おもちゃ映画ミュージアム
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Toy Film Museum

2020.09.17column

クラシック喜劇研究家いいをじゅんこさんから寄稿文「『弗箱シーモン(猛進ラリー)』発掘について」

9月13日に珍しい小型映画作品ばかりを集め、生演奏で楽しむ上映会をしました。最後にご覧頂いた『猛進ラリー』(『弗箱シーモン』とも。原題 『Stop, Look and Listen』)は、作品を特定してくださったクラシック喜劇研究家いいをじゅんこさんが参加して下さっていましたので、急遽その経緯を解説していただきました

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改めて、この作品について書いていただきましたので、早速以下にご紹介します。

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 無声喜劇映画のコメディアン、ラリー・シモンの失われた主演作のフィルムの一部が東京で発見されたと2020年2月に報じられた。歴史研究家・映像収集家の笹山俊彦氏が入手した古い16ミリフィルムの中から発掘されたもので、調査の結果、1926年制作の長編『弗箱シーモン』(Stop, Look and Listen 日本公開は1927年)の短縮版であることがわかった。該当のフィルム映像は報道と同時にネット動画で公開されたが、その結果、同種のプリントがおもちゃ映画ミュージアムにも保存されていることがわかった。

   筆者は今年初め、笹山氏がSNS上に投稿したフィルムのキャプチャー画像を偶然見たのがきっかけで作品の特定に関わったのだが、実は同内容の別のプリントのデジタル映像を2018年におもちゃ映画ミュージアムの太田米男教授のご厚意で見せてもらっていた。そのことは太田教授のご指摘で後から気づいた。その際は他にも多くの映像を見ていたこともあり、何より自身の知識不足から、このフィルムの価値に残念ながら気づくことができなかった。自身の不明を恥じるばかりである。

 このような経緯で、はからずも同じロスト・フィルムの2本のプリントと関わりをもたせていただいた立場から、今回の発見に関するささやかな解説を試みたいと思う。

 

 【再発見フィルム及び作品特定について】

 今回発見されたのは家庭鑑賞用フィルムとして販売されていたと思われる16ミリプリントで、24コマ映写で約10分の短縮版。OPクレジットは『猛進ラリー』の邦題に差し替えられており、原題は不明だった。4枚の中間字幕もすべて日本語に編集されている。作品を特定する上で重要な材料となったのは、

 ・主演のラリー・シモンの衣装(1920年代以降はトレードマークのオーバーオールを着ていないことが多い)

・あらすじ

・共演者

 の主に3点だった。

 あらすじでは、ラリー・シモンのキャラクターが銀行に勤めていること、悪役が銀行強盗をはたらくこと、クライマックスのアクションに機関車が使われていること、などを手掛かりに、まずIMDbに記載されているタイトルとシノプシスで当たりをつけていった。

猛進ラリーTOY他の無声喜劇ではまずないことなのだが、ラリー・シモンの場合、同じ設定やアクションを使い回す傾向があり、なかなか難しい。当初は他の研究者から1922年の短編『見世物』(The Show)ではないかとの声もあった。だが、ラリーのキャラクターや衣装、出演俳優などの情報も加味すると、『弗箱シーモン』である可能性が高くなった。

 無声映画の情報サイトSilent Eraで本作がロスト・フィルムである可能性が高いことを確認。その上で、米国の映画雑誌アーカイブで公開当時の本作に関する記事を検索し、物語の詳しい要約やスチール画像が、発見されたプリントの映像とほぼ一致することを確認した。さらに、無声喜劇研究の権威である米国の映画史家スティーブ・マッサ氏にも協力を依頼し、作品が特定された。

 

【ラリー・シモンについて】

 ラリー・シモン(本名ローレンス・シモン。「シーモン」表記もあり)は、腹話術師兼奇術師として19世紀に活躍したオランダ系米国人ゼラ・シモンの息子として生まれた。ラリーの生年は正確にはわかっておらず、情報ソースによって1883〜1890年と幅がある。少年期は両親とともに欧米の寄席で舞台に立ち、パントマイムやダンス、奇術のテクニックなどを学んだ。その後、絵の才能を生かし、フィラデルフィアで地元紙に漫画を描くイラストレーターとして身を立てる。ニューヨークに移り漫画家兼スポーツ記者を続けるかたわらコメディアンとして寄席の舞台にも復帰。1915年にニューヨークで映画製作をしていたヴァイタグラフ社に監督として雇われる。17年からは自身が主演する短編喜劇の制作をスタートした。

 大がかりなセットでリアリティを追求し、自動車やバイクなどを使ったスピーディで激しいスタントアクションが当時の観客に受け、たちまちトップスターに上り詰める。1919年にヴァイタグラフ社と結んだ巨額の契約はチャップリンにも引けをとらないほどであった。

 1920年頃、ラリーは絶頂期を迎える。しかし、短編1本に湯水のように制作費を使い、撮影日数もかさんで完成が大幅に遅れるなどの契約違反が続き、ついにラリーはヴァイタグラフ社から訴えられる。財政にまつわる困難は常にラリーにつきまとい、この後も賃金不払いなどで数多くの訴訟を抱えることになる。

 前述したようにラリー・シモンの喜劇には同じギャグやシチュエーションの使い回しが多くマンネリ化し、白塗りの道化というラリーのキャラクターも観客から徐々に飽きられ始める。20年代に入ると喜劇映画も長編の時代を迎える。トップクラスのコメディアンたちが次々に長編に参入し始め、やや後塵を拝したラリーも1924年に長編第1作『豪傑ラリー』(The Girl in Limousine)を発表する。だが興行収入、批評ともに伸び悩んだ。才能も観客も呼び戻すことはできず、何より財政難に苦しめられたラリーは映画界を去り、27年に寄席の舞台に復帰。翌28年、体調を崩し、10月に急逝した(以上、Sassen(2015)を参照)。

 

【『弗箱シーモン』再発見の意義】

 現在確認されているフィルモグラフィでは、ラリー・シモンが制作した長編作品は5本。そのうち現存するのは3本(うち1本は部分のみ現存)で、これまで『豪傑ラリー』と『弗箱シーモン』はロスト・フィルムと言われていた。 

 

 「『Stop, Look and Listen』はロスト・フィルムである。この作品のプリントが残っていないのは特に嘆かわしいことだ。後期ラリー・シモン喜劇の進化につながる作品(missing link)だったと思われるためだ。(前掲書Sassen(2015)、筆者訳)」

 

 サッセンの言う「ミッシング・リンク」として『弗箱シーモン』が機能したかどうかは、今後のさらなる研究に俟つ必要がある。しかしともかくも失われていた作品が部分的にでも観ることができるようになった意義は、言うまでもなくとてつもなく大きい。

 先述したように『弗箱シーモン』の機関車アクションは短編『見世物』と似ている。奇妙なことに、『見世物』でのアクションシークエンスの方が、規模・撮影手法ともに『弗箱シーモン』よりもダイナミックでずっと面白い。同じギャグでも長編の方が規模が大きくなるのが一般的であるにもかかわらず、だ。これは、ラリーが短編時代の方が自由な創作ができており、26年当時は少ない予算や制作上の困難に見舞われていた証でもあるだろう。

 とはいえ、ストーリーよりもギャグ重視だった短編に比べて長編でラリーがどのようにナラティブ面を磨いていったのかも関心のあるところである。格闘シーンでシルエットを使うなど、ドタバタとドラマ性を融合させようとしたかのような演出も見られ、興味深い。また、カーチェイスシーンが非常に迫力がある。ここで大きな役割を果たしている黒人キャストはカーティス・“スノーボール”・マクヘンリーという。黒人がしばしば差別的でステレオタイプな描かれ方をした無声喜劇において、ラリー・シモンはほとんど対等な相棒として、時には準主役級の役で黒人俳優を起用することが多かった。『弗箱シーモン』のカーチェイスでもマクヘンリーは華麗なバイクテクニックを披露しており、見せ場を与えられている。

  さらにもう一つ重要なことがある。『弗箱シーモン』にオリヴァー・ハーディが出演していることだ。日本で「極楽コンビ」として知られるローレル&ハーディの一人だ。彼は短編時代からラリー・シモン喜劇の「ヘヴィ」(大柄な悪役)として出演していた(面白いことにハーディが共演し始める直前にスタン・ローレルがラリーの相棒役で出ていた)。『弗箱シーモン』はオリヴァー・ハーディがラリーと共演した最後の作品である。27年以降、ハーディはハル・ローチ・スタジオでスタン・ローレルとコンビを組んで大スターになる。ハーディは実に息の長いキャリアを持っており、1910年代から無数の短編喜劇に出演してきたが、今回のフィルム発見はそのフィルモグラフィの空隙を埋める重要な発見となった。その意味でローレル&ハーディ研究にとっても朗報である。

 

【おわりに】

 無声映画時代のコメディは、三大喜劇王以外にも大勢のコメディアンが活躍していた。中にはロイドやキートンをしのぐほどの人気を誇りながら今ではその功績が忘れられてしまった者も多くいる。いわば「知られざる喜劇王」たちだ。実は彼らこそ無声喜劇の豊かな歴史を探る上で興味の尽きない存在である。ラリー・シモンはまさにその1人だ。文学者の稲垣足穂はラリー・シモンの熱烈なファンだったことが知られており、日本とも縁のあるコメディアンである(今回のフィルム特定には、足穂が残した映画評も決め手の一つになった)。『弗箱シーモン』の発見によって、ラリーのような知られざるコメディアンや無声喜劇映画への関心が少しでも深まることを願う。

 まだ詳細は不明だが、さらに長い版の『弗箱シーモン』が日本の某所に存在するとの話もあり、まだまだ見逃せない。ラリー・シモンなどバラエティに富んだ無声喜劇映画は、今後おもちゃ映画ミュージアムや京都国際映画祭、また私が実行委員長を務める神戸クラシックコメディ映画祭(神戸映画資料館、旧グッゲンハイム邸との三者共催)などでも上映されていくので、ぜひ機会を捉えて劇場で観ていただきたい。

 

 いいを じゅんこ(クラシック喜劇研究家)

 【参考文献】

Claudia Sassen(2015)” Larry Semon, Daredevil Comedian of the Silent Screen”, McFarland

Steve Massa(2013)”Lame Brains & Lunatics The Good, The Bad, and The Forgotten of Silent Comedy”, BearManor Media

Silent Era http://silentera.com/index.html 検索日2020年9月17日

Fan Magazines Collection https://mediahistoryproject.org/fanmagazines/ 検索日2020年9月17日

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いいをさん、ご多忙の中、無理な願いを聞いてくださり、本当にありがとうございました!!!!!

猛進ラリー

Stop,Look and listen!

これは、ネットでの拾いもの。

いいをさんには、2017年、当館所蔵『キゲキ・キャメラマン(邦題)』がチャーリー・チェイス主演『WHY MEN WORK』の断片であることを突き止めてもらいました。このことは瞬く間に世界発信‼ その時のことはこちらで書いています。他にも特定できていないフィルムがいくつもありますので、詳しい方はお宝探しに、ぜひお力をお貸しくださいませ。

例えば、これ。『Stop, Look and Listen』同様、ラリー・シモンとカーティス・“スノーボール”・マクヘンリーではないかと思います。

WEAK-END DRIVER TOY

WEAK-END DRIVER TOY2

WEAK-END DRIVER TOY3

 タイトルには『WEAK-END DRIVER』とあります。

もう一つ、タイトルに『THE HEARTS OF TIN』も。画像からIMDbで調べると、『KID SPEED』(1924)です。レリー・シモンはほとんど出てこないのですが、レースカーのナンバーで分かりました。

ブリキの心

何か、おわかりなら、お教えください。これらの作品も、いずれ、ご覧いただく場を設けたいと思っています。

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