列車)の走る意義は深い」と綴っておられます。良いなぁと思っても、なかなか実行できないことですが、お二人はそれを実行し続けられていることに感銘を受けました。「ご主人さまは立派ですね」という私に「でも家族は大変!」と奥様。「うちも同じです」と返しましたが、しっかりものの奥様あっての「トレランス号」ですね。タイトル・デザインの革命児ソール・バスが、素晴らしい人生の先輩、佐竹さんご夫妻を連れてきてくれました。

それから、アルバムを見入っている写真の左から2人目の眼鏡をかけた男性、井上優さんは、何度もこのブログで紹介している京都南座の「まねき」を書いている勘亭流4代目。若いころ映画の看板をかいていた「タケマツ画房」で仕事をされていたこともあり、西岡さんが紹介された映画も「ほとんどの作品の看板をかいていたものだった」と話されたのも印象深いものでした。惜しいことに看板もなかなか記録して残されることのない映画に関するもののひとつです。

紹介が遅くなりましたが、井上さんのお声掛けでお預かりしている「タケマツ画房」の創始者竹田猪八郎さんが手描きされた戦前の映画ポスターを展示替えしました。第3期が阪東妻三郎を主にした時代劇でしたので、第4期は松竹の現代もの50作品を集めました。色使い、フォントのデザインなど、とてもモダンなものばかり。今見てもデザインの勉強になると思いますし、何より貴重な映画の資料群です。惜しいことに映画そのものは残存していないものがほとんど。機会があれば、ぜひ観にいらしてください。

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